大森林へ
ベテランからの誘いは、思いもかけないチャンスで。
「明日から、少し遠出してもらえるか? なに、行って来いの3~4日の仕事だ」
ハンスさんの言葉に顔を見合わせる俺達。
いや、多分そんなトコだろうなーって予感は有ったし、俺自身は別にイヤじゃない。
仲間も、困惑とか嫌悪の表情ではない。
頼もしいもんだぜ、冒険者ども。
「良いぜ、全員問題ない」
「あー、待て待て」
事も無げな俺達の返事に、仕事を振った当のハンスさんが待ったを掛ける。
うん? なんだい何事だい?
「討伐が絡むかも知れん依頼だ。子供は危ない」
ハンスさんの言葉に、俺はなるほどと納得。
「私達だってちゃんと働けるし、危ないことはしないよ!?」
しかし、カレンちゃんの不満げな言葉を皮切りに、子供扱いの子供達はそれぞれ不満顔で口々に文句を言い募る。
あー、まあ、背伸びしたい年頃だぁねえ。
気持ちは理解るが、討伐絡みって言ってるんだから、やめときなさい……、と、俺が手を伸ばしかけた所で、タイラーくんがその手を止める。
あん? 何で止めるんだこの野郎、子供は危ないってのは事実だろうが。
訝しむ俺だったが、その疑念はすぐに晴らされる。
ハンスさんの一言が押し出されたからだ。
「お前たちの同行の許可を出すと、俺がリリスに説教される。勘弁してくれ」
俺の説教、と言うワードにピタリと不平が止む。
下手に文句を言えば、自分達も説教コースだとでも思ったのだろう。
人様に説教出来るほどご立派じゃない訳だが、聞き分けてくれて居るんだからそのままにしておこう。
それはそれとして、俺を何だと思っているのか。
ハンスさんには後々、色々と話し合いが必要だと固く心に誓う、常識派の俺です。
取り敢えず、明日、昼前には俺・タイラーくん・ジェシカさんの3人でギルドに顔を出し、詳しい説明を受けて出発する事に。
行き先は大森林の指定地域の調査。
今回はあくまでも入口付近とも言える部分の調査、数隊がかりで手分けしての依頼との事。
大森林と聞いて、ざわりと心が揺らぐが、焦らないように抑え込む。
いずれ、明日の話だ。
一旦オッサン3人衆と別れ、屋台村で串焼きなんかをしこたま買って子供達に振る舞ってから、俺とタイラー・ジェシカ組は「銀の馬の骨」へ、子供達は自分達の宿へと向かう。
「なあ、提案なんだが」
宿へ向かう道すがら、タイラーくんが口を開く。
思ったよりも考え込んでそうな声色に、興味が湧く。
「あん? どした?」
返事しつつ先を促す。
だと言うのに。
「いや、何でも無い」
タイラーは俺を見もせず、勝手に会話を終わらせてしまった。
……じゃあなんで声掛けたん?
とは言わない。
まだ考えが纏まって無かったんだろう。
あれか? 明日からの大部屋生活のキャンセルとかか?
まあ、便利な半面色々不都合とか出てきそうだしな?
