第30話 さようなら
瓦礫に数人の護衛騎士達が吹き飛ばされ、起き上がることすら出来なくなっていた。
ギフトを持っていないポエナもすでに至る所に細かい傷をつくり、膝をついて息を荒げていた。
レーベンは、ルストと協力しながら獣鬼に傷を作っていく。
「レーベン! 避けろや!」
ルストの声に体を反らせば目の前を爪が勢いよく通っていった。
元騎士なだけあり、獣鬼の強さは今まで倒してきたどの相手より強い。
汽車を守りながら対峙していたあの獣鬼よりだ。身のこなしが良すぎる。それに戦いながら成長していた。
体が大きくなり、当てやすい的なのに致命的な攻撃を入れられない。
「カテーナ! もうやめて!」
お願いだから、と地面に突き刺した剣を握り締めているポエナの頬は濡れていた。
アラーネアという存在に現を抜かし、自分のバディまで差し出していたくせに今更後悔しても遅い。
今の言葉も自分の立場が悪くなるから、という解釈で捉えてしまう自分がいる。
ポエナの気持ちが分からない。
獣鬼の背後に回ったルストが剣を振り翳し、深い傷を付けたことでやっと動きを止めることができた。
「グッ、グルルル、グルル」
これでカテーナを楽にしてやれる。
左手も片手でずっと振るうのは慣れていないせいか、疲労感が凄まじい。この一撃でできれば終わりにしたい。
左手に力を入れながら剣を構え、振り下ろす。
「やめて!」
獣鬼と自分の間に倒れながら割って入って来たのはポエナだった。
「くっ!」
なんとか剣を止めることができた。だが、ポエナの赤みを含んだブロンドの髪が自分の剣によって乱雑に地面に落ちていく。
危なかった。
よく見れば首筋にも傷を作ってしまったようだ。
「急に出て来たら危ないだろ!」
「私の大事なバディなの!」
膝立ちで両手を広げ、阻まれてしまう。
剣をポエナから離し、下に下ろす。
「レーベン、構うなや!」
獣鬼の後ろで剣を振り上げているルストに目線を向ける。
しかし、それを遮るようにポエナが視界に入って来る。
「お願い、やめて」
血という血が一気に熱を上げていく。
ポエナの後ろで獣鬼が「グルル」と唸りを上げているが、動きを止めていた。まるで自分達の会話に耳を傾けているかのようだ。
「だったらなぜ、アラーネアにカテーナを差し出した!」
「だ、だって……人数が必要で、カテーナもいいよって言ってくれたのよ」
「……こうなることくらい、分かっていただろ!」
瞳が大きく揺れたポエナの頬を幾つもの雫が通っていく。
「まさか、分かっていなかったのか」
「だって大丈夫って言ってたのよっ……だけど、ルストが呼ばれた後っ、カテーナがすぐ呼ばれたからっ……」
不思議だった、と頬に流れる涙を団服の袖で拭っていく。
獣鬼がポエナの後ろで立ち上がるのが見える。「レーベン!」とルストの声が聞こえた。
「まさか枯渇させられるなんてっ……そのせいで、私もこんなにボロボロになって……顔にまで傷が出来たわ。お嫁になんて……もう行けないっ」
ポエナは獣鬼に振り返る。
「カテーナ、私はずっと貴方といることを決めたわ! だって、私は貴方のお姉様だもの。獣鬼になってもいい、私と一緒にいましょう!」
こいつは、何を言っているのだろうか。なぜ、そんなに狂ったことが言えるのだろう。
笑顔で手を差し伸べるポエナの姿はゾッとするものがあった。獣鬼の背後にいるルストも眉間に皺を深く刻んでいる。
獣鬼の耳が弾くように動く。
一瞬の静寂。
獣鬼はポエナに応えるように手を伸ばし、そのまま胸から腹を爪で貫いていった。
「ゴフッ……カテーナ」
吐き出された鮮やかな血と流れる色は、願いの重さを伝えるかのようにポタポタとポエナの足元に落ちていく。
「ルスト!」
「分かっとる!」
レーベンは地面を蹴り、獣鬼の胸を貫く。上を見上げる。ルストの攻撃により、頭部から剣が突き出していた。
「グゥ……ガルル」
最後の足掻きをしてくるかと思ったが、獣鬼はポエナをじっと見つめていた。
「カテーナ……ごめんねっ……カテー、ナ」
背後でポエナの声が小さくなり、聞こえなくなる。レーベンは眉間に皺を寄せながら剣を抜き、獣鬼から距離をおく。
ルストも同様に剣を抜き、離れる。
倒れた獣鬼とポエナは顔を見合わせるかのように倒れ、舞い上がる灰は名残惜しそうにポエナを撫でていく。
「……レーベン」
近寄って来たルストが何を思ってか、頭を抱き寄せてくる。
「辛いなぁ」
そう一言、ルストは呟いただけだった。
自分の目元がいつの間にか濡れている。それは止まることを忘れ、小さな嗚咽が混じって何故か肩が震えた。
バディの終わり方がこんなんでいいのだろうか。
もっと別の形があったはずだ。
——ほら、カテーナこれ食べてみて? 美味しいわよ。
——ほ、本当だ。お姉様! とっても美味しい!
ケーキを楽しそうに食べ合っていた二人が脳裏に浮かぶ。
レーベンは剣を捨てて、ルストの団服を握りしめた。




