雨が上がって
想いは酔に隠して、前へ。
「なんで昼過ぎだってのに、俺はあんなに呑まされたんだ? ていうか、俺が呼ばれた理由はアレだけか?」
留まれば呑まされ続けるだけだと気がついたのは、ハンスが仕事に戻ってしばらく後だった。
ってーか、仕事中に酒飲んでんじゃねぇよ副マスよ。
「あらあら、まだまだ飲めるんだけどなぁ」
表情どころか顔色も変わっていないジェシカさんが怖いよ。
この人、見てる限りでジョッキ手放してたタイミングが無かった。
ついでに言えば、タイラーくんも同様だ。
当然、顔色が変わってないところまで同じ。
なんなの、実は酒じゃなかったとか?
「正真正銘のエールだ、当然、まだまだ呑める」
キリリとした表情で言うことじゃねェよ。
ただの呑兵衛宣言じゃねぇか。
少年少女組はお茶と果汁飲料だったらしいが、飲みすぎてちょっと気持ち悪いらしい。
ギルド前のちょっとした広場で、少し奥まった所に有る屋外のテーブル付きの椅子に座り、ぐったりとした俺は絶賛愚痴真っ盛りである。
俺が愚痴って、タイラーが混ぜっ返して、ジェシカさんが笑って。
子供達は時々オロオロしつつ、でも結局は笑って。
軽口の合間に、また愚痴が出て、ほんで小さな夢、みんなが集まれる場所が欲しい、みたいな事を話して。
何か、このメンツを眺めてそんな事をしていると、唐突に脳裏に閃く物があった。
俺が欲しかったもの、もしかして此処でなら届くのでは?
そんな事が頭を過っちゃったのも、思えばちょっとおセンチな気分を引きずってたのかも知れない。
そんな事をしんみり思う、俺です。
俺の欲しいもの。
実行するかは別として、ちょっと話を振ってみよう。
俺は少しだけ改まって、タイラーくんへと顔を向ける。
「なあ、……こういう相談は無愛想メガネが適任っぽいから訊くんだが」
「誰が知的メガネだ」
「言ってねぇよ」
……コイツ、実はかなり酔ってねェか?
なんだ今の切れ味バツグンの返しは。
ほんで、なんだそのドヤ顔は、この野郎。
そんな俺とタイラーくんのやり取りを、ジェシカさんと少女組が笑って眺める。
「実はな、こういう物がそれなり余ってるんだが」
殊更興味を引くように心がけ、俺は懐に手を入れ、実際には何も持っていないその掌をテーブルの上に広げ、滑らせる。
タネも仕掛も勿論ある、だけど余人にゃちょっと出来ない、そんな手品。
空っぽの手のひらが通り過ぎたテーブルの上に、ちゃりんと響く澄んだ音。
そこには、金貨が12枚。
金貨は俺がゲーム内で入手し、そのまま持っていたものだが、こちらで使えることは昨日確認している。
俺の動作に釣られて俺の手元を覗き込んでいた一同は、すぐには反応せず、それぞれ顔を見合わせたりしている。
さしものジェシカさんも驚いたように表情を変えると、金貨を1枚手にする。
「普通の金貨だけど、どうしたの? ……危ないお金じゃないでしょうね?」
うん、……まあ、割と普通の反応だと思う。
「……なんだ、礼のつもりか? まあ、そういう事なら受け取るのも吝かでは無いな」
かと思えば、その相方は疑うとかそれ以前の問題だ。
なにが吝かでは無いんだこの野郎。
間違いねぇ。コイツは酔ってる。
「違ぇよこのスカタン。……いや別に、欲しいならやるけども」
ツッコミの後の言葉にはきっちり反応して、全員に2枚づつ金貨を分けるタイラーくん。
分ける前に礼のひとつも言えよ馬鹿。
「あ、あの、リリスさん、良いの?」
カレンちゃんが凄く申し訳無さそうに聞いてくる。
普通はこうだよな? 俺は間違ってないよな?
「ああ、良いよ良いよ。大事に使いなよ?」
ひらひらと手を振って見せると、カレンちゃんとティアちゃんが顔を見合わせ、輝かんばかりの笑顔をこちらに向ける。
「ありがとう! リリスさん!」
ほら。
コレだよ、判るか?
何か貰ったら「ありがとう」、基本だろうが。
今度は俺がドヤ顔でタイラーくんに顔を向ける。
「なんだ? 受け取った事に礼など要らんぞ、気にするな」
だが、俺のそんな思いなんて欠片も届いていない。
「そうじゃねェよ酔っぱらい! 馬鹿じゃねェのか⁉」
酔っていようがいまいが、ホントに……! コイツは……!
一瞬、相談するのは辞めようかと思ったが、まあ、反応を見たいだけと言う部分もあるし、ネタとして話を聞いておくのも有りだろう。
俺は気分を落ち着け、殊更咳払いをしてみせると、切り出した。
「毎回宿の手配が面倒臭いし、纏めて払うのも、その間に遠出の依頼受けちまうと勿体ない」
俺の言葉に、何を言い出すのかと、全員が顔を見合わせる。
「いやまあ、今の俺は新人だし、遠出の予定どころか、そんな依頼請けられるかも判らんけど。それこそこんな商売だ、何が有るかは判らん」
「まあ、それはそうよね?」
ジェシカさんが頷いてくれる。
少年少女組はピンと来ていない様子だが、不思議そうながら黙って話を聞いてくれている。
「それでな? いっそ、家でも買おうかとか、考えた訳だが」
ジェシカさんとタイラーくんが顔を見合わせ、そしてジェシカさんは爆笑し、タイラーくんはやれやれと首を振る。
だが俺はノーリアクションだ。
この2人の反応は、予想出来ていたのだ。
「あのね、リリスちゃん、金貨が10枚20枚あっても、家を買うには流石に足りないのよ?」
ジェシカさんは爆笑で溢れた涙を拭い、それでも笑いを抑えられない様子で、諭すように俺に目を合わせる。
うんうん、そう来るだろうね。
ジェシカさんがそっちに行くとなると、タイラーくんが舵を切る方向も概ね予想出来る。
……シラフだったらだが。
頼むから今だけでいい、まともか、せめて俺の意図する方に転がってくれ。
「子供の小遣いにしては破格だが、家を買うとか、少し夢を見すぎだな。そもそもお前は予算をどれくらい持っているんだ?」
よし。
なんか人を小馬鹿にしたようなドヤ顔が微妙に苛つくが、今回は我慢してやる。
今回だけな!
隠し事の規模が大きすぎ。




