第23話 異変
ギフトをもらって体が軽いはずなのに、どうして。
はぁ、と息を漏らし地面を濡らす自分の汗を見つめた。
理由は分かっている。汽車のせいだ。自分達の肩には乗客の人数分の魂がのしかかっている。
いつも嫌悪の視線を送ってくるくせにこういう時だけ、期待の眼差しをしてきやがって。
そんな風に見られてしまったら仕事だからというだけではなく、守りたいという気持ちが強くなる。
「レーベン!」
ルストの声に顔を上げる。横から飛んできた獣鬼の手が当たった。骨が軋む音がする。
「あぐっ」
だが、戦いにくくてしょうがない。
汽車を護っていることを獣鬼は、理解しているのか離れた瞬間を狙ってわざわざ車体に向かっていくのだ。
地面を削るように吹き飛ばされ、剣を地面に刺して転がるのを防ぐ。
にやり、と笑った獣鬼は汽車を狙う。
鋭い爪が車体に当たらないようにルストが汽車の上に乗って耐える。
足に力を入れて立ちあがろうとすると、横に何かが降り立つ。
「あーあー、大変なことになってるわ」
凛とした女の声。目線を向ければ自分と同じ団服。赤みをほんのり含んだブロンドが風に靡く。ややきつめの目元なのにどこかまだ幼さが残っていた。
獣人ではなく、人間のようだ。
「こ、ここに来てみて良かったですね。お、お姉様」
その横には黒く長い髪を垂らした大人の美しさを醸し出す、女の獣人がいた。ルストと似たような三角耳に三日月型の尻尾。
「ええ、ほんと。ちゃっちゃっと倒すわよ」
「はい、お、お姉様」
なんなんだ、こいつらは。
どうみても姉妹には見えない。
レーベンはルストに言われた騎士団内の獣人の執着を思い出す。
ああ、当てはめたのか。
「カテーナ、行くわよ」
女が獣鬼に向かって行く。蝶のようなのに、ひらり、と軽々飛ぶ。獣鬼が邪魔だと腕を振るうが、まるで舞うかの如く避け、蜂のように鋭く獣鬼の頭部に剣をひと突き喰らわせた。
獣鬼は地面に倒れる。
だが、牙を剥き出しにし震えながら起きあがろうとする。そんな獣鬼の胸を、足で押さえた女の獣人が貫く。
あっという間だった。
男として、一人の騎士として自分が情けなく思えてしまう。
あんな簡単に倒されてしまうなんて。
こちらに戻ってきた女は手を差し伸べてくる。
「大丈夫かしら?」
「あ、ああ。すまない。ありがとう」
自分の膝などに付いてしまった汚れを払って落とす。
「いいのよ。それよりも貴方、弱すぎないかしら? 今までよく生きてこられたわね?」
うっ、とレーベンは小さく声を漏らす。
背後から足音が聞こえ、女から引き剥がすようにルストの腕の中に囚われた。
「弱いわけやない。汽車を庇いながら、こっちは戦ってたんや。獣鬼しか見とらんやつに言われとうないわ。クソ女!」
「く、クソ女ですって!? ……あら、やだ、本当だわ」
「けっ、レーベン。こいつ絶対、貴族やぞ」
「良く分かってるじゃない。そうよ? ポエナ・ペグーニア。ペグーニア男爵家の末娘よ」
前に垂れていた髪をばさり、と払う。
汽車がこちらを邪魔だと言わんばかりの汽笛を鳴らしてきた。貫く音に耳を塞ぐ。
「邪魔だ! 終わったのならさっさと退け!」
運転手にそう言われ、隅に避けるとゆっくりした速度で駅に向かう。
「何よ。助けてあげたのに、失礼しちゃうわ」
「しょ、しょうがないよお姉様」
「あー、この子ね、私のバディのカテーナよ。よろしくお願いするわ。貴方達なんでしょ? 一緒に任務するバディって」
差し伸べられた手に自分の手を重ね、握手を交わす。
「ああ、そうだ。俺はレーベン、こっちはルストだ。よろしく」
「ええ、任務内容は聞いたかしら?」
「いや、こっちで聞いてくれと言われている」
「そうなの? じゃあ、歩きながら簡単に話すわ」
ポエナは駅へと足を向ける。その後を付いて行く。
「ここには何度も騎士団が来ているの。だけど、みんな消息不明」
「なぜ?」
「……さあ? 知らないわ」
カテーナはやや俯き加減にこちらを見てくる。とりあえず笑いかければ慌てたように目線を外されてしまう。
「それと獣鬼が良く出るの」
「団員と繋がりがありそうじゃないか?」
「そう、だから何人もここへ来ているわ。九組くらいかしら」
駅のホームへと繋がる階段を上がる。汽車を待つ数人の視線を感じながら改札へ向かい、駅員に切符を渡す。
ポエナの話を聞いて、違和感があった。
「お前達は、ここにずっといるのか?」
「なんでそう思うの?」
「いや、なんか見て来たような話し方だから」
「貴方達より早くこの街に来ているもの。色々知っているのは当たり前よ」
レーベンは足を止めた。
ポエナの話に疑問を持ったからではない。
だっておかしいのだ。さっきポエナを「クソ女」やら「貴族やぞ」と言っていた奴が存在を消している。
「ルスト?」
横を見ると耳と尻尾を垂らしたルストがいた。
「ルスト、どうした?」
「レーベン、俺……行きたいとこあるんやけど……行ってもええ?」
誰だ。こいつ。
まるで子供だ。
兄弟や親とはぐれたかのような。
そういえばさっき、この街でフラーテルを亡くしたと言っていた。
まさか。
思わずルストの落とされた両肩を掴む。
「ここに、フラーテルがいるのか?」
「……おる」
獣鬼となって消えたアモルと違い、ルストの元バディのフラーテルは人間だ。
悲しむ場所が必ずある。
過去に「俺は前に進んどる」とルストは言っていた。あれは演技だったのだろうか。
分からない。だが、相変わらず耳と尻尾は演技が下手だ。
「行きたいところがあるの? なら、私達は駅を出た辺りでお茶でもしながら待ってるわ。行ってらっしゃい」
「ああ、ありがとう……ルスト、行こう」
ポエナとそう話をしていれば、カテーナが再び俯き加減で見てくる。
なんだ?
「カテーナ、少し待たせてしまう。申し訳ない」
そう伝えれば、はっ、と顔を上げて首がもげるのではないかと思うくらい左右に振る。
「い、いって、らっしゃい」
へらり、と笑った顔はあまりにも綺麗だった。
自分の眉毛がピクリ、と動いてしまう。カテーナという存在をもう少し知りたくなった。
しかし、今はルストの方が先だ。
「ルスト、行こう」
耳と尻尾が下がったままの背中に優しく手を置いた。




