第18話 欲しいモノ
「あいつら言い方とかあるやろ。だから貴族嫌いやねん」
ルストのフォークが腸詰を突き刺す。金属が皿とぶつかる音がする。
あの後、手帳を渡して簡易的に報告すると「もういい帰れ。お前達の出る幕はここからは、ない」と王国騎士団の団員に言われてしまった。
雨だからと馬車で街まで送ってくれたことは感謝している。
それに簡易的に傷の手当てもしてくれた。
「ルスト、行儀が悪い」
それにしてもよくまあ、あの後に肉が食えるもんだ。
流石にそこまで食べる気にはなれなくて、パンとスープのみにした。
「しかもレーベンがオススメやって言った店に来たのに、なんや、店の奴えらい冷たいやないか。それに客も……」
目の前のパンを手に取って口に含む。
「ほら、あの人達」
「えー、やだやだ」
私服の時はこんなことはなかった。
団服を着るとこうも嫌われてしまうのか。襟元に付いている騎士団のエンブレムがいけないのだろうか。
ルストがヒソヒソと話している店内にいる客をひと睨みする。「やめろ」と脛を蹴ってやれば小さな呻き声を上げ悶えていた。
「全く、ひどいもんや」
「しょうがないだろ」
「団長が若い頃はこんなことなかったらしいで」
「過去にこの部隊の団員が獣鬼になって暴れ回ったんだ。無理もないだろ」
「そんなの、一回だけやろ」
「その一回で信用を全て失ったんだろ」
それに実際、騎士団の訓練場だったがアモルも獣鬼になっている。
ギフトを持った樹人は、バディがいれば安心だ、という概念はもうないのだ。
椅子に背を預け、深く座ったルストはパンを口に含み歯で引きちぎる。
昨日、気さくに話してくれた店員すら目を合わせてくれない。店内に入った時、エンブレムとルストを見てから表情が変わってしまった。
あんなに美味しかったパンは、普通のパンになり、胃の入口が蓋をしたように受け入れなくなっていく。
「お、晴れて来たやん」
窓から空を見上げれば僅かに青空が顔を出し始める。光も差し込み、街が明るくなっていく。
手に持っていたパンを口に放り込んだレーベンは、テーブルの上に金を置いた。
「そろそろ行くか」
「パン、半分残ってるで?」
「もう腹いっぱいだ」
「えー、ほんなら俺にくれや」
「いいよ」
大きな口を開けてパンを食べるルストは「美味い」と言って咀嚼する。
ふと、視線を感じたレーベンは外を見た。先日の兄妹が向かいの店の屋根下からこっちをじっ、と眺めている。
「……ルスト、悪い。先に出る」
「あ、おい! 待ってやぁ」
急いで店の外に出ると雨の香りが鼻を掠める。霧のような雨を顔で受け止めながら、兄妹の側に行く。服は小綺麗になっていた。目にも光が宿っている。
「お母さん、その団服洗ったって言ってたよ」
あのメイドが母親だったのか。
兄の傍から離れた妹が手に触れてくる。
「やっつけた?」
「ああ、やっつけた」
「もう、怖くない?」
「とりあえずはっていう感じだな」
「ありがとう」
妹の頭を撫でる。
「母親は?」
「買い物してる。待っててくれればそっち行ったよ?」
ふわり、と笑った妹は急に兄の後ろに隠れた。
「おー、あの時のチビ共やないか」
「そうだ、伝言ありがとう。色々助かった」
店の扉が開く。あのメイドだ。軽く会釈をすれば同じように会釈をして来た。「じゃあ」と傍を離れようとすると「あの」と声をかけられた。
「旦那様は?」
「……もういない」
「マルス様は?」
「助けられなかった」
顔を覆ったメイドは肩を震わせる。
「嬉しいって思ってはいけないのに……ごめんなさいっ……私達を助けてくれて、ありがとうございますっ」
深く頭を下げられた。鍵をポケットに入れて置いてくれたのはやはりこのメイドだったのだろう。
「みんな、この話を聞いたら喜ぶと思いますっ」
震えた手は子供達を抱きしめる。
「もうこの子達にも二度と会えないと思っていたのでっ。街にみんなで帰って来た時、ボロボロだったこの子達に申し訳なくてっ」
「……俺達は、貴方達を助けていない」
「え?」
「結局のところ、貴方達を助けたのはマルスだ。俺達は、ただマルスに誘われるがままやったに過ぎない。マルスが復讐心から手を汚した悪い奴だったとしてもだ」
兄妹と目を合わす。
「お母さん戻って来て、良かったな……俺達はこの子達との約束を守っただけだ」
それだけ伝え、足早に駅へ向かう道を歩く。
「おい、待てや。本当は助けたいって思って動いてたやん」
「助ける前にあの人達を助けたのはマルスだ。俺達じゃない」
「アマーレ倒したやん。街の住人は守れたで? これ以上、被害も出んやろ」
「まあ、それもそうだな」
処理場で見た男性物の服とメイド服が頭を過ぎる。
「いや、どうなんだろうな。待っていた人達の心は……きっと、守れていないだろ」
「真面目やな」
「うるさい……っ」
「あ、おい!」
体内に残っていたギフトが消えるとふらり、と力無く崩れてしまった。ルストに腕を支えられる。
「おぶったる。駅までやけど」
「ギフトは?」
「それ以上やったら、具合悪くなるで。やめとき」
「……おぶるのはやめろ。恥ずかしすぎる」
大の大人がおぶられるなんて、想像しただけでも最悪だ。
「肩貸してくれるだけで十分だ」
「しゃーないな。後で肉奢ってや」
「お前、まだ食べるのか」
「成長期やから」
これ以上、身長が伸びたらどうするんだ。いや、そもそも成長期終わっているよな?
レーベンはルストに支えられながら歩き始める。
「お前の元バディ、大変だっただろうな」
「そう思うやろ? 逆や逆。俺の方が世話やいとったわ」
「お前が?」
「そやで。あいつほんま思い出しただけでも腹立つわぁ。酒癖悪いし、女癖も悪かったんやで? 最悪やろ?」
足元を見れば、水溜りに青い空と雲が映る。それを踏めば小さな水飛沫が弾けた。
「ネックレス、その人のなのか?」
「そやで。正確には俺が贈ったもんが、自分に戻って来たんやけど」
「仲良かったんだな」
ルストは鼻で笑う。「なわけあるか」と言うが、歯を見せて笑う姿がその証拠だろう。
いいな。自分もそういった物を持ちたい。アモルは許さないだろうが。
「俺も、何か欲しかったな」
はっ、と自分の口から出た言葉に息を飲む。
「いや、嘘だ。なんでもない」
「ふーん」
それ以上、ルストは何も言わなかった。レーベンもまた口を閉じ、駅まで何も話すことはなかった。




