命の名前
ケモノになれたなら、楽だっただろうに。
俺には、ゲーム内で使用できた移動用のスキルが有る。
ウィザードである俺が使えるのは、「テレポート」だ。
日本語ローカライズされた時に、これ含めて数少ない、「漢字翻訳」されなかったスキルのうちの1つ。
微妙に合ってない、感覚だけで当てられたっぽいスキル(デストレア)や、駄洒落か? というスキル(魔踊舞刀……迷う舞踏ってなんだ)よりは、割り切ってて良いと思う。
だがしかし、実際に移動用として使用するには少々難があった。
その理由の最たるものがクールタイムの存在である。
その再使用待機時間は11秒。
それほど待たないと思えるかも知れないが、これが意外と長い。
本来は半画面程の距離を、緊急回避的に移動するものだから、そういう視点で見れば納得できる仕様だし、実際困ることも少ない。
しかし、だ。ウィザードには――他のクラスは触ったこと無いので判らないが――そのクールタイムを「0」にする装備が存在する。
それが、ナイトウォーカー。
名前に反し、なんとも可愛らしい見た目のワンドだ。
関係ないが、武器の名前は海外製の割とそのまんまの物が多い気がする。
日本語訳とか、漢字が当てられてる武器も勿論あるけども。
翻訳チームが違うのかな?
それはともかく。
斜め見下ろしのゲームプレイ画面と違い、今俺はリアルな視界の中でその魔法を使用して、そして気付いたことが有る。
視界が切れていない限り、任意の距離、任意の場所に跳べてしまうのだ。
気付いたのは今さっき。
ナイトウォーカーに持ち替えギルドハウスを飛び出し、いざ跳ぼうとした時に、跳べる距離が何となく、感覚で理解ってしまった。
だって、マーカーっぽいナニカが出るんだもん。
上空のような、遮るものがないところでは流石に制限がありそうだが、今見回す街の中では、俺は届かないと思える所がない。
これ、あのゲームが3Dとかになっても、こんな便利には使えないだろうな。
そんなことを思いつつ、夢ならではの? 仕様変更には使いながら慣れるように努める。
まず、使おうと思えば、跳ぶ先の予定ポイントにマーカーが浮かんで見える。
改めてそのマーカーに意識を向ければ、跳躍完了。
なにせ今となってはリアルな視点なので、3D画面どころの騒ぎではない。
感覚で掴めるのは非常に助かる。
あと、ゲームが違うが、「いしの なかに いる」を避けることが出来るのは大きい。
死因が物体融合とか、ゾッとしないものである。
……怒ってギルドを飛び出した割に、随分余裕だなって?
この部分は後付だ。リアルタイムでこんな事考えながら激怒出来てたら、もう別の理由で医者に行かなきゃだろう。
え? 並列思考? そんな人いるの? 凄いね……。
ともあれ、この時の俺はもう本当に、感覚でテレポートを使ってたんだ。
目につく建物の屋根の上に飛び、建物の上から上を次々に渡っていく。
なるべく高く、なるべく遠くに。
こうして後付で文章を足さないと足りないほど、シンプルな思考で、淡々と。
ハッキリと脳裏に残っているその時の感情は、もう、あんまり言いたくないけれど。
――殺意。それだけだった。
数度のテレポートの果てに、俺は防壁の上からそれらを見下ろす。
そして、舌打ち。
何が20匹だ。
見る限り、その倍は居るように見える。
まあ、後から増えたのか。
忌々しいその獣共の群れの一角、何かを漁っている連中を……何を漁っているのかを見て理解した俺は、迷いなくそこに跳んだ。
ゲーム内でのモーションと少し違うが、俺は跳んだ先に居る獣をテレポートの勢いで弾いて怯ませ、無防備な胴体を魔踊舞刀で細切れに斬り飛ばす。
