追伸、救われました
不器用な、ヒビだらけの仮面で。
「あー。で、何? 心配で押し掛けたって? キミタチはオカンか何かかね?」
顔を洗って身支度を済ませ、俺は正座させた男どもに事情聴取中である。
男どもに向かって「オカン」呼びはアレだが、なんというか、お節介加減が同レベルである為、これは致し方のない表現だ。
ちなみに仮面は付けてないし、髪も下ろしている。
ウィザードと言えば、ゲーム内で見慣れたポニーテールなイメージだが、実は装備に依っては髪型も変わる。
この程度でおしゃれ云々言うつもりは無いが、まあ、気分だ。
面倒臭いだけとか、そういう事ではない。
きっと。
「それにしても、リリスちゃんも此処に泊まってたなんてねえ」
ジェシカさんが露骨に話題を逸らす。
見え見えすぎてそんな……え?
「え? 何? ジェシカさん……じゃねぇな? タイラーくん、君、此処に?」
ジェシカさんも宿を取っているのか確認しようとして、昨日の話からそれは無いなと思い至る。
目を向けると、案の定、タイラーくんは眼鏡を直しながら頷く。
格好つけてるけど、お前、今正座してるからな?
「そうだ。俺はこの上の部屋だ」
上って……。
何となく天井を見上げ、俺は溜息を吐く。
「人が落ち込んでる時に、夜中までドッタンバッタンうるせぇなぁと思ったら……」
ありゃあ、よく分からんが、なんか色恋沙汰の音じゃねえ、まるで喧嘩の様相だったぞ?
いやまあ、野暮だし聞かないけどね?
「それは済まない。昨日の夜から、お前を励ましに行こうと、お調子者が息巻いててな」
そういう事言われたら怒れなくなるだろうが。
いやまあ、もう怒るも何も無いけど。
「部屋がバレてたら、昨日の内に来かねない勢いだな……」
照れ隠しに口にしたのは、割とどうでも良い軽口。
「そうだな。こう見えて向こう見ずの世話焼きだ。部屋が理解っていたら、昨夜の内に急襲していただろうな」
しかしタイラーくんは動じない。
当たり前のように言ってのけたばかりか、ドヤ顔で眼鏡を直してみせる有様である。
……おい。
お前、冷静に言ってるけど、それお前。
お前の相方が、夜中に女の部屋に襲いに行くって言ってるんだぞ。
ちょっとは言葉を選べ。努力しろ。
「だが、事実だ」
タイラーくんはブレない。
だけどなんだろう、ちっとも眩しくない。
ジェシカさんと揃えて並べて、まとめて変人枠で良いと思う。
すっかり毒気を抜かれた俺は、両側から美少女に抱きつかれるという大変な栄誉に預かりながらも、非常に釈然としない微妙な表情で、だけど立ち上がれる程度には心が軽くなっている事を確認して。
「まあ、なんだ。素直に礼を言うけど、でもなぁ」
溜息混じりに、憎まれ口を叩く。
「お前ら、心配しすぎ」
だが、真面目顔のツッコミ役は怯むこと無く、言葉をあんまり選ぶこともしない。
「あんなツラでとぼとぼ歩いて帰られて、心配するなって方が無理だろう。なんで街を救ったお前が一番傷ついているんだ」
まっすぐの度が過ぎて、すぐには反応が出来ない。
俺に抱きついてる2人の手にも、籠もる力が増した。
「言わせて貰うが。なんでお前があんな顔していたのか、本気で理解らない。まるで抱えきれない責任に押しつぶされそうな顔だったが」
正座の姿勢を崩さず、タイラーは真っ直ぐに俺の眼を捉えたまま言葉を紡ぐ。
タイラーだけではない。
その両隣で、フレッドとマシューも真剣な顔で、俺を見ていた。
まるで……。
やめてくれ。
俺は、俺には、その視線はキツい。
そんな、真っ直ぐな眼で俺を見るのはやめてくれ。
俺は、誰も救えない出来損ないなんだ。
「お前が責任を感じる理由が何処にある」
子供達の視線に耐えきれなくなりそうな所で、タイラーの声が耳に滑り込んできた。
何処に有る、って、お前……。
唐突な問いに虚を突かれ、漂白され掛けた思考だったが、直ぐに影がさす。
自分の中にわだかまる思いと、タイラー達の真っ直ぐな視線に耐えかね、俺は俯く。
「俺が、街の外で張ってりゃ、それで救えたんじゃねぇのか? そうしたら」
「自惚れるな」
漸く絞り出した言い訳じみた自傷の言葉を、タイラーがあっさり打ち壊してくる。
「お前は強い。ちらりと見た程度だったが、圧倒的だと思った。だが、それだけだ」
何を言われているのか理解らない。
俺は再び顔を上げる。
「お前だけじゃない。完璧な人間など居ない。強かろうがなんだろうが、1人で全てをなど、傲慢が過ぎる」
俺はぽかんと、タイラーくんを、見る。
「お前は、衛兵に報告もしたし、冒険者ギルドにも同様だ。どちらにも、魔獣の死体を見せて。お前は出来る事を、迅速にしていたんだ」
何を、言ってるんだ?
そんな事は、それは、だって、俺は誰も救えなくて。
うわ言のように、それは唇から零れ落ちる。
「だから。お前は出来る事はしていたんだ。後は上が動く問題だ。冒険者ギルドは受付の身勝手で、衛兵隊は情報を軽視して、結果ああなっただけだ」
真っ直ぐに、タイラーくんの瞳が、俺の眼を捉える。
「お前は、悪くない」
俺が聞きたかった言葉。
だからこそ、俺には向けられてはいけない筈の。
気がついた時、俺はボロボロと涙を零していた。
人前で泣くなんて、大の大人が、なんて格好悪いんだろう。
だが、俺は涙を止める事が出来ず、釣られて泣いている12歳の少女2人に頭を撫でて慰められるという状況に陥ったが、そんな事に気付く余裕もなく只管涙を零すのだった。
今更気を利かせたタイラーくん率いる男どもは先に宿を出て、表で待っているらしい。
何でも、ギルドで呼ばれているとか聞かされ、昨日のハンスさんとの別れ際のやり取りを思い出した。
その前に、何やら食事にもお誘いらしい。
ギルドに行けば、酒の海で食事どころでは無いとかで、昼くらいは飯を食っておくとの事だ。
それは良いのだが、「表へ出ろ」は使い所を間違っているぞ、タイラーくん。
どうも俺はお節介で、気の良い――俺には勿体ない仲間が出来たらしい。
それは良いんだが、俺、ギルドの副マスターに「説教する」宣言してたような。
なんか、急にギルドに行きたく無くなってきたな……。
それを言ってもどうせ、あいつらはお構い無しで俺を引っ張っていくんだろうなぁ。
調子に乗って啖呵を切るのは、もうコリゴリだ。
溜息を吐いてきっと泣き笑いだったと思う、そんな俺です。
悔いるのも、仲間が居るなら。




