深緑の悪意を前に
世界は、応える。
ふわりと広がる緑色の光が木々を、葉の一枚一枚を、足元の草の表面を撫でる。
半径10メートルくらいか、思ったより広がった光が通り過ぎた後に、数カ所引っ張られるような「反応」に気が付く。
範囲が普通と比べて広いらしいことはタイラーくんの反応で、何となくだが理解った。
しかし熟練度が不足しているからだろう、「深い情報」などというものは感じられない。
まあ、それは仕方が無いのだが、あちこちに反応したポイントをいちいち調べるのが大変そうだ。
そう思った時に、なんというか、一段と強く引っ張られるような、注意を引く感覚が俺に眼を向けさせる。
「今のは何だ? そもそもの範囲が尋常じゃない……それに、他人の使った魔法に、俺が反応出来るとは……」
俺が目を向ける先に体ごと向き直りながら、タイラーくんが呻く様に声を押し出す。
「私にも理解ったわ。何箇所か反応が有ったけど、1個強めの反応が有るわね」
地図を手にしたまま、ジェシカさんもこちらに歩いてくる。
訳知り顔で腕組みまでして、実は頭ン中ハテナ、そんな俺です。
そう、ジェシカさんが今言った通り、俺の使った探索の魔法は数カ所に反応したが、その中でも特に大きく反応した箇所があった。
外側に面した……この大木の。
「……魔獣と言っても、獣と言うことか」
コレほど大きな跡なら、今オレが何かしてもしなくても、タイラーくんかジェシカさんなら見つけていただろう。
たださっきまで調査していた位置から離れているので、もう少し後にはなったと思うが。
「マーキング跡、ね。ホントにあの魔獣のマーキングか判らないけど、体毛も付いてるし」
恐らく、身体を擦り付けた跡。
体躯が巨大なので、必然力も強く、木の表面を大きく削り、所々に体毛がこびり付いている。
地図に場所を書き込むジェシカさんとタイラーくん。
念の為、体毛もサンプルとして採取している。
「リリス。悪いがここを起点に、もう一度探索を頼む」
タイラーくんの指示に、俺は即座に目を閉じ、意識を集中させる。
さっきMPを1割も使っただろうって?
わんさと敵に囲まれる、そんなハクスラゲー出身ウィザードのリソース回復力、舐めないで貰おうか。
テレポートの時は、「酔い」の蓄積にMP枯渇がとどめになり、動けない程の体調不良に苛まれた。
だが本来は、MPが空になることは珍しい事ではない。
この世界に来て、感覚が色々変わった弊害でテレポートに副作用が発生したが、本来はそもそも「それほど多くもない」MPをやりくりして戦うクラスでも有るのだ。
今のビルドにたどり着くまでに、何度MPが枯渇したかなど、いちいち数えていない。
それで戦える秘密は――まあ実際は立ち回りが重要で、それがマズいと枯渇したら死ぬ訳だが――MPの回復の速さにある。
空になった所で、放っといても1分もかからず回復する。
多分、30秒くらいじゃないだろうか。
ノービススキルで敵を叩けば、もっと回復は早い。
しかもノービススキルはMPを消費しない。
そんな特性を持っているので、さっきの会話の間にMPの回復は完了していた。
1割程度の回復なぞ、斯様に一瞬なのだ。
そして、さっきと同じ規模で広がる探索。
この近く、少なくとも半径10メートルの範囲には、細かい反応は有るが大きな反応は無い。
念の為に細かい反応の有った所を2人が確認していく。
流石にそういう実地の調査は、経験のない俺では判らない部分だ。
さっきのマーキング跡のように、わかりやすい痕跡とは限らないのだから。
やはり本職だけあって頼りになるもんだ。
出入りする場所を特定できれば、調査が楽になる。
俺は適度にリソースの回復を行いながら、タイラーくんやジェシカさんの指示に従って探索を次々と使用し、痕跡の発見に全力を注いだ。
まさか、攻撃魔法以外の、しかも「この世界」の魔法で役に立てると思わなかったが、だからこそやりがいがある。
夢か現実かわからないし、夢の確率のほうが高いとは言え、この世界で俺に出来ることが有る、出来ることが増えるのは喜ばしい事だった。
張り切りすぎてバテないように気をつけながら、俺は覚えたばかりの新しい魔法を使いまくったのだった。
3人で探索を掛けまくり、昼までにはある程度の調査が済んでしまった。
結果、俺達の担当したエリア内で、出入り口と思しきマーキングが有ったのは2箇所。
