トレードオフ
賃貸感覚で家を買いに行っている様子が、とても危なっかしい
地図を見せて貰いながら、こちらの希望を聞くと言うスタイルらしい。
何も知らないカモに適当なボロ家を勧めて知らん顔、みたいな事は無さそうで安心出来そうだ。
……無いよね?
この期に及んで及び腰、そんな俺です。
「お勧めは、こちらの商業区の北側、それと貴族様方の邸宅近くですが、こちら。冒険者ギルドから見て南側で、少し距離はありますが、静かで住みよい環境と思います」
指差しで示される2エリア。
ちらりと視線をタイラーくんに向けると、小さく頷き返される。
判らん。
いや、なんか判る気はするけど、なんだそのドヤ顔。
「そうねぇ。貴族様のお住まいに近いのは、ちょっと気を使いそうで、リリスちゃんは窮屈な思いをしそうねぇ」
「それはどういう意味……かしら?」
不意打ち気味のジェシカさんに、素が出かけたが辛うじて堪える。
「えー、だってリリスちゃん、絶対貴族様と揉めるでしょう?」
「絶対て……」
何とかそれだけ答えて、今は漫才してる場合じゃないとヘンリーさんの方に顔を向け直せば、何故か驚いた顔で俺をまっすぐに見つめている。
……え?
「あの……ヘンリー様?」
俺がちょっと驚いて思わず声を掛けると、ハッとした顔で、我に返った。
「いえ、大変失礼いたしました。それでは、こちらの地域の方が宜しいという事で」
ヘンリーさんは呆けていた事など無かった様に、冒険者ギルドの北側、商業区近くのエリアの拡大地図を広げてくれる。
ここから空き物件を案内してもらう手筈だ。
ちなみに、新築という選択肢は無い。
防壁に囲まれている関係上、土地は当然有限である。
その土地は領主様が治めているので、買うと言うのがまず難しいというか、無理だ。
それに加えて、余程老朽化していないと、建て替えも難しい様で、その建て替えも許可制。
一方で空き家はそこそこ有るらしく、無理な新築を望むくらいなら、中古の家を修繕した方が容易で、何より安いとのこと。
俺は別に新築に拘りはないし、依頼の合間で帰ってきてぐーたら過ごせれば中古であろうと全く気にしない。
そんな訳でヘンリーさんのお勧め物件を伺うわけだが、ここから予想してなかった問題が発生した。
「ふむふむ、なるほど。排水関係がしっかりしてるのは良いですね。お風呂も有るのですか?」
「はい、こちらの住宅は入浴設備が整っております。勿論、手直しは必要ですし、必然費用も掛かりますが」
幾つかの物件を、まずは書類上の話を聞いて選別して行く。
現場に行かなきゃ判らない、というのは物件を絞った後の話だ。
こちらの希望と向こうの持ち駒、そのすり合わせの果てに候補を絞り……。
うん、こんなのみんな知ってる話だね。
「おい」
物件を見て、あれこれと話を進める俺に、タイラーくんが声を掛けてくる。
なんだ? トイレか?
そんな俺の耳に、些か不可解な疑問の声が飛び込んでくる。
「なんでそんな狭い物件しか見ないんだ?」
真顔のタイラーくん。
コイツは何を言ってるんだ?
「なんでって、俺……私1人で暮らす家で、無闇に広くても仕方がないでしょう?」
俺に管理出来る範囲なんて決まってるんだから、無駄に広くてもしょうがないだろう。
そう、思ったままを答えると。
「はあ?」
心底驚いた顔のタイラーくんが間の抜けた声を上げる。
「えっ?」
俺は反射的に答えて、ハッとして周りを見渡すと。
タイラーくんだけじゃなく、こっちサイドの全員が心底驚いた顔で俺を見つめていたのだ。
仲間たちの様子に、流石に口調を繕う余裕も失くし、話を聞いてみれば。
「リリス姉さん、一緒に暮らすのかって、楽しみにしてたのに……!」
カレンちゃんに泣かれ。
「……!……‼」
声を殺して泣きじゃくるティアちゃんにぽかぽかと叩かれ。
「驚くほどの薄情さだな。お前はそういう奴か」
タイラーくんの言葉のナイフで理不尽に斬られ。
フレッドくんとマシューくんは何も言わないが、目はしっかりと俺を非難して。
「あらあらあら。意思疎通できてない風だったから、もしかしてと思ってたけど」
ジェシカさんだけは変わらず、笑いながらそんな事を言っていたが。
要するに。
こいつら全員、俺の買う家に一緒に住む心算だったのだ。
なんでそうなったん?? イヤごめん、マジで。
泣く少女2人を宥め、タイラーくんは無視して、俺はヘンリーさんに向き直る。
「……あの、すみません。申し訳ないんですが、この人数で住めそうな屋敷って、お幾らくらいなんです?」
聞くしか無いじゃん、こんなの。
いや、理解る。理解るよ?
外野の声なんか無視して良い、金出すのは俺だし、他人を住ませる理由なんか無いだろうって。
当然俺もそう思うんだけど。
視線を転がせば、非難の目を向ける子供達。
一昨日出会って、それから何だかんだと一緒にいる気がする。
タイラーくんとジェシカさん。
この2人は昨日からだけど、甘っちょろい俺に喝を入れ、立ち直らせてくれた恩もある。
それを言えば、子供達だって俺のために泣いてくれもした。
そんなもん、理由にするには弱いけど、でも、なんというか。
ホントの事を言えば、一緒に暮らすものだと思っていた、そんな風に言われて、少しも嫌じゃなかったんだ。
寧ろ、妙な言い方だけど、ホッとしたと言うか。
無粋な事を言っちゃえばどうせ夢なんだし、これくらい無茶でも悪くないじゃない?
それに、本音で言えば情けない話になるけど、多分そんな大邸宅買えないよ、きっと。
7人で住む。
今は子供は同じ部屋で良いかもだけど、もうちょっとしたらキツくなるだろう。
それを見越して全員個室で、となると、最低でも7部屋プラス諸々。
そんなの、予算が足りる訳無いじゃない。
みんなも、あんまりな価格――例えば3万枚とか――を聞かされれば、流石に諦めるだろう。
そんな打算。
俺は頑張ったんだけど、予算がね? 的な逃げだ。
50億枚?
いざとなったらそんなもん、見栄を張ってました、で何とでも逃げられる。
……たぶん。
「はい、そのご条件ですと……」
ヘンリーさんはこちらの悲喜こもごもの、ちっさい修羅場を華麗に無視し、プロの接客技術で地図上の3箇所を順に指差してから、それぞれの間取り図を取り出してくれる。
「こういった所になりますが」
その間取りに添付されている金額に、俺は驚き、覚悟を決めるしか無いと悟る。
かなり広めの邸宅が、多少上下は有るものの、金貨5千枚程度とあっては。
見せつけた金貨で買えてしまうのは、この空間ではヘンリーさん以外、全員が知っている事だったからだ。
――まだ、現実感を持っていないのか。




