第14話 薔薇の中で
「レーベンにはさ、俺のこともっといっぱい知って欲しいな」
ベッドに腰かけたアモルの指の背が頬を撫でていく。
うつ伏せで本を読みながらその手を払う。
「何言っているんだよ。色々、知ってる」
「例えば?」
「そうだなぁ。お前は優しくて、甘えん坊で、聞き上手。甘い物が好きで、辛い物が嫌い。あとは、女にモテる」
「それだけ?」
レーベンはページを捲る。
「それだけだ」
そう言うと、アモルが小さく笑う声が聞こえる。
「獣人ってね、もっとドロドロしてるよ。執着って言うんだって」
「はは、お前は違うよ」
「……そう、かな」
アモルは横に転がって来て、くっついてきた。
「そう思ってるのは……レーベンだけかもよ?」
「アモル? どうした? 急に」
本を閉じてアモルに触れると薔薇のように散って崩れていく。
「え、アモル?」
「アモル!」
はぁ、はぁ、と暗い天井に自分の手が伸びていた。
「はぁ……ゆ、夢か」
手を下ろせば、柔らかいベッドと冷たい何かに触れる。同時に薔薇の香りも鼻を掠めていく。手に触れるそれを掴んで顔の前に持って来る。
薔薇だ。
どうしてこんなところに薔薇が。
レーベンは、はっ、と動きを止める。
ここはさっきまでの部屋じゃない。確か物凄い眠気に襲われて、それで。アマーレが来て。
ギシリ、と椅子が軋むような音と共に横で影が動く。
心臓から巡る血液が血管を通って全身で鼓動する。
「やあ、よく眠れた?」
ワインを片手にやって来たのはアマーレだった。サイドテーブルにワインが置かれ、ベッドに腰を下ろしてくる。
「アモルって誰だい? 君のバディはルストだろ? ああ、夢で見るくらいだ。死んでしまったのかな。獣鬼にやられてしまった?」
じっと見られる。
「なんだ、違うのか。じゃあ、殺しちゃった?」
息が詰まり、手の中にある薔薇を握り締める。
「へー、そうなんだ? 甘いだけかと思ったら少しスパイシーなんだね。いい。最高だ」
ゆらり、と揺れた長い尻尾が縦に伸びて鼻歌を歌い始める。羽織っていた上着を脱いで上に乗って来た。
「な、なにを」
「え、何って私のギフトをあげようかなって」
「は? ギフト?」
「そうだよ? 君達、獣鬼特別部隊はギフトを持っている獣人達とバディを組んでいるだろ?」
ギフトを持ってしまった獣人は、騎士団に入らなければならない決まりがあるはずだ。なのに、なぜアマーレはここにいる?
「なんで、ここにいるって? ママがね、教えてくれたんだよ。人間に定期的にあげれば騎士団になんか行かなくていいって。試しにパパにあげてみたんだ。ギフトってすごいよね、手とかに口付けで渡せてさ。抜けていく時なんか、溜まっていた物がすーってスッキリしてさ」
ははは、と笑って口元の涎を袖で拭う。
「あー、思い出しちゃった。紳士の顔が、崩れちゃうなぁ」
はぁ、と何かを思い出しているのか恍惚とした表情で天を見上げていた。
気色悪すぎる。
「ついつい出来心で噛んじゃってさ。パパ、とっても美味しかったなぁ。ギフトって噛んでも渡せるってそこで学んだんだ。レーベン、君もやったことがあるよね?」
襟を引っ張られ、首元に残ったルストからの治りかけの傷跡を見られる。
「レーベンは、なんでバディは人間と組まなきゃいけないって知ってる?」
「獣人とではギフトを渡せないからですよね」
「そう! そうなんだよ! ギフトあげられないんだよ。なんでか知らないけど。ママに試しにあげたのにダメだったんだ。それにパパより美味しくなかった」
こいつ、実験紛いのことをしたのか。
「だからさ、街で肉の柔らかそうな女性を捕まえて屋敷に招いてさ。ギフトをあげながら、食べるんだ。さいっこうに美味いよ。子供は食べないよ。だって、可哀想だろ? 大きくなってからじゃないと。この間、成熟した子を食べて来たんだけどね。君が来ること思い出したから、全部は食べなかったんだ。もちろん、食べさせてくれるお礼として渡してるギフトもあげなかった」
街で出会った兄妹が言っていた人だろうか。
お礼にギフトって、頭がイカれてる。獣鬼も倒すわけでもなく、ただ押し売りされて死ぬってことだろ?
