魔狼
……馴染むのが早すぎでは?
人間、慣れるもんだ。
のんびりと空中散歩を楽し……んでは居ないな、そんな俺です。
ひょんな――滑走中に地面の傾斜の関係で跳ねた――事から、俺は低空を「飛んで」居た。
慌てて姿勢制御を失い掛けた時に、咄嗟に魔法の射出方向を調整し、空中での姿勢制御に成功した……らしい。
全くの無自覚、無意識である。
らしいというのは、自分で制御しようとして一度は見事に失敗していたからだ。
一瞬で上昇を開始したのにビビった俺は慌てて方向調整、地面に斜めから押さえつけられ、その状態で暫く街道を滑った。
摩り下ろされるかと思った。
正直怖すぎて、もう二度と挑戦するかと思いはしたものの、結局飛んだのは、やはり事故だった。
反省とは、どうやら縁が薄いらしい。
その2度めの事故で、無意識に任せた方が良いらしいと把握した俺は、何となく向かう方向を意識するだけにしたのだ。
こういうのを、力に振り回されていると言うのだろう。
もう色々と諦めたし、目が醒めたらもう見ることもない夢だ。
切り替えて、状況を楽しむ事に決めた。
そんな俺の耳に、微かな、しかし切迫した悲鳴が飛び込んだのは、呑気に構えた俺が、もうじきさっき見えた城壁辺りだな、などと考えていた時だった。
見たこともない様な体躯の、赤い体毛の狼の様な魔獣が3頭。
気がついた時には囲まれて、彼らは逃げ場を失っていた。
街の外で狼を見た事は有るし、数匹程度なら追い払うくらいは出来る自信が有った。
だが、魔素を取り込んだ、或いは取り込まれた獣――魔獣に出会うのは初めてだった。
初めてなのに、理解る。
理解させられる程に、その獣は異質だった。
確かに、そのシルエットは狼。
だが、まずサイズが違う。
見上げるほどの体格は威容と言うに相応しく、3頭に睥睨されただけで萎縮してしまい、身体の自由を奪われたように感じる。
1頭は右前足で仲間の1人を押さえつけている。
――ダメだ、あれは助けられない。
恐怖に震えながら藻掻く仲間を見ても、彼らは救助に動けない。
押さえている魔獣が動かずとも、フリーな魔獣がまだ2頭もいる。
――戦える相手じゃない。
駆け出しの、普段は薬草採取がメインの冒険者が出会って良い相手では無い。
押さえつけられている仲間――少女はもう、恐怖に喉が貼り付き声も出ない。
弱々しく暴れるが脱出どころか身を捩る事も出来ず、見下ろす狼は悪意を感じる目を獲物に向けているだけだ。
――殺される。
全員の脳裏に浮かぶのは、恐怖を伴う諦念。
冒険者に憧れ、育ての親の反対を押し切り、冒険者ギルドで登録し、雑用の様な仕事を続けて半年。
正直、腐っても居た。
いつかは魔獣と戦い、打倒して有名になりたい。
そう思っていた。
――だけどそれは今じゃない。今じゃないんだ。
魔獣が、少し押さえつける力を強めたらしい。
押さえつけられていた仲間の口からくぐもった悲鳴と鮮血が溢れ出し、少年の意識を現実に引き戻す。
「やめ……ッ!」
激昂し、走り出そうとしたその足だが、1歩踏み出しただけで萎縮して動きを止めてしまう。
彼の前には、一瞬で間合いを詰めたもう1頭が見下ろしていたのだ。
――殺される。みんな殺される。
街に戻れば、他の冒険者も大勢居る。
高ランクの冒険者も居るだろう。
だが、助けを呼びに行けない。
街に向かって走った所ですぐに追いつかれ、殺されるだけだろう。
――悔しい。怖い。助けたい。死にたくない。嫌だ。
ぐるぐると絶望が頭の中を回るが、起死回生の妙手など浮かび来る事もない。
腰砕けになることすら忘れ、目の前に立ちふさがる絶望から目を逸らす事も出来ずに立ち尽くす少年の耳は、その時、確かに捉えた。
「俺より若い奴に……! 何してんだ犬ッコロ!!」
見知らぬ、少女と思しき咆哮と。
仲間を押さえつけていた魔獣の胴体が切り飛ばされる、その音を。
熱いのは良い。ただし、状況確認は冷静に。