俺は野暮な事を言わずに前を見て歩く。
だから、この短いやり取りを、タイラーくんの相方であるジェシカさんが何を思い、どういう顔で聞いていたのかを知る事も、考える事も無かった。
妙な旅人、冒険者に人気と評判の名物宿屋「銀の馬の骨」特製の晩飯が旨すぎる。
……その「妙」の中に俺は含まれていない、それだけはハッキリさせておこう。
ともあれ、その味とボリュームに満足して部屋に引っ込もうとした所で、タイラー組に捕まった俺はそのまま冒険者ギルドへ連行される。
やーめーろーよー(泣)。
どうせ明日来るんじゃんよ、もう今日は良いって、酒だったら銀の馬の骨でも呑めるじゃんよ。
そんな俺の懇願は丁寧に無視されて、気が付くとハンスさんとグスタフさんに挟まれ呑まされるという地獄を味わう事に。
俺、そんな悪い事したか? 俺の愚痴は誰にも拾われず、酒場の床に転がるのだった。
明けて翌朝、俺はだるそうな顔を仮面で隠して冒険者ギルドへ向かっている。
タイラーくんを呼びに行こうかと思ったが、子供じゃあるまいしまあ、大丈夫だろう。
昨夜のギルドへの拉致事件の恨みはワスレナイ。
今日は酒を見るのも嫌だったので、ウェイトレスさんにお茶を頼んでぐったりとテーブルに突っ伏す。
だっるう。
出掛けにポーション飲んで来ればよかった。
軽めの頭痛は頭蓋骨を内側から叩くし、もう、最悪な気分だ。
今日の依頼は基本的にはDランク以上の冒険者向けのものらしい。
一昨日の北門の騒ぎのドサクサでランクがFからEに上がっていたとは言え、その時点で俺は対象外。
なんだけど、そこで熊さんが特例発動。
タイラーくんのパーティに俺が加わる形で、特別に参加OKとの事。
そんな訳で俺は茶を啜りつつ、タイラーくんとジェシカさんを待って居た。
あ、ハンスさんに聞いたんだけど、タイラーくんもジェシカさんも、Bランクなんですって。
俺、あの2人にすっげえ生意気な口聞いてるけど、まさかの高ランク冒険者だった。
あれで実は強いとか、本当はあの2人が主人公なんじゃないかな?
まあ、仲間が強いと気が楽で良いな、うん。
「なんでお前は先に出てるんだ。部屋に踏み込んでしまっただろうが」
そんな俺の後頭部に、高ランク冒険者が言葉の棘玉をぶつけてくる。
登場から騒がしいとか、珍しい事もあるものだ。
俺はだる重い上半身をテーブルから起こすと、お茶を飲む為に外していた仮面を付け直す。
しかし、この行動が失敗だった事を、直後に思い知らされる。
「てっきり迎えに来てくれると思ったから、待ってたのよ?」
ふわっと、ジェシカさんが後ろから俺の首に両腕を回してくる。
「うお⁉」
美人さんの柔らかな双丘の感覚が……俺のヘルメットに!
畜生なんで俺こんなけったいな仮面メット被ってるんだコンチクショウ!
「ちょっとまって、仮面を外すから、改めてもう1回!」
「……お前は何を言ってるんだ?」
遅まきながら仮面を外した俺に、心底呆れ顔を向けるタイラーくんが俺の居るテーブルを囲む右手側の席に着き、ジェシカさんが左手側の椅子を引く。
そして、ふたりとも当たり前の様にエールを頼んでいる。
え、なに?
冒険者って、飲み物はアルコール以外は呑んじゃいけないの?
そういう契約なの?
生態なの?
「あー、うん。取り乱した。っていうか子供じゃ無ェんだから、ンなこと言われてもなぁ」
茶を啜りながら、2人の苦情に漸く答える。
一応言わないけど、俺なりに気を使った面も有るんだぞ?
こっちから迎えに言って、もし朝から盛ってたらどうすんだ、俺が居た堪れないだろうが。
そんな事をぼんやり考える俺の脳天に、タイラーくんの一撃。
茶を吹き出し、俺はテーブルに沈む。
「テメェ何しやがる!」
涙目で食って掛かるが、タイラーの野郎は少しも感情を感じさせない声でしれっと答える。
「今、殴っておかないといけない気がした」
何だそりゃあ、オカルトか⁉
しかも理由は下劣過ぎて言えねぇが、その勘は当たってやがるし!
これが主人公補正って奴か……野郎……!
