日常はいつも昨日の続き
その決意は、潔くも愚かで。
1人で出れば、何も問題ない。
「どうにか逃げてこれた連中は、必要なものは手当を受けて、他は衛兵隊と共に北門で魔獣の侵入を防いでいるそうだ」
当然、その程度は出来ていて貰わなきゃ困る。
冒険者側は不意打ちを受けた格好だろうが、衛兵隊は、魔獣の情報を持っていた筈だ。
俺が、魔獣の死体まで見せて報告したんだ。
当然、備えはしていなければおかしい。
「門扉を閉じる事も視野に入ってるらしい、というか半分閉じてるそうだ」
だが、どうにも半端な対応に思える。
随分と、お粗末な対処じゃねェか?
情報を持っての、余裕の対応にはどうにも見えない。
しつこいが、昨日の時点で魔獣の出現報告は、間違いなくして有るのだ。
最初っから、防衛戦力を増強しておけば良かった話じゃねェのか?
昨日の今日で増員が間に合わなかったか?
それとも……。
「……昨日、衛兵の方にも報告した筈なんだが? 衛兵は俺の報告無視して遊んでやがったのか?」
声に殺意が乗るのを止められない。
ここで殺気を放った所で、何もならない。
誰も助けられない。
だが、それでも言わずに居られなかった。
「流れの旅人の話は信用出来なかったか? それとも、ただの旅人ごときに倒せたケモノを、舐めてたのか?」
誰も、ハンスすらも答えない。
「舐めて掛かった挙げ句、子供を見殺しか? 随分ご立派なモンだな?」
振り返った数人が、俺の姿を見てすぐに視線を逸らした。
「落ち着け。今から押し返す。ここにいる全員で――」
「うるせぇよ」
ハンスの言葉を、俺は断ち斬る。
「まともに働く気もねぇ部下を、事が起きるまで切る事も出来無かった馬鹿に、今更何が出来るんだ?」
苛つきが、どうあっても収まらない。
俺は左腰の剣を少し考えてアイテムボックスに放り込み、馴染みの短杖に持ち替えていた。
多分、この日最後の良心。
クライングオーガは、今の俺の気分に似合い過ぎて、手加減なんぞ出来やしない。
オールドワンズの魔法儀式剣を、移動用の短杖に持ち替えた、それだけで。
次いで軍服の左ポケットに収まる、非励起状態の魔力の印を確認すると、身を翻して単身出口へと歩き出す。
俺は失念していたが――スキル構成はほとんど深層領域に挑むそれ。
更にはパッシブスキルさえも気にする余裕をなくしていた。
短杖だけが場違いなほど、攻撃性を秘めていない。
俺はそれだけで――剣を仕舞っただけで確認を終わらせると、小さく息を吐いた。
大人は別に良い。
自己判断で、舐めて掛かったんだとしても自己責任だ。
死んだ所で同情すら無い。
俺自身にすら、それは当然のように適用される。
だが、子供は?
俺の報告を真剣に受け止めた大人が、止めるなりすれば良かったのではないのか?
俺が、もっと危機感を持って、外で見掛けたガキどもに声を掛ければ良かったんじゃないのか?
俺が街の外で警戒してたら、それで済んだんじゃないのか?
「これからするのは、タダの八つ当たりだ。ガキどもに注意喚起ひとつしなかったギルドと、まともに人の話も聞きゃしなかった衛兵どもと、ガキを殺した獣どもに、文句なんざ言わせねェ。巻き添えで死にたくなかったら、大人しくすっこんでろ」
自分でも理解るほど頭に血が昇った俺は、赤く染まりつつ有る視界の中で、思考はそれなりに冷酷だった。
冷静では無い。
普段通りなんて、とても言えない。
理解っているが、止める気もない。
背中に向けて言葉を発していた俺は入り口で一度止まると、肩越しに振り返り、仮面越しにハンスの目を見据える。
「副マスターさんよ。全部殺して戻ったら、キッチリ侘びてもらうぞ。俺にじゃねえ、顔も知らねェガキどもにだ」
それも含めて八つ当たり。
一番許せないのは、人任せにして安心しきった、俺の間抜けさ加減だ。
自己嫌悪を抱えつつそれだけ告げると、後はもう振り返らず、昼前にも一度出た北門へ向かって走った。
渦巻く殺意に押しつぶされそうだった。
ハンスは浮いた冷や汗を拭う。
成程、怒らせてはならない手合であることは間違い無いようだ。
「おい。おいハンスさんよ。良いのかよ、新人にあそこまで言わせてよ?」
見知ったベテラン冒険者、Aランクのグスタフが、ハンスの胸倉を掴んだままでせっつく。
「事実だ。それに、あの怒り様よ。お前、アレの前に立って止める自信あるか? 多分、ノーラッドより酷い目にあうぞ?」
多分、殺される事は無いだろうが。
生きてるだけ、と言う状態が、果たして幸運と言えるか判らない。
「冗談だろ。魔獣だってあんな殺気出しゃしねえだろうよ」
グスタフがハンスを解放しながら言うと、周りの冒険者も文句を言うのを辞めた。
街でも数少ないクランを纏めるこの男は、口は悪いが面倒見もよく、クランメンバーのみならず、他の冒険者にも一目置かれている。
そんな男が言うのだから、黙るしかなかったのだろう。
それに。
「それは良いんだよ。俺達だってなあ……! だから俺達も早く向かうべきだろうが!」
この男も、頭に血が登っていた。
リリスは子供が襲われたと聞いてから、明らかに殺気を押さえていなかった。
それは、グスタフも同じだったのだ。
昨日の魔獣出現の件を知り、昼から他の冒険者に注意する様に話して居た。
だが、グスタフがここに来る前に出た連中は、そもそも注意喚起すらされていない。
ここで昨日の魔獣の件を知った時には、彼は直ぐにハンスを呼びつけ、怒鳴り散らした程だ。
子供や駆け出しが危険な目に有っているというのに、なぜ昨日の今日で警告らしい警告を出さないんだと。
ハンスはハンスで、警告を出すように職員に指示を出していた。
ここで初めて、お互いの認識に齟齬が有ると発覚し、ハンスは職員を問い質した。
その後の顛末は既に話した通りである。
この一件で、ギルドは冒険者達の信用を少なからず失うだろう。
だが、それも仕方ない。
反省も後悔も、今はしている場合ではない。
今は兎も角全員で協力して、魔獣を追い払わねばならない。
「その通りだ。新人に遅れを取るな! ただし! 子供はここで待て!」
ハンスはハルバートを手に、大きくそれを突き上げながら声を張り、冒険者を鼓舞する。
「衛兵は街に獣を入れないように、門に張り付いて動けまい! 俺達が斬り込む!」
リリスの殺気に当てられて居た冒険者達が、ガチャガチャと音を立てて身支度を済ませ、今はそれぞれが怒りの火を内に灯して次々にギルドを飛び出していく。
「おう、ハンスさんよ。全部終わったら呼んでくれ。俺もあの嬢ちゃんに、説教されなきゃ気が済まねぇ」
グスタフは一抱えも有るような大剣を軽々と背負い、出口へ身体を向ける。
「ああ、ぜひ頼む。俺1人じゃあ、怖くて仕方ない」
割と軽口でも無い事を言いながら隣に立つハンスの背中を、グスタフのベテランらしい力強い平手が叩く。
こうして、冒険者ギルドからの戦力が、北門へ向かって駆け出していた。
伝播する怒り。だが1人、昏くそれを抱えたままで。




