前略、救えませんでした。
自己嫌悪と言うものは、あまりも苦くて。
最悪な気分だ。
宿に戻り、今日の分の支払いと、多分動きたくないだろうと、明日の分まで支払いを済ませる。
湯桶の手配をして部屋に戻るが、ベッドに飛び込むともう動く気力が切れた。
俺が悪いんじゃない。
俺が殺した。
俺は戦った。
俺が見捨てた。
俺が。
俺は――。
ぐるぐると頭の中で文字が踊る。
声が木霊する。
頭が割れそうだ。
俺が何をした?
何もしなかった。必要な事を、ひとつも。
いい歳だと言うのに、涙が溢れてくる。
面白可笑しい冒険生活、そんな夢なのだと思い込んでいた。
だと言うのに、これはなんだ。
夢に牙を剥かれた不快感。
現実なのか?
夢ではないのか?
現実ならば。
俺は、子供を見捨てたのか?
判らない。
理解らない。
今こうして悩んでいるのも、きっと誰かに「違う」と言って欲しい、浅ましい俺の心の動きだ。
情けない。
何も違わない。
俺はもう動く事を諦めて、泣きながら意識を手放した。
冒険者ギルドに集まったのは、朝になってから。
昨日、宿に帰ってからみんなで決めた。
リリスさんの所に行こう、と。
「リリスさん、泣いてた……」
ティアがそう言っていた。
マシューにはその様には見えなかったが、酷く落ち込んでいるのはよく理解った。
「僕たちは助けられたのに、助けることが出来ないのは嫌だ」
フレッドの言葉は、全員の気持ちだ。
冒険者ギルドには、やはりというか、リリスの姿はなかった。
念の為受付で聞いてみるが、今日はまだ姿を見ていないという。
来たら、副マスターが用事があるから教えて欲しいと、伝言を頼まれる始末だった。
テーブルのひとつに陣取り、フレッドが口を開く。
「リリスさんの宿に行こう」
残る3人は同時に頷く。
待っているのが辛い。
迎えに行って、一緒に屋台でなにか食べよう。
「あら、お嬢ちゃんの居る宿、知ってるの?」
不意に掛かる聞き慣れた声に、4人は振り返る。
黄金色の髪を纏めて、ニコニコと佇むお姉さん冒険者がそこに居た。
「……お前も宿に向かう気か。そこはこいつらに任せたほうが良いんじゃないのか?」
眼鏡に短髪で難しい顔のお兄さんが、そのお姉さんに釘を刺すが、見る限り手応えは無さそうだ。
「お姉さん達も、リリスさんの所に行くの?」
ティアが警戒心もなく、見慣れた笑顔のジェシカに駆け寄る。
その頭を撫でながら、ジェシカは笑顔を崩さず応える。
「まあねぇ。私も心配なのよ、あの子」
マシューは無言で、ジェシカの隣で仏頂面のタイラーを見上げる。
「……昨日のあれは、アイツが悪いわけじゃない。明らかに悪い奴は1人居るが、他は『まさか』の重なりだ。誰にあんな被害が予想出来たと言うんだ」
無表情で言いながら、マシューの頭を撫でる。
「アイツが自分を責める理由はない。少なくとも俺達は、礼を言わねばならん」
不器用な撫で方だが、マシューは、いや、それを見ていたフレッドもカレンも、顔を綻ばせる。
そうだ。僕たちは、リリスさんにお礼を言いたいんだ。
今ひとつ、リリスに対してどうしたいのか、助けると言っても何をすれば良いのか掴めず、勢いに任せて行動を起こす事で突破口が見つかればと、闇雲に動き出した所だった。
そこに大人な冒険者の言葉は、確かな指針となった。
「じゃあ、行きましょう? ここに居ると、相談とか言って飲み始めちゃうから」
「それはお前だけだ」
ジェシカがのんびりとした口調で急かす様な言葉を発するが、受けるタイラーは容赦ない。
2人のやり取りに、少年たちの笑顔はますます深まる。
この人達が居れば。
みんなでなら。
きっと、リリスさんも元気に出来る。
「おう、坊主共」
不意に掛かる声。
振り返った胸元に何かが投げ込まれて、フレッドは反射的に受け止める。
そこに居たのは、いつも何かと助けてくれる、グスタフが不器用な笑顔に髭を歪ませていた。
「あの嬢ちゃんトコに行くんだろ? そいつを持っていけ、なんか旨いもんでも食って、ここに嬢ちゃん引っ張ってきな」
機嫌の良い笑顔で、豪快に笑う。
「良いのか? 受け取った以上、遠慮はしないが」
フレッドの頭に手を乗せ、タイラーが問いかける。
「当たり前だ。それに、それしきのはした金じゃあ礼にならん。冒険者の礼はコイツと決まっているからな」
言いながら、ジョッキを掲げてみせる。
グスタフの周りでは、やはり気のいい笑顔を浮かべた数人の冒険者が、同じ様にジョッキを掲げていた。
「……恩に着る。では、早速向かうとするか。金まで受け取ってグズグズしていたら、ジェシカがエールを飲み始める」
