審判の日
叩きつけるは悲しみ、振り注ぐは怒り。
防壁にたどり着いた時には、外は戦争の有様だった。
連なる閃光と爆発と衝撃。
まるで戦役で呼び出される魔道士隊が列を組んで大火球の魔法を放っているような有様。
それを、たった1人……単身で。
「ハンス殿!」
ややもすれば現実離れしているその光景に見惚れて、いや、圧倒されているハンスの耳に、名を呼ぶ声が響く。
振り返れば、北門の監視と防衛を任されている衛兵隊の隊長が沈痛な面持ちで走り寄って来るところだった。
「これは……これが……そうか、リリスが」
ハンスは地面に並べられた死体群の前に跪き、僅かに祈りを捧げる。
――全てが終わったら、その時には改めて謝罪を。
「……警告を受けていたのに、活かせなかったこちらの落ち度だ」
衛兵隊長がハンスに頭を下げる。
しかし、ハンスはそれを偉そうに受け取ることは出来ない。
「いや、頭を上げてくれ。冒険者ギルドも取り返しのつかない失態を犯している。だが、その話は全てが終わってからだ」
少しずつ離れていく爆音が、押し上げられていく戦線を表していた。
ハンスはハルバートを抱え、門扉を抜けて防壁の外へ立ち、そして見る。
絶え間なく降り注ぐ幾つもの火球が魔獣ごと大地を叩き、砕く。
決して大きくはない体躯のリリスが、その杖を右手に掲げ。
大魔法を行使するその姿、その背はまるで泣いている様で。
ただ見ている事さえ、辛かった。
都合50頭、ってところか。
俺は魔力光弾の発動を停止し、一息吐く。
鍵となる魔法を止めたことで、流星雨の発動も止まる。
実際のところ、魔物と戦っていたのは時間にして、1分ちょっとだったろうか。
感情に任せて……目につく端から光弾を叩きつけ、ミーティアが降り始めてからは視界もろくに利かない為、ただただ撃ち続けた。
それらの魔法が連動して発動し、周囲に破壊の余波を振りまいていることも。
多分、実際にはもっと早い段階で敵の殲滅は終了していたということも。
全て無視して、ただ、撃ち続けて。
だがその程度では――心は晴れない。
憂さ晴らしの様に魔力を放出し、10分近くもの間、俺は魔力を放ち続け、光弾をばら撒き、熱線を振り回し、隕石雨とも見紛う、質量を伴う火球の雨を降らせ続けたが、それでも気持ちに光が差すことも無く。
魔獣共は蹴散らして、大地は結構な範囲でクレーターが広がりガタガタに荒れ果てたが、俺の心は何も掴み取れなかったのだ。
当然の結果――掴むべきものなど、とうに失われていたのだから。
得る物の無かった思考で、ぼんやりと考える。
報告では20頭。
来てみればその倍以上。
数の確認も出来ない……訳はないだろう。
ということはつまり、増えたということ。
今まで、冒険者ギルドが把握していなかった魔獣が突然現れた。
北の大森林、と言ったか?
キナ臭い。どう考えても人為的だ。
人かどうかはさて置き、意図的な物を感じるのは、俺が見もしない「そいつ」に罪を擦り付けたいからだろうか?
短杖を強く握り、モヤついた気持ちに任せて北へ踏み出そうとした俺の背に、声が掛かる。
「もう良い。大森林は、改めて調査を入れる」
ハンスの声。
彼は、彼自身が出来る事を確実にしていた事は理解した。
だが、心の奥がザワつくのは止めようがない。
「人の話を聞きもしねぇであれだけの死人を出して、お前の何処を信じりゃ良いんだ? あぁ?」
酷い八つ当たりだ。
自分で判るから、余計に苛つきが募る。
「今、森ごと消し飛ばして来てやる。それで万事解決だ。そうだろう?」
振り返ることはしない。
今振り返れば、気持ちが萎えそうで。
他人の所為にして楽になりたいが故に。
「森に生き、森に糧を得る者も居る。森でしか採れない種類の薬草類も有る。お前なら森を焼き払う事も容易いだろうが、許可出来ん」
声の調子から、近づいて来ていることが判る。
だが、俺は動かない。
動けない。
「簡単な警告ひとつ出せなかったギルドの副マスターさんが、随分とまた偉そうなこって。誰になんの許可だよ? 寝言はガキどもの赦しを得てからほざけ」
口が、まるで勝手に動いているようで。
確かに憎しみは有る。
だが、それは、ハンスに向けてのものではない。
向ける相手が……違う。
「……確かに、俺は判断ミスをした。職員を信じたつもりで任せきり、確認を怠った結果が今回の惨事だ」
ハンスは、俺の真後ろに立っている。
「だからこそ、もう間違える事は出来ん。お前が怒りのままに暴れる事は、許さん」
振り返った俺は、ハンスの腹筋に拳を叩きつける。
肉体的には非力とは言え、それなりのレベルの俺の拳は、だが、震えているように貧弱で。
ハンスの巨体を揺らす事さえ叶わない。
