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第13話 デザートの時間


 レーベンは、目の前に置かれた肉を見下ろしていた。

 なぜ肉が花の形をしているのだろうか。

 それにこの異様な飾り付けはなんだ。長テーブルに敷かれた白いクロス。その上にはアマーレから自分達の場所まで中央に並べられた赤い薔薇の装花。

 ここに来た当初にベッドに広げられたような生臭さはない。むしろ少し甘いくらいだ。

 今朝までもっとシンプルだっただろ。誰かにプロポーズでもするのか?

 口端が引きつく。


「明日、帰ってしまうんだろう? これは私からの気持ちだよ」

「気持ち、ですか」


 なんの気持ちだ。

 

「そう、気持ち」


 アマーレはメイドを呼んで赤ワインをグラスに注ぐようにサインを出す。

 メイドによって透明なグラスが赤紫色に染まる。


「街はどうだった?」

「穏やかでしたね」

「パンは美味しかった?」


 朝食兼昼食として食べたパンが別皿に乗って出される。

 なぜ、アマーレはパンを食べたことを知っているんだ。


「あそこのパンは昔から美味しいんだ。だけど、この上に乗ってる粉。食べると口のところに残るのが難点だ。そして服が汚れる。黒い服で食べたら最悪だね。まあ、落とせばいいだけの話だけど……ほら、食べて?」


 パンを千切る。ごろっとチーズが現れ、皿の上に粉が落ちていく。

 監視された時に口にでも粉が付いていたのだろうか。もう風呂に入ってしまってその証拠は流してしまった。

 ちらり、とルストを見る。

 千切ることもなく食べていた。服に付いた汚れは、払って落としている。普段ならやめてくれ、と思うのに今はもっとやれ、と思ってしまう。

 レーベンも口に運んで行く。甘く、柔らかく美味しい———はずなのに中々飲み込めず、口の中に居座っている。

 アマーレは、どこから見ていた? どこまでこちらの様子を知っている?


「あと、あそこの酒場はやめた方がいい。どうしようもない奴らの掃き溜めなんだ。安い酒しか飲まないし、胃が悪いんだろうね。口からドブと酒の匂いが混じるんだ。私たち獣人は鼻が敏感だから、感じ取れてしまうんだ。どこにいてもね」


 バレている、ということだろうか。飲み込んだパンがゆっくりと胃の中に落ちていくのが分かる。


「どこにいても、とは?」

「幼い頃に絵本を読んだことない? 親に捨てられそうな子供が白い小石を落としていく話。小石を伝って家に帰ることができるんだけど。知らない?」

「ええ、知りません」

「読んだ方がいい。今でも私は読んでいるよ。匂いもそんな感じで分かるんだ。ずーっとその場所まで繋がっている」


 ガチャン、とルストの方から音がする。どうやら肉を食べようとしてフォークを皿の上に落としてしまったらしい。


「俺、その物語知っとるよ。一回目は石やけんど、二回目もあるやん。その時はパンで帰れなくなったやろ?」

「意外だね。君が知っているなんて」

「オカンがよう読んでくれたわ。色々と学べる言うとったんよ。今も読んでるなんて、真面目やな」


 肉を頬張り「やっぱ味うっすいわぁ」と言って、数回咀嚼して飲み込んでいく。

 アマーレは笑顔を貼り付けているが、微かに震える手を口元に持っていき親指の爪を噛む。

 カチ、と小さな音が聞こえた。近くにいるメイドがその手を見下ろして、ワインを抱きしめていた。

 レーベンはそんなアマーレに口端が上がりそうなのを耐えて、そっと肉の花びらを崩した。






 部屋までの廊下は異様に長く感じた。


「肉うまかったやろ? まぁ俺には味薄くて物足りんかったけど」


 食堂からの帰り道、二人で並んで戻っていた。ここに初めて来た時以来だ。


「レーベン、どないしたん?」

「いや、なんか疲れたかもしれない」

「あー、色々気ぃ張っとったからやろ? もう風呂入ったなら、はよ寝て朝一で帰ろうや」

「そうだな」


 本当にこれは疲れただけなのか?

 異様に眠く、足が重たい。

 今日の夕食はルストのお陰で完食できた。味は薄くなく、ちょうど良かった。肉も柔らかく全部平らげ、デザートとして出て来た真っ赤なイチゴケーキはもう一つ食べたいくらいだった。

 腹が満たされたっていうこともあるのだろうか。

 ルストの言う通り、気を張っていたからかもしれない。


「レーベン、一緒に寝たろーか?」

「は? なんで」

「攫われてしまいそうやん」

「誰にだよ。一人で寝る」

「じゃあ、約束してや?」


 ルストが首元に指を這わしてきた。


「絶対に俺以外の匂いつけたらあかんよ? もしつけたら、お前のこと」


 指が首の根本に食い込んでいく。


「殺してまうかもしれん」

「なんでそうなるんだよたかが匂いだろ」

「そう思うやろ? 獣人にとってはたかがちゃうねん。まあ、ええわ。今度教えたる」

「分かった。分かったから、痛いからやめろ。それにいちいち触んな」


 引き剥がし自分の部屋が見えたので足早に取っ手を握りに行く。


「ルスト、明日、ギフトくれ」

「今じゃないん?」

「今日はもう疲れた。まだ平気なんだろ?」


 壁に寄りかかったルストは「ギリギリや」と小さく笑う。


「じゃあ、明日の朝にくれ」

「ええよ。またがぶっといったる。あ、そろそろチュー試してもええんやないか?」

「あー、まあそうだな。考えとく」


 おやすみ、と伝え部屋に足を踏み入れる。扉を閉め、息を吐きながら寄りかかった。

 やはりおかしい。腹一杯食べて、こんな眠いことなんてあっただろうか。せめてベッドまで行きたい。床で寝るなんてごめんだ。

 壁を伝い、物を頼りに、ベッドまでなんとか辿りつく。

 うつ伏せになって、ため息をついた。キィ、と物音が聞こえる。

 古ぼけた音だ。それに冷気が入ってきていた。顔を上げる。


「なん、で」


 レーベンは瞳を大きく見開き、息を詰めた。

 しっかり鍵をかけたはずの絵画の扉が開いているからだ。

 なぜ。どうして。

 体を起こして、ルストのところへ今からでも行くべきだ。なのに、動かない。こんな危機的状況なのに、眠気が止まらないのだ。

 隠す気がないのか、誰かが上がって来る足音が聞こえる。カチカチという音も一緒に。

 扉がゆっくりと開く。

 親指の爪を噛んでいるアマーレが立っていた。

 目が合うと口から指を離して、にやりと笑って見下ろしてくる。


「レーベン・ラヴィーネ。私のデザートの時間だ」


 最悪だ。

 何度か瞬きをしたレーベンの意識は暗闇に吸い込まれるように無になった。


 

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