第31話 心の雷雲
獣鬼となったカテーナの体が灰となっていくのを見送り、ポエナの亡骸は護衛騎士達に託した。
元々アラーネアがしていたことを知っていた者達だ。断られるかと思ったが、目が覚めたと言って驚くほど協力的だった。
折れた右腕は瓦礫の木材で補強し、護衛騎士から貰った布で首から吊るす。
「あいつ捕まえんと……屋敷におるんやろうか」
「分からないが、とりあえず行こう」
レーベン達は、アラーネアを捕縛する為に屋敷に向かう。
だが、先ほどまでいなかった門兵に中まですんなり通されてしまう。警戒しながら屋敷に足を踏み入れれば当の本人は、すでに縄で拘束されている姿があった。
両サイドには領主の護衛を務めていたと思われる騎士二人。
アラーネアは広間で膝をつき、こちらに気づくと口元に弧を描き微笑んでくる。
「あら、貴方達は無事だったのね」
「ええ、俺達は無事でしたよ。あの二人は……残念でしたが」
そう、と小さく呟いたアラーネアの体から薄らと青い色の光が漏れ、拘束の縄が引きちぎられていく。
「な、なに!?」
まさか人間の女であるアラーネアがそんなことをするとは思わなかったのだろう。
声を上げたアラーネアの元護衛騎士らしき一人が壁に体を打ち付けられ、床に落ちて小さな呻きを漏らす。
もう一人の騎士は「ひいっ!」と言い、情けなく尻もちをつく。
「はぁー……さいっこう。ギフトってなんでこんなに気持ちいいのかしら」
ゆっくりと立ち上がり自分の体のラインを撫でながら、指を口元に持っていくアラーネアの行動にレーベンは眉間に皺を寄せた。
獣鬼討伐特別部隊の騎士でもなんでもない人間がギフトを使っている。異常事態だ。それになぜ使い方を知っているのだろう。おそらくポエナ辺りが教えたのだろう。
厄介なことを教えたもんだ。
「ア、アラーネア様っ」
震え、動けなくなっているもう一人の元護衛騎士が壁に打ち付けられる。
先ほどと同様に床に倒れ込み、動かなくなった。
「……ギフトは人を傷付けるモノではないですよ? 獣鬼を倒すものです」
「私、騎士団の人間じゃないもの。知らないわ」
血液が沸騰してしまっているのだろうか。胸が苦しい。この感情をどう落ち着かせればいい?
ふー、と息を吐くがその度に拳を握る手が益々力む。
「一つ、お聞きしても?」
「なあに?」
「どうしてポエナ達だったのですか?」
こちらの問いに「そうねぇ」と首を傾げたアラーネアはルストに視線を向けた。
「彼と同じ耳と尻尾を持った獣人だったから、かしら」
どういうことだ?
今回、初めて会ったはずなのにルストを元々知っているかのようだ。
「ルスト、会ったことがあるのか?」
「いや、ない。俺は知らんよ」
ルストは小さく首を振っていた。
「それもそうよ。だって、あの時は主人が貴方のバディに会っていたもの。貴方は外にいたわよね?」
まさか、まだフラーテルとバディだった頃にルストがここに訪れた時の話だろうか。
アラーネアが一歩、また一歩と自分達の周囲を散歩するかのように歩く。
「……ずーーっと忘れることができなかったの。恋っていうのかしら。顔も良くて、背も高いし、お相手に見せる表情が優しそうだったの」
レーベンはルストをちらり、と見る。首を小さく傾げ、珍しく眉間に皺を寄せていた。
そのままアラーネアに視線を戻せば、大きくため息をつかれる。
「その点、主人は最悪だったわ。見た目は野暮ったくて、崩れた体型だったの……良いところがあるとすれば、そうねぇ……ギフトを持った獣人だった、ってことだけかしら」
「分かっていたのに、報告しなかったんですね」
「騎士団に教えないといけないのは分かっていたわ。でも、私好きだったの。夜を共にした時に密着したまま流される、あのギフトの感覚は、最高だったから」
足を止めて自分の体を抱きしめるように恍惚とした表情を見せたアラーネアは熱い吐息をこぼす。
「だけど」
ガツン、とヒールが床を叩く。
それは何度も続き、淑女という顔はどこへやら。
「あいつは、本当に最悪な男よ。浮気してたの。だから、私に夢中になるようにギフトをもっと欲しいってねだったら枯渇? っていうのかしら? 獣鬼になってしまってー!」
両手を合わせ、うっとりとルストを見つめてくる。
「……ルスト、ごめんなさいね。あの時、ひどく心を痛めたでしょう? 人が良さそうなおじさんだったもの」
ばっ、とルストを見れば眉間の皺が解かれ瞳が大きく見開かれていく。
