第27話 親愛と信頼
食事をテーブルの上に置いていくカテーナは、小さく首を振る。
「なぜ?」
「い、今はだめ」
「どうして」
「ア、アラーネア様がルストと一緒にいるから」
あの女とルストが?
「何をしているんだ」
「……アラーネア様にギフト、あ、あげているの」
は?
レーベンの中で思考が足を止め、再び歩き始める。
「いやいや、おかしいだろ。噛ませているのか?」
「ちがう」
ちがうだって?
他に何があるっていうんだ。いや、あるじゃないか。一つだけ。
過去にアモルもその選択をしようとしていた。
「体を、繋げているの」
バディでもないやつが、なぜ。それに騎士団でもないくせにギフトを欲しがっている?
頭がイカれ過ぎて、こっちがおかしいのかと思うくらいだ。
カテーナは自分の腕を握りしめ、俯き震え始めていた。
「……お前もさせられていたのか」
小さく頷く。ポエナは自分のバディすら献上していたのか。
レーベンは眉間に皺を深く刻んでいく。
「なぜ断らない? カテーナは獣人だろ? 人間なんて一捻りなはずだ」
「だ、だって、ポエナからのお願いなんだもの」
「そんなのバディじゃないだろ」
「い、いいえっ、バディよ」
バディなの、と自分を抱きしめ小さくしていく。カテーナも頭では分かっているはずなのに、執着が邪魔をしているのかもしれない。
「バディじゃないだろ」
「じゃ、じゃあ……レーベンにとってバディってなに?」
そう聞かれて、自分の考えを言葉に出来なかった。だが、簡単な単語なら思い浮かぶ。
「親愛と信頼だ」
「何それ……信頼なら……私にだって……ある」
「分からないなら、俺をルストの所へ連れて行ってくれ」
「それは、だめ」
俯き、空のワゴンを引いて逃げるように部屋を出て行ってしまった。
「くそっ」
皿を下げに来た時だ。次こそは必ずルストのところへ。
そう思っていたのに、皿を下げに来たのはポエナだった。ソファに座る自分の前に置かれた皿を下げていく。
「全然、食べていないじゃない」
賭けに出るしかない。
「ルストが心配なんだ。仕方がないだろ」
わざと声を震わせ、目元を拭う仕草をする。以前、ルストに演技が下手くそだと言われてから悔しくて練習していた。
人に見せられるくらいには成長しているはずだ。現にこちらに来る前の任務では、しっかり騙せていた。
「……恋人だったっけ?」
掛かった。
小さく頷く。
「やっぱり、そうだったんだ」
違うけどな。
レーベンはそんなことを思いながら、前髪をくしゃりと握りしめた。
「……ルストに会いたい……俺は獣鬼になったルストに殺されるんだろう? だったら、最後ぐらい会わせてくれよ」
目元を拭うフリをしながら、ちらり、とポエナに視線を向ける。左手を右手で覆い迷いを紛らわしているようだった。
レーベンは、ソファから降りて床に膝をつき、深く頭を下げる。
「お願いだ。頼む」
頭上から大きなため息が聞こえ「分かったわ」とポエナの返事が降ってきた。
顔を上げれば、同情するような表情を向けられ手を差し伸べてきた。
その手を取り、立ち上がるとポエナは「こっちよ」と部屋の扉を開けてくれる。
廊下は暗く、辺りは静かだ。
もう夜だったのか。
長い廊下を歩く。拳を握りしめ、肘を上げる。
今ここでポエナを倒し、逃げてしまえば騎士団に電報を送れる。
だが、その間にルストが獣鬼になってしまったら?
きっとまた後悔をする。それもアモル以上に。
肘を下ろし、拳を開く。
「賢明な判断よ」
どうやら気づかれていたようだ。
レーベンはポケットからルストに渡す細い棒を手の中に握りしめる。
廊下を右に曲がり、ポエナの足が止まった。
「ここよ。ここにルストがいるわ。悪いけど、私も同席させてもらうわよ」
「……分かった」
扉が開かれ、足を踏み入れるとアラーネアがつけていた何の花が分からない香水の香りが充満していた。
先ほどより濃く、やや甘い匂いだ。
「くっさっ」
部屋の廊下を数歩進むと豪華な部屋には似つかわしくない鉄格子。その中には必要最低限の家具があり、ベッドの中心でルストが横たわっていた。
「ルスト!」
自分の手枷と鎖が鉄格子にぶつかり、大きな甲高い声を上げる。
気怠そうに起き上がったルストの手首には、自分と同じように手枷をつけられたままだ。
それに団服の襟元も乱れている。やはりカテーナが言っていた通りのことが起こってしまったのだろうか。腹立たしいが、ルストが獣鬼になっていない。今はそれだけで心休まる。
「ルスト、大丈夫か? 体は?」
「レーベンはオカンか? 大丈夫やで。何もされとらん。ちょいとちゅーされただけや……それに俺のギフトはレーベンにしかやらん」
「……ルスト」
レーベンは「良かった」と小さく息をつく。
背後で椅子に座るような音が聞こえる。きっとポエナだ。
どうやってルストに渡せばいい。恋人らしく、どうやって。
「レーベン、どなんしたん?」
「……最後の別れを言いに来たんだ」
言いながら手の中にあった細い棒を口に含む。ルストの耳がピクリと動く。
「それは悲しいわぁ……最後になって、まさかレーベンが愛を返してくれるなんてなぁ……最高やん」
琥珀色の瞳がこちらを見据えて弧を描く。
「愛しとるよ、レーベン」
これ、答えないとなのか?
にやにや、と口元を緩めているルストの耳がピコピコと何度も動く。
「……ああ。俺も」
顔を寄せて来たルストの唇に自分の唇を寄せる。
細い棒を唇から僅かに出せばそれをルストの歯が掻っ攫っていく。
ルストの尻尾が揺れている音が聞こえてくる中、お互いの額を重ね合わせる。
「考え方は上出来や。それにやる気もでたわ」
棒を口に含んだまま器用に小さな声でルストが伝えてきた。
「こんなやり方、金輪際やらないからな」
小声で伝えれば、ルストは口を尖らせていく。
尻尾の音がゆっくりになっていき、聞こえなくなった。
「そんなこと言わんといて。やる気なくなるやん」
それは困る。
レーベンはルストの頬を軽く叩く。
「……姫に忠誠誓う騎士なら、早く迎えに来いよ」
そう伝え、レーベンは立ち上がる。
「あら、もういいの?」
「ああ、十分だ」
「……そう。案外あっさりしてるのね」
「まあ、あっちで会えるしな」
ちらり、とルストを見るとにやりと笑っていた。尻尾も大きく左右に揺れている。
レーベンは口元を緩め、ルストの部屋を後にした。




