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第20話 自分達だけのカタチ


 薬品の香りが鼻を掠めると同時に首元に痛みが走る。

 アマーレに噛まれた場所を保護していたガーゼを取られたからだろう。


「ちょっと洗うよー」


 冷たい液体がかけられ、優しく拭き取られていく。手際よく軟膏らしきものも塗られていくのが分かる。


「なあ、このあとどうする?」

「そうだなぁ……ボードゲームしようぜ」

「いいねぇ」


 仲良さげなバディの声。


「お姉ちゃん、大丈夫? ごめんね」

「大丈夫だよ」


 抱き合い慰め合う声。


「……ありがと」

「お前が無事で良かった」

「でも、あんたが怪我した」

「お前のためなら、この命。何度だって捧げるさ」


 甘く愛を紡ぐ声。

 ちゃんと耳を傾ければ、それぞれのバディの色が見えてくる。

 もっと早くこうしていれば、アモルの気持ちを受け止めることができたのだろうか。


「はい、終わったよ」


 医者に軽く背中を叩かれる。


「ありがとうございます」

「明日もおいで」

「はい」


 優しい顔をしているが、帰って来た当日、熱を出している自分の横で小一時間、説教をしてきた奴だ。

 医者の後ろ姿を見ながら団服を着ていく。

 医務室を出て、食堂へ向かう。アマーレの事件以降、他の獣人達からの嫌がらせが減った。

 ルスト曰く「バディをちゃんとやってるからだ」と言っていた。

 意味が分からない。

 あれだけ人に「獣人殺し」って言ってきた連中なのに。

 食堂に入って、掲示されているメニューの中から食べたいモノを伝える。


「サラダとつけ麺下さい」


 はいよー、と明るい声が聞こえてくる。つけ麺はルストが教えてくれたメニューだ。

 すぐに出来るし、一緒に盛り付けされている蒸した肉が美味い。


「はい、つけ麺」


 渡されたそれをお盆に乗せて空いている席に着く。

 視線が届く範囲で他のバディ達を観察する。

 意外と仲が親密なバディが多いのだろうか。獣人からのボディタッチが多い気がする。

 アモルと一緒だ。


「探したで」


 自分の前にルストが座って来た。


「俺は探してない」

「そろそろ一緒に食べようや」


 ルストの三角耳が僅かに下がる。


「……分かった」

「お、珍しいやんけ」


 耳を起こし、にやりと笑ったルストのお盆には相変わらず大盛りの肉。それと良く食べているお稲荷。なんでもルストが住んでいた村やその周辺で良く食べられるものらしい。つけ麺もそうなのだろう。


「レーベン、そろそろ答え決まったんか?」


 こっちに帰って来てから、もう何度か聞かれている。

 そんな早く答えが出せるわけがない。


「ずっと聞いてくるな、それ」

「早う当て嵌めてや。どう立ち回るかそれで決めたる」


 周囲のバディをちらり、と確認する。

 レーベンは、頬杖をつく。ここ数日、感じていたことがある。


「俺が思うに、お前とは、友達でもない。家族でもない。恋人でもない」


 空いている片手で指を折っていく。そう、ルストとの関係に相応しいものはなかったのだ。


「全部、ないな」

「な、なんやそれ。悲しいやんけ」


 耳が先ほどよりも大きく下がる。レーベンは、「くくっ」と口元を拳で隠しながら笑ってしまう。


「なんで、別に悲しくないだろ」

「どういうことや」

「だから、当て嵌める必要なんてない。俺達は俺達の分類でいいだろ。バディなんだから」


 そうだ。別に型にハマらなくていい。バディなんてそれぞれだ。


「レーベンの口からそんなこん出るとは、俺感動してもうた」


 泣き真似をするように目頭を抑えたルストの耳は後ろに倒れ、尻尾がブンブン音を立てながら揺れる。


「ふっ、くくくっ……ルスト、お前っ」


 初めて見るルストの姿にレーベンは心が温かくなるのと同時に、笑いが込み上げてきた。

 そんな自分に周囲の視線が向けられる。


「獣人殺しが笑ってる」

「あそこ、仲良くなれたんだ?」

「あいつ笑えるんだな」


 聞こえてるぞ。そんなことを思いながら「はー、笑った」と座り直す。ルストがお稲荷を麺の上に置いてきた。


「おい、なんだそれ」

「契約や」

「は?」

「今後、バディ解消とか言わないこと。他の獣人からはギフトを貰わないこと……約束してや」


 しょうがない、食べてやるか。

 口に含んだお稲荷は甘酸っぱく、あまり好きな味ではなかった。だが、咀嚼する度に包まれたモノから溢れる味が米の味をまろやかにしていく。


「美味い?」

「……まあまあ、だな」

「なんやって? この美味さが伝わらんのか。まあ、ええ。契約成立や。約束は絶対。破ったら殺したるからな」


 琥珀色の瞳が真っ直ぐ自分を捉える。レーベンは、つけ麺を汁につけルストと同じようにお稲荷の上に置いてやった。


「あー! 何すんねん!」

「よろしく」


 そう言えば、お稲荷に乗ったつけ麺を見ていたルストの口角が上がる。


「じゃあ、これ渡しとくわ」


 ポケットからシルバーの少しカーブを描いた指輪を出してきた。どこかで見たことある。

 そうだ。これはずっとアモルが身に付けていたものだ。

 だが、いつからか付けなくなっていて。ルストに渡していたのか。


「……貰ってもいいのか?」

「レーベンが決めてええで。この持ち主はお前の所に行きたがっとるけどな」


 レーベンは指輪をつまむ。


「俺、最近、笑ったアモルしか夢見なくなったんだ」

「ええことやん」

「前までは獣鬼になるアモルが、こっちを恨んでいるような夢しか見てなかった」


 アモルはそんなこと言わないのに勝手に改変していた。

 あいつは、獣鬼になる瞬間。


「レーベン、ごめんね」


 苦しくて、辛いはずなのに黒い炎に包まれながら笑っていた。

 指輪をアモルが付けていた右手の中指に入れてみる。少しキツイ。人差し指は少し緩い。薬指はちょうど良かった。まるでこの指を選んでいたかのようだった。

 上に掲げて見る。自分にはなかったアモルのモノ。込み上げてくる想いを指輪にしまい込む。


「ええやん」


 手の向こうに見えるルストは微笑んでいた。


「似合っとる」

「ありがとう」


 手を下ろし指輪を撫でると温かい気がした。まるでアモルのようだ。


「そんで次の任務の話なんやけど。また遠いらしいで」


 顔を上げればつけ麺を箸で突いているルストがいた。


「また?」

「良いように使われとるで俺ら」


 笑いながらルストはお稲荷さんの上に置かれたつけ麺を口に含む。咀嚼し、眉間に皺を寄せる。


「俺がオススメした奴やけど……まあまあ、やな」

「お前、舌がおかしいんじゃないか?」

「レーベンには言われたくないで」


 ルストとはとことん合わない。だが、バディとしてならやって行ける気がした。

 レーベンは、残った自分のつけ麺を食べ始める。


「やっぱり、自分の飯が一番だ」

「合わないわー」



 

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