人間に何もメリットがない。
「……獣人が人間を食べることは重罪ですよ」
「知っているよ。でも、バレてない」
「バレてないだって?」
レーベンはアマーレを鋭く睨みながら鼻で笑う。
騎士団に届いた手紙。
駅で向けられた哀れんだ瞳の数々。
領民達の証言。
うまく隠せていると思っているのは自分だけだ。人の粗探しばかりしているからそうなるんだ。
「レーベン、君の肌はどれくらい柔らかい? 私の牙もルストと同じように受け入れてくれる?」
「肌は受け入れてしまうかもしれませんが、俺は貴方を決して受け入れない」
「そんなこと言わないで。今ギフトを渡さないと私は、獣鬼になってしまう」
上に乗られて動けないが手は動く。しかし、獣人には敵わないわけで。両手はベッドに簡単に縫い付けられてしまった。
「確か、昨日、ルストもこうやって」
自分より大きな手が開き、指の間を通って交わらせていく。
ルストの時とは違い、腐ったものに触れてしまっている感覚だ。振り払おうとしてもベッタリくっついて離れない。
「抵抗しないんだね」
「してますよ、精一杯ね」
自分の手が震えている。恐怖からではない。抵抗してだ。
「昨日の君達見て、私は気がおかしくなりそうだったよ。だって、レーベンは私のデザートなのにルストとあんなにくっついて……ああ、体を繋げるのもいいね」
降りてきたアマーレの顔が首筋に触れる。
いやいや、体繋げるって。絶対にやめてくれ。
レーベンはアマーレの手を押し上げるが、そのまま簡単にベッドに戻されてしまう。
「そんなにいやなんだ? 体繋げるの。ひどいなぁ。薔薇だって百本贈ってるのに」
眉を上に大きく上げたレーベンは「き、気持ち悪い」と小さく声を漏らす。アマーレは妻はいなそうだが、婚約者もいないのだろうか。
「薔薇を贈ったりするのは是非、婚約者にしてあげて下さい。喜びますよ?」
「婚約者? いないよ。妻も子もいないしね。だって、私の食事の邪魔だ。でも、今は君を婚約者として見てあげてもいい」
だめだ。訳が分からない。それにダラダラと首元に垂れてくる液体が気になってしょうがない。
「誓いのキスならぬ、誓いの牙だ。レーベン、私と混じり合って愛し合おう」
「や、やめっ」
ルストがこの間、噛んだ首の根本に歯がプツリ、と肌を突き破る。
「いっ……ぐぁっ」
ルストとは違う容赦ない噛みつきに全身が震えた。生暖かい液体が流れ、シャツを汚していくのが分かる。
粘着質でドロリとしたギフトが僅かに入ってきた。神経や筋肉を通して伝わってくる。
「何やっとんの?」
燃え盛る炎を無理矢理閉じ込めたような声。
食い込んでいく歯が止まる。
声がした方向に顔を向ければ、開けられた扉に寄りかかるルストの姿があった。焦茶色の尻尾が壁を叩くと同時に、ルストが飛んできてアマーレの上半身に蹴りを入れる。
「それ、俺のバディやで?」
体の上にいたアマーレが吹き飛び、壁にぶつかって床に倒れ込む。
助かった。
軽くなった体を起こすとルストが傷を覗いてくる。
「あーあ、結構血ぃ出とるやん」
シーツを破って、傷口を押さえてくれる。止血をしてくれるようだ。
「アマーレの匂いくっさいわ」
確か「俺以外の匂いをつけるな」って言っていたな。
「まあ、ギフト、ちょびっとしか貰っておらんようだし。殺さへんよ」
止血しているルストの手の力が強くなる。尻尾は何かを叩きつけるように力強く動く。
床に倒れ込んでいるアマーレの呻き声が聞こえた。
あいつを一発殴りたい。それよりも先に体の中に入ってしまった微量のアマーレのギフトをどうにかしたい。
ギトギトの肉の脂が付着して、拭っても綺麗にならない感覚。
早くどうにかして欲しい。
レーベンは噛み付かれた場所とは反対側の首元を晒す。
「ルスト、ギフトくれ」




