表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/41

第21話 新たな問題


 酒と煙草と香水が充満した空間。

天蓋から吊り下がるピンク色のレース。

 そして、自分に覆い被さるルスト。

 向けられる瞳は蕩けるように甘い。


「ルスト……好きだ」


 ああ、なんで自分はこんなことしているのだろう。


「俺もやで、レーベン」


 近付いてくるルストの顔に目を閉じれば、指の背で頬を撫でられ、そのまま手が添えられる。

 小さなリップ音。

 そしてもう一度、その音は鳴る。感触はない。

 それもそうだ。自分の唇にはそれは届いていない。

 ルストの親指らしき指が、壁となっているからだ。


「素敵だ! 顔がいい男二人のキスなんてっ、中々見られないのに! ずっとここに来ていて良かった!」


 ベッドの横を見れば、椅子に座ったふくよかな中年の貴族がいた。

 三角耳に先端が丸く長いふさふさの尻尾が揺れている。

 その貴族はベッドに上がって来て、ルストを退かすと鼻息混じりに聞いてくる。


「ねえ、僕、ギフト持っているんだ。貰ってくれる?」

「ギフトって、持ってたら騎士団に入らないといけないんじゃ……」

「そんなのお金でどうにかなるさ。オーナーから聞いてるだろ? たくさんお金落としてあげる。ね、だから、ほら。その可愛い唇を塞がせて」


 皮膚にその言葉が落ちると一斉に逃げるように毛穴が引き締まる。

 あまりの衝撃に体が動かないでいると、貴族の頭が鷲掴みにされ離れていく。


「……お触り禁止やで?」


 鋭い眼力で貴族を睨むルストは、貴族の額に皺を増やしていった。


「い、い、いい痛いっ! ぼ、僕は貴族だぞ!」

「それがなんや。ギフト持ってること隠しとったくせに……おまんはもう終わりや」


 にやり、と笑ったルストがポケットからエンブレムを取り出す。青ざめていく貴族は可笑しいくらいガタガタと震え始めた。


「ルスト、それくらいにしておけ」

「へいへい」


 貴族をベッドから落とし、近寄ってきたルストはレーベンの服を整える。


「自分でやる」

「ええやん、もうちょい甘い雰囲気、楽しもうや」

「アホか。早くそいつ捕まえろ。逃げるぞ」


 匍匐前進(ほふくぜんしん)で部屋の出入り口に向かう貴族の姿を目線で伝える。「ほんまや!」とベッドを飛び降りて、捕縛する様子にレーベンはため息をつく。

 ルストは部屋の外に出て、誰かに声をかけている。


「あいつらに終わったって言うて~」


 王国騎士団を呼んだのだろう。

 近くで泣きべそをかく貴族は「なぜだぁ」と声を上げる。

 文句なら、アマーレに言えばいい。まあ、もういないが。

 あいつの一件からギフトを隠し持っている貴族がいるということが世間に露呈したのだ。

 それを知っていて隠して来た者達が声を上げて騎士団に手紙を送ってくるようになった。

 ここの娼館も同じだ。

 今まで大金を払われて隠していたようだが、ついに声を上げたらしい。

 じゃなければ、自分達にこんな変な任務は来なかっただろう。


「団長は本当に人使いが荒い……俺達、何でも屋じゃないぞ」


 そもそも獣鬼を討伐するのが自分達の仕事。本来、王国騎士団が任されそうな仕事をさせられている。

 ギフトを持った獣人だから、という理由で先に投入されているのだ。

 腹立たしい。仕事しろ。


「レーベン、眉間に皺が寄ってるで」

「うるさい」

「ほら、伸ばしてや。あいつが言っとったやろ? 顔がええって。もったいないで?」


 両眉に伸ばされたルストの指が皮膚を伸ばすように動く。


「触るな」

「なら、皺をとらんと……おっかしいなぁ。もっと増えたで」


 当たり前だ。どうしてそれで良くなると思ったんだ。


「お、おい! 金! 金やる! いくらでもやるから、僕を逃してくれよ」

「はー、あかん。こいつ貴族や」


 ルストの言葉に「当たり前だ、バカ」と言って目の前の手を叩き落とす。

 この貴族が大金を払ってまで助けを請うのは無理もない。たとえ、権力や金があろうがギフトを持った獣人は危険分子。保護という名目で管理される側となる。

 そして獣鬼となった同胞を死に物狂いで倒さなければならないのだ。


「レーベン、こいつどうなるん?」

「とりあえず、裁かれるだろうな。最近、こういうケースが増えてるから、更生の見込みのある奴だけは騎士団に入るんじゃないか? それ以外は、処分だろうな」


 床に座り込んでいる貴族のズボンにシミが現れ、水溜りを作っていく。