「ちょっと、幾らなんでも酷くない?」
タイラーがらしくもない軽口を叩くと、受けるジェシカは頬を膨らませてみせる。
「お前がさっき、自分で言ってた事だろう」
真顔なので冗談か本気か判らないタイラーに、不満を表情で訴えるジェシカ。
笑うグスタフたち。
上手く行きそうな、そんな気持ちは膨れ上がる。
「よし行くぞ、リーダー」
少し強めに頭を撫でられ、フレッドは驚いて振り向き、顔を上げる。
「今はお前が臨時のパーティリーダーだ。頼むぞ」
咄嗟の事に、声も出ない。
ジェシカが、フレッドの額を突付く。
「そーそー。さ、急いでパーティメンバー迎えに行きましょ、おなかすいちゃったし、ね?」
ほんの僅か、呆然と放心したフレッドは、直ぐに力強く頷いた。
行き先は知っている。
なにせ、自分たちが勧めた宿だ。
6人のパーティは、揚々とした足取りで、目的地を目指す。
仲間を取り戻す、そのために。
「ここに居るの?」
なぜだか驚いた顔のジェシカと、感情を読むのが難しいタイラーが、揃って宿を見上げる。
朝と晩の食事付きで、良心的な価格とサービスが評判の名店「銀の馬の骨」。
いい宿だが、妙な客が多いと言う噂もある。
「うん、僕たちがお勧めした宿なんだ」
誇らしげなフレッドに続いて、マシューがタイラーを見上げる。
「昨日リリスさんが良い宿だって言ってくれたんだ。ここの、2階の角部屋に居るんだって」
ジェシカとタイラーが顔を見合わせる。
「……どうしたの? お姉ちゃんたち……?」
ティアが、不思議そうに見上げる。
その顔を見下ろし、少しかがみ込むようにして視線を合わせると、タイラーは静かに口を開いた。
「よくやった、お前たち」
急に頭を撫でて褒められても、何のことか判断できない。
同じ思いに顔を見合わせる少年少女たちに、滅多に見せない、柔らかな笑みを口の端に浮かべてタイラーは言う。
「ここは、俺も使っている宿だ」
ティアを始め少年たちは、驚きに目を丸くするしか無かった。
そしてたどり着いた先、ジェシカがスキルで解錠した扉の先は薄暗く、カレンは心臓を掴まれたような気持ちで立ち尽くした。
この部屋は、悲しい。
……違う。悲しいのはリリスさんだ。
カレンは勇気を出して一歩踏み出し、それにティアとジェシカが続いてくれた。
ジェシカは機転を効かせて借りてきた湯桶を、テーブルに乗せている。
リリスは声を掛けると身を起こしたが、その顔は。
泣きはらした、酷い顔。
ジェシカは顔を洗うように言って窓を開け、努めて明るく振る舞ってみせた。
それが大人の役回りだと、心得ているように。
だがカレンとティアは、悲しくて、辛くて。
迷わず駆け寄り、リリスに抱きついていた。
ドアがノックされている。
意識はとっくにハッキリしているが、今は全然動きたくない。
悪いが、居留守にさせて貰う。
宿代は昨日払っている。
何の問題もないだろう。
「寝ているのか? 鍵は開いているか?」
聞き覚えの有る声がドアの向こうから聞こえる。
っていうか、何だ? 踏み込む気か?
「これくらいの鍵だったら問題ないけど、男どもは此処で待ちなさいな」
押し留める声。
……いや待て、あれは「男」を止めてるだけで、自分は入ってくる気じゃないのか?
……面倒な、動きたくない、誰とも話もしたくないってのに。
だが、この女の声も聞き覚えが有る。
ややあって、扉が開けられる音が聞こえた。
おいおいおい……俺は今、手加減出来る気分じゃないって……。
少し物騒な考えを始めた俺の耳は、その時、小さな細い声を捉えた
「リリスさん……?」
カレンちゃんの声?
「リリスさん、起きてる?」
続いて聞こえたのは、ティアちゃんの声か。
もそり、と、俺は身体を起こす。
「あらあらあら、暗いのに判るくらい酷い顔よ? ほら、桶借りてきたから、顔洗っちゃいなさいな」
テーブルの上に湯桶を置いて、窓を開けるのはジェシカさん。
差し込む光を反射して、金色の髪が眩しい。
「な……なんなの……」
動こうにも、泣きそうな顔のカレンちゃんとティアちゃんに飛びつかれ、身動きが取れなくなった。
え、なにこれ。
俺の捕縛命令でも出たの?
鬱々と考え事をしていた俺は、寝起きの比にはならない程度には脳が動いていた筈だった。
だが状況の変化が急すぎて、思考がついてこない。
身支度が整う前に部屋に踏み込んできた男ども――タイラーくんの顔面に、反射的に枕を投げつけるのが精一杯だった。
立ち上がるのは、自分の意思。だけど、手を差し伸べるのは仲間。




