第17話 雨の断罪
振り下ろされた爪をルストが剣で抑えてくれる。背後に回ろうとしたが長い尻尾が風を切り、鞭の様に獣鬼が振り回す。
何度か避けた後、レーベンは流れるように剣で切り落とす。
「ガアアアア!?」
悲鳴を上げた獣鬼がこちらをぐりん、と振り返ってくる。
「ぐっ! あかん!」
前の方でルストの声がすると同時に吹き飛ばされる姿が見えた。
「ルスト!?」
獣鬼の足がこちらに向く。
次はお前だと言わんばかりに振り下ろされた爪を受け止め、薙ぎ払う。交わる音に思わず耳を塞ぎたくなる高い音だ。
腕が重くなり、力を緩めた瞬間、鋭利な爪がアマーレに噛まれた場所を掠める。ずっと忘れていた痛みを思い出し、レーベンは顔をくしゃりと歪ませた。
攻められない。受け止めるだけで精一杯になり、背中が壁と深く抱擁してしまう。
「……っ」
獣鬼の背中に飛び乗ったルストが見えた。高く剣を掲げ、深く突き刺す。
「ガアアアア、グオオッ!」
苦しみもがいているようだった。声を上げながら獣鬼の両手が背中にいるルストを捕まえようと必死に動く。
レーベンはその隙を狙い、首元に剣を伸ばすが腕で弾かれる。
いや、いける!
そのまま身を低くし、胸元に突き刺す。
肉を掻き分けて入っていくのが、剣越しに伝わってきた。そのまま何かを突き破る感覚がありルストが獣鬼の背中で躱すような動作をする。こっちの剣が表面に出てきたのだろう。
「グウウ……ウゥッ、ガフッ」
吐き出される赤を避けるように剣を引き抜く。
だらん、と落ちていた獣鬼の腕がゆっくりと動いた。
「レーベン!」
ルストの声にはっ、と離れようとしたが遅かった。両腕の中に捉えられ、息が吸えないくらいの強さで抱き締められる。
「かはっ……くっ」
苦しい。
獣鬼の力がふっ、と抜け共に床に倒れ込む。レーベンはむせ込みながら、太くて大きな腕の檻から逃げ出した。
獣鬼は、足先から消え始めていた。
アマーレに勝った。
勝った、はず……なのだ。だが、なぜか悔しい。
剣の鞘を握り締め、奥歯を噛み締める。
ルストも何も言わずに全てを見送り、アマーレの最後まで残った手が灰となった頃。
「あの二人、一緒に灰になって逝ってしもーたな」
小さくルストが呟いた。
「ああ」
窓の外はいつの間にか黒から白み始めへ。
だが、空はここに来た時と同じ様に雲を寄せ集めて固めたようだった。
「灰はいらんやろ」
そう言ってルストが窓を開ける。
「ああ、いらない」
ふわり、と浮かんだ灰は外へと舞い上がる。
「自由になってまうかな」
「さあ?」
雨が弱く降り始めた。
外に出た灰は、一欠片も逃がさないように地面へと叩きつけられていく。
次第にザーと音を立て始め、ゆっくりとルストは窓を閉めた。
「なれんかったな」
「マルスが埋めた奴らが許さなかったんだろ」
「しゃーないわな」
「ああ」
レーベンは鞘に剣をしまい、床に座り込む。
筋肉を酷使し過ぎた。それにアマーレに噛まれた場所がジクジクと痛い。
「地下、何があったんだ?」
「あー、処理場って言えば分かるやろ。レーベンも確認しといた方がええんちゃう? まあ、どっちでもええけど」
「……確認しに行く」
体内に残っているルストのギフトを使い、無理矢理体を動かす。
ルストの言う処理場なんて本当は行きたくない。
しかし初日の夕食時、ワインをこぼしたメイドはどうなったのかふと、なぜか気になった。
何もなければそれでいい。
そんなことを考えながらルストに案内されて地下へと向かう。
昨日調査で訪れた地下の食堂を通り過ぎた所にそこは存在していた。中を覗けば、生臭い匂いが胃を刺激する。
台の上には大きな肉切り包丁。その横に丁寧に畳まれた男物の服とメイド服。白いエプロンに赤紫色の汚れが付着しているようだった。
——た、たすけて……お願い。
メイドの声が頭の中で響く。
「……そうか、君は……そうか」
言葉がうまく出なかった。
あのメイドは最期、何を思って逝ったのだろうか。
何も映していないメイドの瞳を想像してしまう。レーベンはそれを掻き消すように小さく首を振った。
「レーベン、どうしたん?」
「もう、ここはいい。上へ戻ろう」
逃げるように地下を出て、戦いの末に開けられた場所を通って自分の部屋に戻る。
小さな耳を生やした獣人が、人間の首筋に歯を立てようとしながら抱きしめている絵。
改めて見ると、次はお前だって言いたげな表情をしている。
思わず剣に手をかけ、その獣人の目元に剣を振るう。もうこちらをそんな目で見ることはない。
横にいるルストは「いい絵になったやん」と一言だけ言っていた。
『~~~!』
屋敷の外が騒がしい。窓の外を確認すると屋敷前の広場に雨の中、続々と集まる王国騎士団の馬車と旗。雨具を着た団員達が庭に足を踏み入れたりしていた。
外のように心晴れないまま、剣を鞘にしまう。
「おお、早かったやんけ」
「お前が呼んだのか?」
「そうやで、団長にやばい奴おるから早う寄越してーって電報出しといたんよ」
「証拠もないのに良く動いたな」
窓に背を預けたルストは「元々分かっとったんちゃう?」と笑ってきた。
「俺達はとりあえず、送り込んだんやろうな。団長からは、怪しいことがあれば早う連絡してこい言われとったんよ」
「おい、なんでお前それ俺に教えなかったんだよ」
「だって俺とレーベン、喧嘩しとったやんか」
口を窄め、子供のように言ってくる。
この野郎。こいつのこと、やっぱり嫌いだ。
「そーいや、マルスの手帳は何が書いてあるん?」
「ああ、あっちの騎士団に渡す前に見ておいた方がいいか」
胸元から黒い手帳を出す。マルスは何を記録したんだろうか。開くと名前が余白なく書かれていた。冒頭には———。
サクリ・プラエダートル
フィキウム・プラエダートル
プラエダートルといえば、この屋敷の家名だ。
アマーレの両親の名前だろう。
その下には書き殴ったような字で「ウクソル」。マルスが言っていた妻のことだろうか。その他にも数ページに渡ってぎっしり隙間を埋めるように名前が書かれていた。
「犠牲者やろうか」
「たぶん」
ペラペラとページを捲ると後半にはマルスの懺悔が記されていた。自分の復讐のためにアマーレに従って殺めてきたこと、庭に残骸を埋めたこと、屋敷の構造。
「なんだ。俺達が調べたこと全部まんま書いてあるじゃないか」
「ほんまや」
最後のページには、まだ鮮やかなインクで「愛している」とだけ書かれていた。
この言葉は、伝えたい相手に一生届かない儚さが込められているようだった。
マルスはこの証拠を集めるためだけに、復讐心に蓋をして来たのだろうか。
「どこにいる! 出てこい!」
部屋の外から声がする。
どうやら王国騎士団が自分達とアマーレを探しているようだ。
この手帳を渡せば自分達は用済みになるだろう。
「さて、これを渡して、とっとと報告して街に行って飯食べて帰るか」
「その前にちょいと手当してからやで」
「……そうだな」
レーベンは黒い手帳をそっと閉じた。