その一撃はスキルの上乗せこそ無いものの、手加減はしていない。
それだけで数体を巻き込み、纏めて肉片に変える。
こう見えて俺は、ゲーム内では曲がりなりにもレベル1250だ。
難易度ノーマルに出るかどうか程度の雑魚、相手になる訳が無い。
俺は続けざまにテレポートからの体当たりを、或いは蹴り――本来こんな挙動はないが、スキルの現地改修って事にしよう――を数度繰り返し、狼どもを文字通り蹴散らしながら、ある物をアイテムボックスを、その自動収集機能を駆使して拾い集めていた。
それは子供達の、無残な遺体。
食い散らかされ、バラバラにされているものしか無い、それらを。
狼どもの餌にくれてやるには、俺の度量は小さすぎる。
せめて、街の中で葬ることが出来るように。
あらかた集めた所で周囲の獣共を嫌がらせのようにデストレアで粉砕し、俺は上空経由で防壁の中へ戻る。
「貴様! いや、どうやって外へ出た⁉ どうやって戻った!」
お偉いさんらしい衛兵が、突然現れた俺に驚きつつ、駆け寄りながら怒鳴る。
それが、酷く癇に障った。
「うるせぇな。人の話もロクに聞かねぇクセに、質問の仕方も弁えねぇのかよ」
仮面は外してない筈だが、その衛兵は明らかに気圧された。
それすらも、気に入らない。
ビビって狼狽える位なら、絡んでくるんじゃねえよ。
「……子供の死体を回収してきた。今から広げる。手を集めて、弔う手配をしろ」
もう、丁寧に説明なんてする気分じゃない。
何か言っている衛兵を無視して、俺は地べたに遺体の欠片を並べていく。
酷く陰鬱な気分になるが、そのパーツの、どれとどれが組みなのか、「アイテム」として収容してしまった俺にはよく理解ってしまう。
その凄惨な遺体をそれぞれまとめ、地面に、判明した名前を魔法で刻んでいく。
デストレアを応用し、細く弱く、丁寧に。
震える指先を押さえつけるように、懸命に。
破壊の女神の指先に、全てを託したい衝動と闘いながら。
並べた遺体は12人分。
回収できた部位はまさしく断片で、それぞれが人1人を構成するには圧倒的に足りない。
「これが……」
衛兵達が息を呑むのが分る。
「犠牲者で、死体の部分が残ってた者だ。他に居たかもしれんが、回収できる死体はなかった……12人だ」
クレイグ・ノードン。
ケイン、姓なし。
アデラ・マーカス・ヘンリー……。
俺は、本来会った事もなく、名前すら知らないはずの子供達の死体の欠片を前に、簡単に説明するので精一杯だった。
そう、会ったことが無いから、「アイテム」として名前を知ることは出来ても顔は判らない。
これも、俺を含め、衛兵隊、冒険者ギルド、幾つもの重なったミスと油断が奪い去ったモノだ。
12人の名前を、俺は刻み込む。
「俺は昨日来たばかりの旅人だ。この街の人に、彼らを葬って欲しい」
感情を漏らさないように苦労しながら、俺はそこまでを告げて立ち上がり、背を向ける。
「お前が……昨日の魔獣の報告をしたという旅人か……?」
その背に、衛兵の声が貼り付く。
どんな顔で、お前は俺を呼び止めたんだ?
「……だったら何だ? 文句を言われる筋合いはないぞ」
振り返って顔を見たら殴りかかってしまいそうで、俺は姿勢を変えず、罅割れた声を絞り出す。
今は耐える。
直接的な仇は、今、その防壁の向こうに居るのだから。
「済まなかった。報告は聞いていた」
耳に滑り込む声に、一瞬、門の外の喧騒が遠退く。
反射的に、ワンドを強く握りしめる。
「……謝罪の相手が違うだろう。間違えるな」
それだけ言うと、俺は今度こそ、返事を待たずに防壁の上に跳んだ。
防壁の内側には、どうやら冒険者どもが雁首揃えて集まってきたようだった。
孤軍……文字通り、孤にして軍。




