夢だからって、見過ごせない事もある
派手目の登場、その心情はヒーローとは遠く。
随分遠くの音が聞こえたもんだ。
ようやく視えたシルエットに、俺は素直に感嘆しつつ、進行方向をそちらに定める。
まあ、見た方向に勝手に進路が切り替わるので、言うほど能動的に動けている訳でもないんだけど。
恐らく、たまたま風に乗って聞こえたのだろう。
そんな事があり得るのか、そもそも夢ならではの都合の良さだろう。
今までの謎の苦労の末、すっかり拗ねて斜に構えちゃってる、そんな俺です。
まあ、ンなこたあどうでも良い。
どうせ夢なのだし、派手にやってやろう。
そう思った俺は何気なく目を凝らし……判別できる距離とも思えないのに、そこにいるのが3体の獣だと理解した。
でかい犬……狼って奴なのかな。
少なくとも、愛玩犬が巨大化したようには見えない。
随分と精悍な面持ちである。
距離を詰めるに従って、人が3人、絡まれているのが理解った。
サイズ差がまあ、随分とエグい。
なんだよ、いくらあの人間が子供みたいだとは言え、それが見上げて尚余りある巨体って。
普通の大人でも見上げるサイズだぞ、あれ。
高さでそう感じるんだ、全長で言ったらもう、あんなん間近で見たらおっかねえよな。
何処か呑気に考えていた俺だったが、ソレも長くは続かない。
それに気付いた時には、冷静で居ることなんて無理だったのだ。
子供は、もうひとり居た。
魔物の足に踏まれて。
まだ動いていたその子供は、急に血を吹き出し――そして動きを止めた。
子供が死ぬ? 死んだ? まだ間に合うか? 離れすぎているか?
脳内に取り留めない言葉が散らばる。
視界が赤く染まった気がした。
「俺より若い奴に……!」
考えは纏まっていないのに、目は狼を見据え、身体はまっすぐに向かい、口は言葉を吐き散らす。
「何してんだァ犬ッコロ!!」
落ち着け!
自分を叱咤する。
まだ、死んだとは限らない。
一応、ゲーム仕様のポーションなら有る。
他人に使えるか不明だが、試す価値はある。
ウダウダ考えてる間に、距離は充分に詰まった。
子供を押さえつけている狼がコチラに気付いたが、もう遅い。
俺はデストレアを発動させたまま獣の胴に横から飛び込み、その胴体に向かって魔踊舞刀――振り払う剣とともに放たれる幾筋もの剣閃――を叩きつける。
血の登った頭の片隅では、その狼の身体をブレーキ代わりに停止して、次の獲物に向かう、そんな予定を組んでいたのだが、残念な事にプラン通りには行かなかった。
属性により感電効果を持つ雷の刃が数十、狼の無駄にでかい胴体を易々と斬り飛ばし、予定と違う結果に俺はブレーキ(物理)を失い数メートル程オーバーランしてしまう。
過ぎ去った所で慌てて推進魔法――ホントは違うけど――の噴出方向を強引に変え、無理やり停止させよと躍起になったのだ。
そんな事ある?
慣性をねじ伏せた反動で、身体のあちこちから嫌な音がする。
「んぎゃう……!」
正直、身体中が痛えし、なんか妙な声まで出ちゃうし……俺の声かコレ!?。
呑気にそんな事を考え気を取られていると、残りの狼どもはこちらに注意を移し、1頭は飛びかかって来ていた。
あらら、随分と果断な事で。
もう一度魔踊舞刀を、苛立ち紛れに右、左と往復で放った俺は、狼が細切れになった事を確認すると子ども達のほうに駆け寄る。
残った1頭が俺の行動にどうするか悩んでいる一瞬に、さっきの剣閃と同時に放っていた魔力光弾の楔が頭部に炸裂し、吹き飛ばしていた。
弱い。
なんだあの脆さ。
クライングオーガも宝飾の宝珠も構えてないどころか、イメージすらしていない。
だと言うのに、咄嗟の素手で放った舞刀で細切れになるわ、光弾一発で頭吹っ飛ぶわ、ちょっと弱すぎませんかね?
頭に血が昇ったとはいえ、勇ましく吠えちゃった俺が恥ずかしいじゃんよ?
あっ。ンな事言ってる場合じゃねえや!
「おい! そいつは大丈夫か!?」
俺はほぼ無意識でポーションを取り出すと、倒れている子供へと駆け出した。
魔獣の1頭の胴体がぶつ切れの肉塊に変わった時には、何が起きたのか判らなかった。
ただ夢中で、押さえつけられている仲間を助けたくて、強張る身体を強引に動かし、ぎこちなく駆け出していた。
他の魔獣の事など、頭に浮かぶ事もなく、ただ仲間の事だけを。
「おい! おい! しっかりしろよォ!」
駆け寄ったが、仲間は小さく呻くものの、呼びかけに応える事はない。
「おい! そいつは大丈夫か!?」
鋭い女の声にハッとして顔を向けて、初めて魔獣が討ち果たされている事に気がついた。
バラバラに切り刻まれた魔獣の破片と、頭部を失った魔獣の胴体の間を、その人は走ってきた。
凛とした声のその人は、くすんだライトグリーンの、見慣れない服を纏い。
左腕にだけガントレットを付けているが、それより目立つのはその顔、いや頭。
口元だけが見える仮面のような物を付けているが、目が覗くような隙間も何もない。
のっぺりとしたそれはまるで前が見えるようには見えないが、こちらへと真っ直ぐに走ってくる。
「あ、ああ、へ、返事が無くて……」
質問に対して遅れて返事を返すも、声は上擦り震えている。
このままでは、仲間が死んでしまう。
街まで運ぼうにも、間に合いそうにない。
助けてくれた人に答えようとして状況を考えた途端、涙が溢れる。
どうして。なんで。
いつもと同じ仕事。
危険なんか無かった筈だ。
なのにどうして。
後悔しようにも、特に無理をした訳でも無く、いつもより遠出した訳でも無い。
いつもと同じ――愚痴を言いながら薬草を採取して、帰って報告するだけの、いつもと同じ日だった筈なのに。
「落ち着け」
静かなはずのその声は、だが、絶望を叩き割るように響いた。
肩に置かれた手は思いのほか力強く、自分の横を通り過ぎるその横顔――仮面ではあるが――は、不思議な安心感を与えてくれていた。
大人として、冷静に。見た目はともかく。




