踏み出す世界
冷静に見せて、意外とそうでもない。
返事が無いとか、ヤバいか?
意識が無いなら、ポーションを飲ませるのも簡単では無い。
内心がザワつくが、俺が慌てても仕方がない。
涙と鼻水でえらい事になってるガキの肩に手をかけ、出来るだけ優しくその横を通り、倒れている少女の傍らにしゃがみ込むと、その顔を覗き込む。
目は開いている。こちらを見ているのか、目が小さく動く。
辛うじて意識は有るのか。
酷い状態だが、しかし、これなら助かる。
今なら、助けられる。
俺は座り込み、なるべくゆっくりと少女の上体を起こすと、片手でポーションをその口元に運ぶ。
「飲め。ゆっくりで良い」
優しく言葉を選んでも、伝わるか判らない。
短く、分かりやすく伝えてやりながら、その口にポーションを流し込む。
一気に流し込んで咳き込んでもまずいので、あくまでも少しづつ、ゆっくりと。
一口でいい、まずは一口飲んでくれれば。
祈るような気分の俺の視界で、少女の喉が小さく上下する。
飲んだ……!
少し間を置いて、また一度、そして続けてもう一度。
確実に、ポーションを飲んでくれている。
ゲームのポーションは数種類有るものの、基本効果はほぼ同じだ。
体力回復効果は、服用者本人の最大HPの60%。
俺のポーションは副次効果として、操作障害を7秒無効化する効果がある。
経験から言えば、操作障害を受けている時にはその効果を思い出すことはない。
当然、有効活用したことはないが、それは今はどうでも良い。
今気になることは2つ。
まず、ポーションは効くのか?
自分でも笑えるほど慌てている俺は、考えるより先にポーションを飲ませたが、本当に効くのか否か、今更不安になる。
そして効いたとして、だ。
使用したポーションは、ちゃんと補充されるのか?
いくら夢の中だからと言っても、いざという時の命綱が無くなるのは怖いのだが、果たして。
緊迫の状況下で優先される自分の心配。
自分の小物っぷりに惚れ惚れしちゃう(皮肉)、そんな俺です。
効果のほうは、すぐに判明した。
ゆっくりとだが、少女の目に光が戻る。
「……聞こえるか? 聞こえるなら、自分で持って飲んでみてくれ」
俺が少しゆっくりと声を掛けると、少女は直ぐに理解し、両手でポーションの瓶を持つとゆっくりと飲み始めた。
うん、問題ないようだ。
あと、今ので言葉が通じると判断して良いだろう。
見守る先でポーションを飲み干した少女が、おずおずと瓶を差し出してくる。
うわ……かわいいぃ……。
緊張の反動か、気が緩みに緩む。
って言うか、その可愛らしさでその動作は反則でしょうがよ。
夢だからって、抱きしめちゃうぞ。
夢だし、良いよな? 俺も今は、見た目女な筈だし。
筈だよな?
「あの、有難うございます」
必要のない葛藤をしながら瓶を受け取った俺に、少女は身体を起こして小さくお辞儀すると、立ち上がって仲間のほうへ駆けていく。
……惜しいことしたとか、全然思ってないよ、ウン。
泣いてねえよ?
ちらりとポーションの瓶に目を向ければ、瓶の中には徐々にポーションが貯まりつつ有る。
使用制限は無い代わりに、再使用までに存在する30秒のクールタイム。
その正体は、ポーションが瓶いっぱいにまで戻る時間だった、と言うことか。
貯まってる最中に試しに蓋を外そうとしたが、固定されて外せなかった。
貯まりきるまでは使用できないらしい。
まあ、惜しいと思ったところで、どうせ夢なんだけど。
とりあえず、再使用に問題は無さそうで安心だ。
立ち上がって砂を払い、振り向けば、仲間と抱き合って泣いている少女。
まあ、間にあって良かった良かった。
「あまり無理はしないでくれよ? このポーションは身体に優しいが、その代わり完全に回復するわけじゃない」
何となく微笑ましく思いながら、声を掛ける。
「怪我は消えると思うが、体力のほうはたぶん、6割程度しか回復しない。死にはしない、程度のモンだ」
一応警戒していたものの、どうやら効果は俺の思った通り。
ポーションの効果は持ち主や使用者を問わず、説明文通りに服用者の最大体力に依存するらしい。
ものすごくホッとする俺の言葉に、泣いていた少女がこちらに振り返る。
こうして見ると、12~3歳ってところか。
保護欲を掻き立てるね!
女性的魅力まではまだ数年かかりそうだけどな!
割とロクでも無いことを考える俺に、少女は改めて頭を下げる。
「危ないところを、本当にありがとうございました」
礼儀も弁えているとか、もうね。
俺よりしっかりしてないか、この子。
「ありがとうございました!」
周りの子供達も、一斉に頭を下げ、声を揃える。
何だよ何だよ、おいちゃん照れるぞぅ?
「あー、気にしないでくれ。たまたま通りかかって、運良く間に合っただけだから」
照れ隠しに指先で頬を掻こうとして、仮面で突き指しそうになる。
うーん、慣れないねぇ。
「あの……」
忌々しげに指先を眺める俺に(表情はわかるまいが)、先程俺が肩を叩いた少年が声を掛けてくる。
「ん? どうした?」
ここぞとばかりに、俺は照れ隠しに気のいいオッサン全開で応える。
耳に入る、妙に高い自分の声の違和感が凄いが、どうせこの夢の間だけだ。
というか、目を覚ましたらこんな夢を見ていた事を、覚えているかどうかも怪しい。
病院に行こうと思ってた事だけは、しっかり覚えておかなくては。
「仲間を、助けてくれて本当にありがとう! あの……お姉さんは冒険者ですか?」
少年の瞳が、心なしか輝いて見える。
冒険者?
何を言われているのか本気で理解できなかった俺は、数秒呆然と、少年を見返すのだった。
お決まりの単語。どう答えるか。