一部か全部か判らないが、ここから出て街へ向かったという事になる、か。
街へ向かい、そして――街の外で薬草を採っていた子供達を……。
ざわりと胸中に湧き上がりそうになる殺気を押さえつける。
無闇に暴れないと決めてある。
襲われ、殺されたのは冒険者ギルドの年若い冒険者。
仇をとるのは俺達の仕事だ。
そう、冒険者の。
血の気の多い冒険者達の仕事を、俺が1人で抱えちゃ悪い。
「意外だな。てっきり、森の中に駆け込むものかと思ってた」
森を眺めながら、簡単な昼食を摂る。
俺は朝と同じメニュー。
そんな俺に、タイラーくんがバナナそっくりな果物を突きつけながら言う。
っていうかバナナだコレ。
「暴走したらハンスさんがおっかねえよ。それに、暴れてぇのは俺だけじゃないんだし」
ハンスさんを筆頭に、グスタフさんと気のいい仲間達や、数少ない、挨拶を交わす程度の仲の、他の冒険者の顔が脳裏を通り過ぎていく。
バナナを受けとり皮を剥きながら、答える。
「出てきた分に関しては、全部纏めて灰にしてやるけどな」
そう笑ってみせるが、森から巨大な獣の気配は無い。
本心で言えば、今すぐこの森を焼き払ってやりたい。
だが、さっき考えたことをもう一度頭に浮かべ、知り合った中で気のいい冒険者達の顔を並べて心を落ち着かせる。
そうしている内に子供達を思い出し、あんまり心配掛けられないしなあ、とか考えながらバナナに齧りつく。
……普通にうまいな、これ。
魔獣が出てくるようなら即座に灰にするつもりで構えていたのだが、思ったよりも担当エリアの調査が早く終わったんで、タイラーくんの提案で早々に引き上げることになった。
曰く。
自然発生の魔獣だったら偶然の遭遇という線もあるが。
しかし、もしも黒幕が居た場合、ここで魔獣に出会うと言う事は、その魔獣は命令を受けて見回りに来ている可能性がある。
そいつを倒すことによって黒幕が攻勢に出てくるのも面倒だが、守勢に回り、最悪住処を移動されると面倒な事になる、と。
成程もっともな話だけど、それって、他の冒険者が出会っても同じ事では?
そう思う俺に、タイラーくんが説明してくれる。
「この依頼に参加する他の冒険者は、運が悪くなければ勝てるか撃退出来るだろう。だが、お前は単身の癖に戦力が過剰だ。この森に居る奴が街へ侵攻しようとしてるかは不明だが、まあそう仮定するとして」
ふんふんと頷きながら、真面目に授業を受ける俺。
「仮にお前がその黒幕の立場だとして、だ。そんな、自分の手駒を1人で壊滅させるような化け物じみた相手と、まともに戦うと思うか?」
ふむふむ。言われてみれば、もしも俺がそういう立場で、敵にそんな化け物が居たら、逃げるわな。
だけども。
「つっても、それは前提として、敵さんが俺の実力を知ってる必要があるんじゃないか? こないだの魔獣は俺が全部塵にしたし、情報持ち帰った奴が居たとは思えないんだけど?」
なにせ全力の攻撃を叩き込んだのだ。
そう易々と逃げられたとは思いたくない。
俺がそう言うと、タイラーくんはメガネを直しながら言う。
「本当に1匹も逃していないのか、と言う疑問も有るが。それ以前に、戦場の確認や必要な報告をさせる役割のものを、前線に置いとく理由は無いだろう?」
……おお、なるほど。言われてみれば。
俺は得心する。
黒幕は後方も後方、下手すると森から出ていない可能性すら有る。
だったら、あの狼型の魔獣をけしかけ、指示を出し、かつ場合によっては前線の様子を伝えさせる者を間に置けば、まあ便利だろう。
テレパシー的な能力でも有れば、伝達役をいちいち往復させる手間も省ける。
万が一ヤバい敵が突っ込んできてその伝達役がやられたとしても、自分が直ちに危険になる可能性は減るし。
「んじゃあ、俺の存在はこっそりあの戦いで確認されてて、マークされてる可能性は有るのか。そうなると、俺が暴れちゃうと……」
なるほどねと、俺は頷く。
そんなのここで、魔獣の迎撃に本気出しちゃったりしたら。
「即バレるな」
それで逃げられて、どっか別の場所で悪さされても気分が悪い。
黒幕が居ても居なくても、この大森林でケリをつける。
そのために、今は不用意に刺激しないようにする……という訳だ。
俺は自分に言い聞かせるようにタイラーくんの言葉をリフレインさせ、ざわつく心を改めて押さえ付けるのだった。
悪意に、口づけを。