「お前の許可なぞいるか! 子供を死なせたお前の!」
「そうだ」
悲鳴にも似た叫びが俺の喉から上がる。
それを受け止めたハンスの声は、柔らかで悲痛だった。
「俺が殺した。だからこそ、もうこれ以上の失敗は出来ん。お前を含め、この街の冒険者に俺の失敗を押し付ける訳にはいかんのだ」
多分、きっと、ハンスはそんなつもりでは無かったのだろうけど。
それはきっと、俺の聞きたかった言葉。
俺は間違っていないのだと、そう言って欲しかった俺への回答。
それが解って、俺は。
――酷く、気分が悪かった。
「宿に戻る。気分が悪い」
俺がそれだけ言うと、ハンスは道を開けてくれた。
「明日、ギルドに顔を出せ」
ハンスの声が聞こえたが、もう俺は返事を返す気力も無かった。
冒険者達が北門に着いた時には、街の外は聞いた事も無いような爆発音が連なっていた。
それも直ぐに収まり、フレッド達は門扉に走り寄ろうとして、地面の「それ」に気付いた。
バラバラになった手や足。
頭の一部、胴体の一部。
地面に刻まれた――名前。
それは、昨日、カレンが、そして自分がなっていたかも知れない姿。
胃の中味がせり上がってくるのを感じた時には駆け出し、少し離れた所で吐き戻していた。
涙がこみ上げる。
改めて自分の運の良さ、リリスが通りかかってくれた幸運に感謝する。
恐らく自分も平静では居られなかっただろうに、追いかけてきてくれたカレンが背中をさすり、マシューとティアも直ぐ側に居てくれている。
「ごめん……友達の……名前だったんだ」
フレッドは消え入りそうな声で呟く。
彼が目にしたのは、彼らと同じ孤児院出身の子供の名。
地面に刻まれた名前と、転がっている右手、それだけで、間違いなく本人だと理解ってしまった。
意識して見ていた事なんて、無いはずなのに。
その手のひらは、何故か妙に小綺麗で。
思い出すその背中を、カレンが抱きしめる。
言葉もなく。
他の仲間も、言葉もなく、ただフレッドの側に居続けた。
ジェシカとタイラーもまた、他の冒険者達と同じくその光景を目にしていた。
並べられた死体の断片と、その持ち主の名前。
今や開け放たれた門扉から覗く、連続して止まない爆発の連鎖。
吟遊詩人の歌う悪魔の、魔王の所業にも思えるその轟音は、ややあって収まる。
聞いたところでは、冒険者たちが集まる前には魔獣は数を増やし、50に届こうかという程に膨れ上がっていたらしい。
その群れの中に飛び込んだ小柄な、仮面の女冒険者。
あまりにも華奢な見た目に衛兵が止めようとするも、彼らが動き出す前に魔法を放ち、数え切れないほどの火球を次々に大地へ隕としたと言う。
まるで宮廷魔導師団の戦術魔法の様な凄まじい破壊の咆哮を、たったひとりで。
俄には信じがたい話だが、衛兵がそんな嘘を並べる理由もない。
「ただの小生意気な小娘だと思ってたんだがな……」
タイラーが眼鏡を押し上げ、呟く。
「……あんなに怒るようには、見えなかったのにね」
ジェシカが、笑顔を少し曇らせて、その呟きに応える。
ただの口の悪い、少女と呼べるその見た目と合っていない口調の、不思議な旅人、そして新人冒険者。
飄々としていて、ケンカを売ってくる相手には容赦しない癖に、冒険者が魔獣に殺されたと知るや、誰よりも激昂したお人好し。
近くに魔核迷宮も存在しないこの街に現れた、それも大地を覆う程の数の魔獣を、その大地ごと打ち砕いてみせた大魔導士。
どこかバランスの悪い、目の離せない後輩。
「あ、戻って……き……」
自分でも、あまり物事に動じない方だと思っているジェシカだったが、門の内に戻ってきたリリスの姿に言葉が詰まる。
いつも仮面のように纏っている、自分の笑顔が消えていることを自覚する。
痛い。
傷だらけの身体で、止血もせずに。
千切れそうな両手を抱え、両足を引きずるように。
血のように紅い瞳を、血の涙で濡らして。
そんな姿を幻視してしまった。
ハッとして見直せば、武器を収め、俯き加減で歩く小さな姿。
その身体には、実際は欠損どころか傷の1つも無いと言うのに。
「何だ……今のは……」
自分のではない声に視線を向ければ、驚愕の相を浮かべたタイラーがリリスを目で追っている。
何が視えたのだろう。
自分と、同じ……同じものが視えたのだろうか?
「タイラー……貴方、何を視たの?」
恐ろしかったが、自分だけが視えた幻ではないと思いたかった。
だから、意を決して尋ねる。
「血まみれで……泣いている子供だ……」
短く応えるタイラーの顔をしばし見つめ、そして歩き去るリリスの姿を視界に収める。
小さな背中は今にも溶けて消えそうで、追いかけて抱きすくめようと思うのだが、身体は言う事を聞いてはくれなかった。
力は有れど、無力。