「まさか……あん時の獣鬼は、お前の」
まるで若い娘のようにアラーネアは飛び跳ね、そうなのと大きく頷く。
「私の主人よ。倒してもらっちゃったから声かけようと思ったのに、貴方は泣きながらあの男を弔って私になーにも言わずに帰ってしまったでしょう? 悲しかったわ」
頭の中で、ルストが血まみれになりながらバディであったフラーテルを抱きしめている姿が浮かぶ。
胸が太い針で刺されるような苦しさに、自分がアモルを失った瞬間を思い出す。
グルル、とルストの唸り声が耳に届く。
「……お前が、お前のせいでっ」
すぐさま剣に手を置くルストの手を押さえるが、ガチガチと鞘とぶつかる音が響く。
力が強い。ルストの怒りがこちらまで伝わってくる。
「ルスト、駄目だ。落ち着け」
「離してくれや。俺、あいつをぶった斬らんと」
「そんなことしたらお前が処分されるだろっ……息を吐け」
頭上から息を吐く音が聞こえてくる。手の力も抜けていき、落ち着くことができたようだ。
「……貴方の代わりにされた、可哀想なポエナとカテーナ」
にやり、と笑いアラーネアはルストに指を差してきた。
「貴方が殺したのと一緒ね?」
なぜそうなるんだ。
ルストの感情が流れてきたのか自分のものと一つになって、大きな雷雲を作っていく。
「それに貴方が私を拒んだから、カテーナのギフトたくさんもらっちゃったのよ? あの子、泣いていたわ」
レーベンはアラーネアの前に立つ。「お、おいレーベン?」という声が後ろから聞こえたが体の制御はもうできていなかった。
「何よ? 私、貴方には興味ないって言ったわよね?」
仄かに青い光を纏う手が飛んで来たが、自分の中に残っているルストのギフトを起こして受け止める。目の端に自分の左手から淡い緑色が見える。
なるほど、一点にギフトを集中させると色が漏れ出るのか。
「な、なんで」
先ほど吹き飛ばされた騎士達とは違う結果にアラーネアの瞳が大きく見開く。
「分かるでしょう? ルストからギフト貰ったからですよ?」
ぎり、と聞こえてきそうなほどに歯を食いしばりこちらを睨んでくる。
レーベンは鼻で笑う。
「羨ましいですか? 俺のバディなので、俺が、貰うのが当たり前、なんですよ」
傷なんてつけたことがなさそうな白い手を強く握れば、アラーネアは眉間に皺を寄せた。
「女の私を殴るの? 酷い男ね」
レーベンは嘲笑い、小さく首を振る。
「殴りはしません。ただ、ぶつかってしまうだけですよ」
そのままアラーネアの額に自分の頭を叩きつける。
ゴッ、という鈍い音と同時に訪れた強烈な痛さに目が瞬く。
だが、重くなっていた心は幾分か軽くなっていた。ルストには「やめろ」と言ったのに、まさか自分が我慢できないなんて。床に倒れたアラーネアを揺れる視界で見下ろす。
白目を剥いている。気絶したのかもしれない。もしそうならばなんて呆気ないのだろう。
もっと早く分かって今と同じようなことをしていれば、あの二人は助かったかもしれないのに。
獣鬼になったカテーナがポエナを貫いた瞬間が頭を過ぎり、レーベンは眉間に皺を寄せアラーネアから目を逸らす。
「レーベン、ダメやん」
声と共に自分の顔の横から腕が伸びてきた。片手は胸下に回され抱きしめられ、もう片手は額に置かれ撫でられる。
「俺には我慢しろ言っとたやろ?」
耳元で聞こえてくるのは、穏やかなルストの声。
「悪い」
「でも、スッキリしとるよ?」
「……嘘つけ」
ぎゅうっ、と胸下が締め付けられる。肋骨が軋む。それはまるではまってしまった泥から無理矢理助け出される感覚だった。
「ぐっ……はっ」
声を漏らすと腕が離れていき、肩に頭が乗せられる。
「今のでもっとスッキリしたわ。それにしても……領主ってなんや。ギフト持っとったり、欲しがったり。なんでなん?」
ルストの問いに「なんでだろうな」と返事を返す。
「遠ければ遠い領地ほど、隠れ蓑になるのだろうな」
王国騎士団の腐敗もどうにかされなければ、ギフトを持った貴族の逃げ道がいくらでもできてしまう。
「王は動かないんか?」
「……さあ、分からない」
だが、そろそろ動いて欲しい。いつまで傍観しているつもりなのか。
「はよ、動けや。だから貴族とか嫌いや」
俯き加減になったルストは歯を食いしばっているようだった。
「もういやや」
「そうだな」
そう言いながらレーベンは、そっとルストの垂れた耳に手を伸ばした。




