第28話 初めて知ること
部屋に戻され、ベッドに横になっていると部屋の扉が勢いよく開く。
入って来たのはカテーナだ。ふらふらした足取りだった。
思わず体を起こし、駆け寄ると腕を掴まれる。
「お、おいどうした」
カテーナの指が団服の上から食い込んでいく。力の加減ができていないようだった。
「……さ、さっき、ルストとキスしてたって聞いたの。ねえ、私にもして」
「何を言っているんだ」
「お願いっ、私だって純粋な愛を知りたいっ」
嗚咽を漏らし、膝から崩れ落ちたカテーナに戸惑いながらレーベンもしゃがみ込む。
泣いている異性を慰めたことなどない。
頭を撫でればいいのか、それとも背中を撫でればいいのか。自分の手が右往左往していると縋り付いて来られ、バランスを崩し尻餅をついてしまう。
頭を試しに撫でてみることにした。
花の香りとさらり、とした黒髪。敵なのに、別のバディなのに、胸が熱くなる。
「レーベン、お願いだからっ、わ、私にキスをして」
顔を上げたカテーナは鼻を啜りながら小刻みに肩を揺らす。
なぜキスにこだわるのだろうか。
「ギ、ギフトなんかなければ、好きな人と恋して家庭を作れたのに……な、何も知らずに死ぬのなんていや」
ルストだったらなんて言うのだろうか。「しゃーないやん」とか「そやな」とか言いそうだ。
「俺でいいのか?」
「レーベンがいいの。だ、だって、ルストを見ている貴方の瞳は優しいから。まさか、ルストと恋人だったなんて知った時は驚いたけど……も、もし、レーベンが少しでも私のことをいいと思うならキスして。お願い」
泣いている女性を見て、美しいと思うのはなぜだ。
頬に張り付いた髪を耳にかける。瞬くまつ毛は期待に満ちているようにゆっくりと閉じていく。
初めて体験する鼓動の速さに手が震えた。そっと唇を重ねようと寄せたが、本当にそれでいいのか
、と先へ行くのを踏み止まる。
ポエナやカテーナが陥れられていたバディも同じ境遇だったはず。それなのにバディとして人間側の暴走を止められず、仲間を獣鬼にしてきた。
鼓動が落ち着いていき、熱も冷めていく。
レーベンが離れるとカテーナは俯き、唇を噛み締めた。
「お前はバディを失ったことがないだろ。俺はあるんだ……あの感覚はもう二度と味わいたくない。自分だけが救われたいと思うな」
「わ、分かってる、だけど……」
カテーナに腕を引かれ、唇に柔らかい感触が触れる。ルストの時とは違い、胸が跳ね上がったがその気持ちはすぐに自分の中で眠りにつく。
離れていくカテーナが顔を上げると、引き攣った微笑みを浮かべていた。
「最後くらい物語のヒロインになりたかったなぁ」
腕から離されたカテーナの手は震えていた。
「もっと早く貴方に出会えていたら、何か変わっていたのかな」
俯き、ふらりと出口に向かっていく足取りは重そうだ。
「……さようなら、レーベン」
ゆっくりと閉まる扉の先は闇に包まれており、カテーナの姿はその中に飲み込まれていった。
なぜか、「カテーナ」という一人の獣人にはもう会えない気がした。
窓の外から賑やかな声が聞こえてくる。
どうやら日が昇ったようだ。
気持ちよく眠ることができなかった。ルストが心配だったからだ。もちろん、カテーナのことも気がかりだった。
カチャカチャ。そんな小さな音が聞こえてくる。
扉の方からだ。それはあまりにも不気味でベッドを壁にするような形で身を隠す。
扉が開く音がした。絨毯の上を歩く足音。一人だ。息を潜める。
何かを探しているようだ。
「見ーつけた」
影ができるのと同時に声が聞こえた。ルストだ。しかし、警戒していた体は反射的に動いてしまう。
自分の肘はルストの手の中に収まった。
「いったぁ……」
手を振るルストに「悪い」と謝罪すると手を取られ、昨日渡した細い棒を鍵穴に入れて動かしていく。
解錠しようとしているのは分かる。ただ、何をしているのか、さっぱり分からない。
「お前、よくあの部屋から抜け出せたな」
幼少期の悪ガキ時代を自慢していただけのことはある。
「ああ」と何かを思い出したようにルストは、手枷に顔を近づける。
「見張りもおらんかったしな……カテーナが獣鬼になったらしいで」
カチャ、と音がすると手枷が床に落ちた。
「……なん、だって」
軽くなった手首とは裏腹に胸が重たくなっていく。
「ポエナが泣きながら言っとったわ」
「あいつに会ったのか」
「レーベンの部屋教えてくれたのポエナやで。カテーナを楽にするの手伝ってくれやって……都合良すぎるやろ。あのクソ女」
自分の手首を擦る。
あの時、もう既になりかけていたのだろうか。会えないと感覚的に思ったのは間違いではなかったようだ。
「ほら、剣や。俺達のがどこにあるのか分からんかったから、とりあえず掻っ攫ってきたで」
他人の剣は自分のより軽かった。なのに今は重く感じる。
「レーベン、倒しに行くやろ?」
剣を握りしめ、「ああ」と小さく呟く。
——さようなら、レーベン。
昨日のカテーナの顔と声が再び頭を過っていく。
そして自分の中へと微笑みながら入って来ようとしていた。
お前もアモルのように棲みつこうとしているのか。
バディでもなんでもないくせに。許可することはできない。
レーベンはアモルだけに与えた場所に入り込もうとするカテーナを引きずり出し、奈落へと落とす。
「どなんした?」
「なんでもない」
「また眉間に皺よってるで」
「うるさい、行くぞ」
立ち上がったレーベンは、光が差し込む廊下へと足を踏み出した。




