第24話 送り出す風
駅から出ると賑やかだった。出店や屋台、それに行き交う人々の表情が活き活きしている。
どこかの街とは大違いだ。
それに不思議だ。歩いているのに向けられる嫌悪の視線が少ない。獣鬼で何度も自分達の騎士団が赴いているからだろう。
「ルスト、花も買わなくていいのか?」
「いらんよ……あいつは酒やから」
ルストの手には、先ほど購入した酒瓶一本。チャプチャプ、と音を立てている。
大きな通りの角を右に曲がると周囲を木で囲まれ、芝生が広がる公園があった。
やや錆びついた門をくぐる。足を進めれば、木々の向こうから汽車が走る音。子供達が遊ぶ間を抜け、静寂が広がると真っ白な墓石の数々。霊園だ。その中にポツン、とあった何も文字が刻まれていない黒い石の前でルストは足を止める。
「ここなのか?」
「ああ」
黒い墓石の前で腰を下ろしたルストは何か物思いに耽るように口を噤む。風が吹けば木が揺れ、歌を歌う。酒瓶の蓋を開けたルストは石にかけていく。
「おい、おっさん。耳かっぽじって聞けや。新しいバディ連れて来てやったで。言っとったやろ? いい奴と組めって」
ちらり、とルストがこちらを見てきた。
「いい奴かは分からん」
殴ってやろうか。
「最高のバディになれるかも分からん」
レーベンは、ルストの背中を眺めながら苦笑を漏らす。
「でも、やっていけそうやわ」
垂れていた耳が上がる。尻尾も上がり、ゆっくりと揺れ始めた。
「レーベンもそう思うやろ?」
「……まあな」
「フラーテル、こいつ真面目なんやけど、頭硬すぎるんやわ。たまに頭のキレがええ時もある。あ、でも基本、馬鹿やで」
我慢できずに焦茶色の頭部を軽く叩くと「あたっ」とルストは声を漏らす。
フラーテルと話をしたからか、いつもの調子が戻って来たようだ。自分の口角が上がっているのが感覚で分かり、鼻横を人差し指で軽く掻く。
はー、と大きく体を伸ばしたルストは立ち上がって墓を見下ろす。
その顔はどこかスッキリとしていた。
「この任務が終わったら、もうここには来んよ。あの世で酒を片手に俺を見ててくれや」
「お、おい。それでいいのか? せっかく墓があるのに」
ルストは「ええねん」と悩むことなく答える。
「俺のバディは今はレーベンなんや。死んだ奴のことばかり振り返っとったら、大事なもん見失うやろ? そんなん、フラーテルも望んでおらんと俺は思うんよ」
「だが、さっきまで」
「もう平気や。寄り道は終わったんやわ」
あんなに耳と尻尾を垂らしておいて?
ルストがいい、と言うのならばこれ以上こちらから反対する理由はない。
「だが、俺は振り返ったっていいと思うぞ。そんな時間も必要だ」
「レーベンは、振り返り過ぎなんよ。そーいうのはちょっとでええねん。あー、そんなこともあったなぁって」
霊園に一際強い風が吹く。顔をぶわり、と撫でられ思わず反対方向を向いて目を閉じる。
「ほら、そうやでって言っとるやん。振り返るなって」
小さく笑うルストの声が聞こえた。
霊園を後にし、駅近くに戻ると洒落たテラスで三段のケーキスタンドを前に優雅にお茶をしている二人がいた。
公園とは違い、風は穏やかだ。
「あら、終わりましたの?」
「ああ、無事に」
どうぞ、と席に促されレーベン達は同じテーブルに腰をかける。
ケーキスタンドの上には色とりどりのケーキが置かれていた。それはまるでドレスを着込んだ貴婦人達のよう。
スタンドとは別に普通の皿にもケーキが用意されている。二人で食べるにはどうみても量が多い。
女は甘いものが好きだと聞いたことがあるが、こんなに食べるものなのか?
「これ食ってええ?」
「もちろんよ。食べて、とっても美味しいわよ。紅茶も美味しいから、貴方達の分の飲み物も注文するわね」
「ほんなら、先にケーキいただきまーす」
スタンドに乗っているタルトケーキを指で摘み、一口で口に放り込んだルストは目を輝かせる。
「うまいやん! ほら、レーベンも食うてみ!」
ロールケーキを指で摘んで、口元に持ってこられた。
せめて取り分けてフォークで刺してから寄越せよ。
そう思っていてもグイグイと押し付けてくるもんだから、大人しく口を開ければ強引に詰め込まれた。
咀嚼すると様々なフルーツが弾け、クリームとスポンジと混ざり合っていく。
「な、美味いやろ?」
笑顔で聞かれ、頷けば顎に拳を当て小首を傾げているポエナと目が合う。
「貴方達、恋人なの?」
違う、と否定する前にルストに肩を寄せられる。
「どっちやと思う?」
ルストの頬が自分の頬に触れる。やめろ、と離れようとしたが力が強い。
カテーナと目が合う。なぜか下唇を噛み、眉を下げていた。
なんだ?
口の中にあったロールケーキを全て食べ終わった後にルストを引き剥がす。
にやり、と笑ったルストはわざと名残惜しそうに頬を撫でていく。やめろ、と睨めば両手を上げてケーキスタンドのケーキをまた一つ口に含み「うまいわぁ」と味わっていた。
「えー、どっちかしら? カテーナは分かった?」
「わ、分かんない。でも、仲は良さそう」
「そう、どうしようかしら」
「……可哀想だよ、お、お姉様」
「なんで? きっと大丈夫よ。問題ないわ」
カップの中に入っている紅茶を一口飲むポエナはカテーナに微笑む。
「なんの話だ?」
「こっちの話よ。気にしないで?」
また一つルストがケーキスタンドに手を伸ばす。
「レーベンはクソ女にはやらんよ?」
「ちょっと、もうそれやめてよ! でも大丈夫。いらないわ」
くすり、と笑ったポエナはケーキスタンドとは別に置かれた皿のケーキを選び始める。
「茶色くて甘ったるいキャラメルか、黒くてほんのりビターなチョコか。私はこっちの方が好みだと思っているもの」
そう言いながら、飴細工のようにコーティングされたキャラメルのケーキをフォークで突き刺し、一口サイズに切れ込みを入れていく。
「……ほら、貴方達も食べて? ケーキはまだ沢山あるわ。私とカテーナだけじゃ食べきれないの。手伝って?」
やはり、二人分のケーキの量ではなかったのか。
手を伸ばさないカテーナをちらりと見ると俯き、さらに下唇を噛んでいた。
その表情はどこか苦しそうだ。ここのバディは上手くいっていないのか?
ひどい扱いを受けているようには見えない。女同士は、色々複雑なのかもしれないな。
レーベンは下に載せられていたグラスに入っていたゼリーを手に取った。




