帰る先を待ちわびて
酒の席での発言は忘れがち。
うーん? アレかな、昨日の広場で? それか、酒呑んでる時……は無いはずだ。
周りにいたのはヒゲ眼帯と熊だったし。
じゃあ、やっぱ広場か?
全然覚えてないな……。まあ、酒入ってたしな……。
酒は飲んでも呑まれるな、偉そうに俺です。
「それにしても、お家かぁ。楽しみだね?」
楽しそうに弾む声に、振り返った俺はカレンちゃんと頷きあうジェシカさんを見る。
あれ?
なに、この違和感。
いやまあ、今まで縁のなかった事に触れられるのは、案外楽しいし興味深いのかも知れない。
ずっとニコニコ顔の子供組と引率のジェシカさん、これは意外と絵になるな、とか、俺は思考を関係ない方にずらす。
多分、この時に予感めいたものが有ったんだろうな……と、後になると思うのだが。
「ブーツいっぱいの金貨をぶんどる度胸の持ち主」には見えない笑顔を見て、俺はまあ良いかと完全に違和感を忘れ去る。
「おい」
そんな風に脈絡のない事を考えている俺に、タイラーくんが声を掛けてきた。
「この辺は商業区だ。なにか商売する気なら、この辺も有りかもな」
言われて顔を向けて、その視線に周囲を見れば、そこには活気あふれる商店街と、行き交う人々。
生活には便利そうだが、出来る商売は俺にはない。
「商売の種がねェよ」
「そうか。俺もだ」
2人して顔を見合わせて、肩を竦めて歩く。
甲斐性のない奴め、そうも思うがそれは俺にも刺さる言葉なので、結果口は閉じたままだ。
「目的の不動産屋はこの通りの中だ。スラム方面と貴族様のお屋敷街の近くを避ければ、どこでもそんなに変わらないと思う」
そんな事を言いながら、先に立って歩くタイラーくん。
「そっか。まあ、立地もそうだけど、必要な資金次第だけどな」
思ったよりも色々と考えてくれているらしい。
ちょっと意外な思いで前を歩くその後頭部を眺める。
時々引っ叩きたくなるその頭は、まあ、時々は頼りにして良いらしい。
そんなこんなが有ったり考えたり馬鹿な事を言い合ったりするうちに、やってきました目的のお店。
その名もヘンリー不動産。
看板の下、「OPEN」の札の掛かったドアの前で、俺達は腕組みで立ち並ぶ。
「……いや、入れよ。お前の用件だろうが」
ここまで来てちょっと気後れしてしまった。
ていうかなんか、思ってた不動産屋と違うんだもんよ。
もうちょっと親しみやすい所っていうか、えっと、これ。
ものすごい立派な店構えで、凄く入りづらい。
とは言え、きちんと目的も有って、しかも皆に案内を頼んだ手前、そんな事も言っていられない。
深呼吸して、俺は扉に手を掛けるのだった。
正直、圧倒されてます。
びっくりするほど小市民。そん
な俺だが、まず店内に入るなり用件を聞かれ、家の購入検討と伝えると少し奥まった一室に案内された。
綺麗に整頓された、白くて明るい部屋。なんか、買わなきゃ帰れない気がして冷や汗が流れる。
「おい。おい。ホントに俺の手持ちで予算足りるんだよね?」
不安になった俺が、担当さんを待っている間にタイラーくんに小声を向ける。
「幾らなんでも心配しすぎだ。1万枚は有るんだろう? それとも、城でも欲しいのか」
呆れたように、しかし小声でタイラーくんが返事をくれる。
呑まれそうな状況だと、こうやって返事を貰えるだけで有り難い。
「城か……悪くないね、掃除の手間さえ考えなきゃ、な」
「言ってろ」
小声で軽口のやり取りをする俺達、というか俺をチラチラ見て、なにか言いたそうにしているティアちゃんに気が付く。
どうしたの、そう聞こうとした所で担当者さんが入室。
なんかごめんよティアちゃん、帰りに串焼き買って帰ろうね。
「お待たせしました、本日は皆さん、お越し頂きまして有難う御座います」
担当さんの畏まった挨拶を受け、俺は頭を下げてから申し訳ない顔で口を開く。
「ご丁寧に有難うございます。あの、あまり堅苦しいのはご容赦頂けますと助かります。俺……私達はただの冒険者ですので、気軽に接してもらえると、とても助かります」
慣れない口調に自分で笑いそうになるが、ここは我慢。
そんな俺の、どうにか取り繕った真面目さに、初老の担当者さんは少し驚いた顔をした後、メガネを直しながら笑顔で対面のソファーに腰を下ろす。
「これは驚きました。冒険者の方に邸宅の購入にご来店頂いた事も、ご丁寧に接して頂く事も」
ニコニコと笑顔を絶やさない、接客の見本の様な担当さん。
話しやすそうで、なんか安心できる。
「丁寧な冒険者なんて、現場じゃあ論外なんだけどな」
メイドさん風の従業員さん……従業員さんだよな? が淹れてくれたお茶に口を付け、タイラーくんが混ぜっ返す。
「時と場合を弁えて居ないと、冒険者そのものが軽んじられる事にも成り兼ねません。礼には礼を尽くすのは、冒険者であろうとも守らねばならぬものと存じます」
そんなタイラーくんに当てつけ気味で言ってのける。
言われた方は、何故かぽかんとした顔で俺を見ている。
何だその顔。
予想外過ぎて俺がびっくりするわ。
「お前、そういう口のきき方出来たんだな……ただのガサツなバカ……失礼、粗忽な考えなしの女だと思っていた」
この野郎。
言い直した意味無いどころか、お前の言いたい事が明確に伝わりすぎてキツイわ。
担当さんが笑って良いのか困ってるだろうが。
っていうか笑い堪えてるのかもだけど。
「後程、覚悟なさいませ」
出掛けに鏡を見てたのが効いてる。
まだなんとか、丁寧な口調はキープ出来てると思う。
内容はともかくとして。
「改めまして、本日ご案内させて頂きます、当館の責任者のヘンリーと申します。お見知り置き頂けますよう、宜しくお願い致します」
素直に驚いて、表情を繕う事を忘れ、そこで初めて仮面を外してない事実に気が付く。
いや、仮面は着けたままの予定だったし、うん。
このままでもお茶は飲めるし、ね。
最初の申し訳無い顔もバレてないって事で、ちょっとだけ胸を撫で下ろす気分に。
いやそんな事はどうでも良い。
初老の担当者さんは、物腰から、このお店でもかなりの地位の人だろうなって思っていたんだけど。
まさか、責任者さん、っていうか名前からしてオーナーさんだよね?
そんな人が出てくるとは思わなかった。
何か、心の何処かに引っかかる名前、そんな気がするが、当然知り合いなんかじゃない。
どういう事だろうか?
少し、考えてみたほうが良いかも知れない。
「これはご丁寧に、責任者様にご案内頂けて、大変嬉しく思います」
ちょっと驚いて、受け答えがしどろもどろになってしまった。
気合い入れ直さないと駄目だな、これは。
多分後で、タイラーくんに笑われる。
それだけは覚悟しておこうと、そっと心に決めたのだった。
覚悟するべきは、そこではないのでは?




