哀悼
喧騒に紛れて、それは静かで。
「明日、葬儀だ」
ハンスの低い静かな声が、ジョッキを傾ける俺の鼓膜に滑り込んだ。
一瞬、何を言われたか判らない。
数秒、間抜けな顔を晒してから、思い当たってジョッキを静かにテーブルに戻す。
「……そっか。もっと時間が掛かるかと思ったけど、案外早いのな?」
目を閉じる俺の脳裏に浮かぶ、12の名前。
「ああ。教会に話をつけて、本当ならもっと掛かる筈なんだが、手を尽くしてくれたらしい」
へぇ……。
昨日あんな事があって、中1日で。
この世界の常識なんて知らないが、思っていたよりだいぶ早い。
冠婚葬祭で、急に発生し、待ったが利かないのが葬儀とは良く聞く。
色々と便利な世界でも手続きやら色々と大変なのに、この世界は……いや、意外とシンプルなのかも知れない。
システムも含めて、それこそ……色々と。
「なんにせよ、それで一旦は気持ちの整理も着くかな」
救いを求めるように、俺は吐息に言葉を乗せる。
「……さあな。残された方が、歯を食いしばるしかない部分だ」
この世界の人間も、案外厳しい。
欲しい答えは、簡単には届かない。
世界が違えど、そこは変わりが無いらしい。
「違いない」
俺は追加で頼んだエールを呷り、呟く。
そう、俺が歯を食いしばり、生きていかなきゃいけない。
「お前は、顔を出すのか?」
そんな事を考える俺に、ハンスがポツリと、身体に似合わずちいさく呟く。
俺は一瞬その意味を見失い、そしてすぐに捕まえる。
捕まえたところで、困るだけの感情を。
「……やめとくよ。部外者が顔出して良い場所じゃない。ましてや俺は……」
言いかけた言葉は、タイラーくんの説教が止めてくれた。
……オレはまだ、引き摺っていないとは言えないらしい。
「まあ、そう言う訳さ。……祈りくらいなら、何処からでも届くだろ」
「まあ、な。冒険者になったばかりに、死ぬ。冒険者とはそういうものだが、今回ばかりは、な」
俺を責めもせず、ハンスはジョッキを傾ける。
そして、俺も気付く。
ハンスは、俺が葬儀に出ると言ったら止めるつもりだったんだ、と。
冒険者になったから死んだ。
それはその通りだ。だが、今回は。
冒険者ギルドの1職員の怠慢で、子供たちは死んだ。
俺が把握しているのは12人だが、実際には何人居たのか。
残された遺族……家族や仲間は、冒険者ギルドのサブマスターに何を思うか。
今生きている冒険者に、何を思うのか。
他人を責めるのは、気が楽だ。
自分の所為にしなくて済むのだから。
ハンスは職務として、その責を引き受ける心積もりなんだろう。
冒険者を纏める者として。
不器用だけど、俺とは違い、しっかりと地を踏んで。
この男が副ギルドマスターだという意味が、良く理解った。
俺なんかとは、格ってもんが違う。
「……昨日の説教は、しなくて良いのか?」
ポツリと、そんな声が耳に転がり込む。
俺は、俺が憧れた男の小さくも見えるその姿に、小さく吹き出した。
そんなことも言ったなあ、そういえば。
「ハッ。暴れて全部吹っ飛んで、忘れちまったよ」
笑みを苦笑に噛み潰しながら、俺はエールを呷ろうとして、ジョッキが空になってる事に気が付く。
間の悪いこった。
通りかかったウェイトレスのお姉さんにジョッキを掲げ、お代わりをアピール。
「そうか。じゃあ、勝手に反省させて貰おう」
俺はハンスの声が聞こえなかったフリで、受付カウンターの方へ目を向ける。
昨日親切に対応してくれたお姉さんが、他の冒険者に依頼の案内をしているらしい。
「今回やらかした受付は、これから処分が決まるが」