「い、いやだっ。処分なんて、で、でも騎士団にも入りたくないっ! 怖いっ! 戦うなんて、無理だっ、僕は貴族なんだぞっ」


 もし、この男がバディを持ったら人間を雑に扱いそうだ。

 この間まで「獣人殺し」と言って来た奴らより、タチが悪いかもしれない。

 もう少し怖がらせた方がいいだろうか。

 部屋のドアがノックされる。


「……どうぞ」


 入って来たのは王国騎士団のネットさんだ。淡いブラウンの髪と瞳に、甘い菓子のような顔立ちをしている。

 ベカンテ家伯爵嫡男。自分と同じ人間だ。

 爵位や金や権力がない自分とは違い、家を継ぐまでの繋ぎとして席を置いているらしい。

 とはいっても、きちんと仕事はする人だ。この人がいなくなったら、王国騎士団はどうなるのだろう。

 考えたくもない。


「なんだ、またお前達か」


 微笑むネットさんの後ろに控える部下らしき男達は、苦い飲み物のような顔をしていた。


「ええ、そうです。また、俺達です。ネットさん」

「敬語はいいって言ってるだろ? レーベン、ルスト、今回もお手柄だね」


 基本、獣鬼特別部隊に所属している者を嫌っているのが王国騎士団だがネットさんは違う。

 本来ならば後ろに控えている男達と同じような態度を取るはずのところを、ちゃんとこちらを認めてくれている対応をしてくれる。


「で、その人が?」

「はい、そうです」


 貴族を立たせたルストは、ネットさんに引き渡す。


「ちゃんとしてや。王国騎士団がちゃんとせんと俺らが動く羽目になるんよ? お前達の仕事やろ? 俺達はあくまで獣鬼を倒すだけの部隊なんやから」

「ルスト!」


 ルストのネットさんに対しての言葉遣いに一喝するが、当の本人は「いいよ」と笑うだけだった。


「ごめんな。本当にそうだよな。でも、ちゃんとマークはしていたし、側に待機してただろ? それでチャラにしてくれよ」

「どないしようかな」

「今度、美味しい肉でも奢るよ」

「チャラにしたる」


 いや、だめだろ。王国騎士団が今まで貴族達に目を向けていなかったことから始まっているのだ。

 盛り上がるルストとネットさんとは裏腹に、レーベンとネットさんの部下の眉間に皺が寄る。


「ネット~、あ~、いた~」


 小柄で毛先が丸まったブロンドヘアに丸い角に小さな耳。おっとりした表情と口調で男にしては可愛らしい。

 ハルモニー家男爵次男、バンビ。ギフトを持っていない獣人だ。


「バンビ、この人を連れて行ってくれる?」

「うん、分かった~」


 貴族の服を掴んで引き摺るように連れて行く。


「レーベン、バイバ~イ」


 小さく手を振られ、振り返す。急に目が鋭くなり、ルストを睨むバンビは歯を剥き出しにする。


「ネットが甘いからって調子乗んなよ。クソルスト」


 あのおっとりした表情はどこに行ったのやら。


「お前らがちゃんと動けばええ、言うとるんや。間違ったこと言っとらんで」

「お前に言われなくたって、分かってるよ! 腐敗した奴らを動かすの大変なんだ!」


 ふん、と鼻を鳴らしたバンビは「あー、いやだー!」という貴族と共に部屋から出て行った。それを見送ったネットさんは真剣な表情に変わる。


「君達の団長からこれを預かっているよ。はい、これ」


 一枚の紙を渡され、開く。


 

 北にあるデシデリウム村付近のクピディタスという街へ。

 既に一組バディが向かっている。

 至急、頼む。

 任務内容はそっちで聞いてくれ。



 レーベンは大きく息を吸って、ゆっくり吐き出していく。

 絶対にめんどくさい案件だ。バディがもう一組動いているなんて異常でしかない。

 背中に何かあたる。爽やかで、冷たく鼻を突き抜ける香りがした。


「なんや……俺の故郷の近くやん」


 耳上から聞こえる。その声はいつもと変わらないはずなのに、何か違う。行きたくないような声色だ。


「帰り寄ってええ?」

「寄れたらな」

「おお、優しいやないか」


 気のせいか。

 レーベンは、肩を回してルストを離れさせた。

 ネットの手が反対側の肩に置かれる。


「何の任務か分からないけれど、気をつけてね」

「はい。先ほどの貴族、よろしくお願いします」

「うん、こっちは任せて」


 頭を下げ、未だに苦い顔をしているネットさんの部下の脇を通って行く。


「こっち見んなや」

「やめろルスト」


 貴族嫌いのルストの腕を引いて、レーベンは大きくため息をついた。

 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