「よく集まってくれた。今回は事情が事情だ、参加者は準指名となる。指名基準は最低限、自分の身を守れるとこちらが判断した者。参加基準は、その指名者の責任に於いて推薦された者だ」
熊のハンスさんの低く力強い声が、受付前の広間に響く。
「――目的は、本格的な調査の前の予備調査。なにせ広い森だ、あの魔獣共がドコから出て来たか、まずはそこからだ」
大森林の、この街に面する広範囲をまずは調査し、出てきた経路を探す。
それらしい形跡を見つけるか、魔獣そのものが出たら対処しつつ地図にマーク。
何箇所かになるだろうそれを見つけ、その規模によって、今後行われる本格的な調査隊の規模や編成が変わるのだろう。
頭張ってると、色々考えるもんだなあ。
飛び出して暴れりゃ良いと思ってる俺にはピンと来ないが、まあ、要するに。
黒幕が居るのか、って言う調査と、居た時はボッコボコにする為の準備、って事だろう。
まだるっこしいと思わなくも無いが、「大」なんて付くような森の中を、何の当てもなくフラつくとか、いつまで経っても見つけられる気がしないのは理解る。
焦らない。
焦って大暴れしてる間に、黒幕に逃げられたら目も当てられない。
名前しか知らない12人の仇を取る。――その為にはハンスさんを信じ、他の冒険者の手を借りなければならない。
「――と言うことだ。不意の魔獣の襲撃も考えられるため、余程の事情がなければ、今回は出来る限り複数人で行動して欲しい」
一瞬昏い感情に身を委ねかけた俺は周囲の静かな熱気に自分を取り戻し、そしてパーティという単語に、なんとなくタイラーくんに目を向ける。
考えてみたら、俺、ゲームですらソロだったわ。
期間限定トライアルとか新クラス実装キャンペーンとか興味無かったし、ずーっと「リリス」の育成しかしていない。
装備整えなきゃ恥ずかしくてオンライン行けない、とか思って、結局こっちに来るまでソロ。
こっちに来てからまだ4日目なんだが、パーティ経験は子供達との薬草採り。
つまり、集団戦の経験は無い、って事だ。
ホントに大丈夫なのか、俺……?
とりあえず、スキル構成からミーティアを外しとこう。
「なんだ? 置いて行くようなことはしない、安心しろ」
「ンなこた心配してねェよ」
人知れず不安に陥った俺と目の合ったタイラーくんが、溜息混じりに言う。
なんで溜息吐いたんだこの野郎?
「依頼で出掛ける準備は、旅の準備とはまた違うんだろう? 色々教えてくれ」
ハンスさんの話が終わったことで駆け寄ってくる子供達にじゃれつかれながら俺が言うと、タイラーくんが目を見開く。
「お前が……素直に俺に教えを請う、だと……?」
お前なぁ……。
その認識は、俺だけじゃなくてお前自身にも失礼だろうが。
「言っても俺は駆け出しだぞ? 経験者の話が有り難い立場なのは、間違いねぇよ」
カレンちゃんとティアちゃんに纏わり付かれながら、俺は立ち上がる。
少女2人の体重を物ともしない、そんな俺にしがみつきながら、実に楽しそうにはしゃぐ少女達。
……少女たちよ、喜ぶでない。俺はアトラクションじゃないぞ。
そんな事を考えつつ、2人を纏わり付かせたままその場でくるくると回って見せる俺と、きゃあきゃあとはしゃぐ子供達。
しばし癒やされた俺は、仮面越しの、照れ隠しの真面目くさった顔を、タイラーくんの方に向ける。
「あー、まぁ、あれだ。宜しく頼むぜ、先輩」
こういう台詞は、なんというか照れくさい。
「面倒だし気も乗らないが、仕方がないので面倒見てやる。酒くらい奢れ、後輩」
だと言うのにこの野郎。
こんな奴に照れたのかと思うと、感情を無駄に擦り減らした気がして、ものすごく勿体ない気分になる。
俺は間違っていないと思うが、きっと言った所で誰にも気に留められる事もなさそうだ。
小さく小さく、俺は嘆息を零す。
口元が笑みの形に歪んでいることに、気づくことも無かった。
今度は心に、ゆとりを持って。