殊更声を押さえて、ハンスが呟くように声を寄越す。
俺はそれにも興味なさげに反応せず、手持ち無沙汰に指先でテーブルを弾く。
「……つまらん余罪が有る所に、洒落にならんことを仕出かした。まあ、死罪だろうな」
俺はやはりすぐに反応する事をせず、ウェイトレスのお姉さんからジョッキを受け取る。
一度それを呷ってから、ジョッキをテーブルに置く。
……お姉さん、これミードだよ。エールの方が欲しかったよ。
「正直知ったこっちゃねえな。無罪放免だってんなら、探し出して殺してやらんでもねえが。法に則ってきっちり裁かれるんだったら、俺の出る幕じゃねえ」
不思議なもんで、このミードは妙に甘ったるくて、妙に重い。
口当たりも違う気がするが、それでも同じなのは、あんまり美味いと思えない事だ。
「でも良いのかい、新人冒険者にそんな話聞かせて。萎縮しちゃうかも知れないぜ?」
俺が言うと、ハンスはジョッキを大きく傾け、中味を一気に呷り、そして。
「萎縮して大人しくなるタマが、あんな啖呵を切れるものか。それに、あの馬鹿の事は、もう全員気がついてる」
ハンスもウェイトレスさんに向けてジョッキを持ち上げ、アピール。
コレでこのオッサンにもミードが来たら面白ェな、とか無責任に考える。
「まあ、そこに関しては俺が言う事はねえな。今後同じ事は無いんだろ、副マスさんよぉ」
「ああ。誰にも、二度と舐めた真似はさせん」
お代わりのジョッキを受け取ったハンスはエールを、俺はミードを。
2人同時に呷り、喉を湿らせる。
テーブルの向こうでは、こちらの様子を伺いつつも冒険者のオッサンどもに揉みくちゃにされてる少年たちと、変わらぬ笑顔のジェシカさん、これも変わらぬ仏頂面のタイラーくんが見える。
この世界で、たった数日でこんな所で冒険者なんてする事になって、気がつきゃ慕ってくれたり、イジられたり、なんか良く分からん扱いされたり。
……仲間が、友達が増えたもんだ。
「なあ、オッサン」
特に考えもなく、ハンスに声を向ける。
「オッサンはよせ。俺はまだ27だ」
ハンスの思いがけない反応に、虚を突かれた俺は馬鹿みたいな顔でハンスの顔を眺めて、そして爆笑した。
27? コイツ、俺と同い年なのかよ。
見た目と釣り合ってるとかいないとか、そういう話と別の所で、俺は可笑しくて堪らず、涙まで零して笑う。
ハンスさんは急に馬鹿笑いを始めた俺に怪訝な顔を向けるが、そんな様子も可笑しくて、俺は涙を拭いながら言う。
「27でオッサンだと思ってねェのは、本人だけだよ」
俺にしこたま笑われても、ハンスさんは軽く溜息を吐いただけでいなす。
「同い年の俺が言うんだ、間違いねェよ」
「お前な……流石にそれは笑えんぞ。お前のような30手前が居てたまるか」
可笑しくて仕方がない俺の視界で、ハンスは憮然として俺を眺め、ジョッキを呷る。
そっか、そう言えば俺、今は見た目が小娘だっけか。
やれやれ、癖やら喋り方やら、変わらない事の方が多いからついつい忘れっちまう。
色々と慣れないもんだ。
「ああ、そうだ、説教代わりだ、これだけ聞いてくれ」
笑いで誤魔化してから、小さく、ごく小さく。
俺はハンスに、囁くように……祈るように口を開く。
ジョッキを包む両手もまた、祈りに指を折るように。
「死んだガキどもの名前を、せめて忘れねえでいてくれ」
ジョッキを少し音を立ててテーブルに置くと、ハンスはやおら立ち上がる。
その眼を俺に向けること無く。
「任せろ」
だが、しっかりと力強くハンスは頷き、歩み去った。
忘れない、きっと。




