真昼の落日
準備は淡々と。それで、充分か?
酒飲み組には手持ちの「ハクスラゲー印のポーション」を適当に、空いてるジョッキに注いで配る。
ホントにアルコールの分解に効果があるかはしらないけど、こういうのは気分だ。
子供組は酒飲んでないけど、なんかまあ、それも気分、的な?
ともあれ、顔を見合わせていた都合6人だったが、振る舞った俺が率先して飲んだのが効いているのか、割と迷いなく飲み干していた。
取り敢えず熊ハンスさんが出てきて指示を飛ばすだろう事が予想できたので、俺達は装備を確認しつつその登場を待つのだった。
――我ながら、呑気さに反吐が出る。
案の定、すぐに熊の化身、副マスターことハンスさんが皆の前に姿を現す。
「昼だと言うのに飲んだくれがそれなりに居るな? 結構結構」
流石にギルドの副マスター、魔獣が迫る中、流石の胆力。
っていうか、魔獣が何匹なのか判んないから、少なくとも俺は慌てようが無いのよね。
少年たちは不安そうで、カレンちゃんとティアちゃんは両側から俺の手を握っている。
うーん、かわいい……。
「魔獣の群れがこの街の外に陣取っているそうだ。北門の先、ほぼ真北からこちらへ南下して来たらしい。大森林から出てきたんだろうな」
ほうほう?
「北門ってのは?」
小声で、ティアちゃんに聞いてみる。
「今日、薬草取りに出た門です。昨日、魔獣が出たのも……」
なるほど、あっちが北ね。
全然意識してなかった、ちゃんと方角は覚えておこう。
しかし、昨日のあの狼が出た方か……。
昨日の魔獣も、その大森林とやらから出てきたんだろうか。
いや寧ろ、今日出てきてるのも同種なのか?
……アレがそのまま出てきたんだったら、正直全然怖くないんだが……。
折角、ゲームプレイ中には見なかった狼というか、4つ足系モンスターなのになぁ。
え? 居る? 森のハンター? えぇ? 他にも居た?
……いや全然記憶に無いんだけど……居たのか、4つ足。
無責任にどうでも良いことを考える俺を他所に、説明は続く。
「マトは大型の獣型、見た目は狼だが兎に角でかい、だそうだ」
衛兵から受けた報告を、そのまま俺達に伝えてくれているのだろう。
「数は、目測で20匹以上。薬草採りの新人と近場に出ていた日銭稼ぎが、相当数やられたらしい」
あまりにも淡々と続く報告だったので、普通にスルーしかけた。
は? 被害者……出てるの? ……ルーキー?
こんな感想だけでしばらく呆然としてしまった俺は、甘ちゃんで間抜けなのだと痛烈に思い知らされる。
そうだ。
昨日、ハンスくん、マシューくん、カレンちゃん、ティアちゃん……この子らが襲われて、俺が通りかからなければ危なかった、かも知れないのだ。
今日は俺達は、たまたま薬草採取を即終わらせて、昼過ぎには帰ってこれたから魔獣を見る事も無かった。
しかし、普通に採取してたら、60本なんて時間が掛かる。
「ハンスさんや」
俺は優しくティアちゃんとカレンちゃんの手を外し、2人に笑顔を向けてから前に向き直る。
顔を、見られないように。
それでもまっすぐに目を合わせるために仮面を外そうとした、その指に力が籠る。
「どうした、新人」
話の途中だと言うのに、ハンスさんは律儀に俺の声を拾ってくれる。
「聞きたいんだ。その魔獣ってのは、こうも度々街の近くまで来るもんなのか?」
離れた位置からとはいえ、その目が真っ直ぐ射抜くように、俺の目を捉える
何かを考えるように少し押し黙った後、ハンスさんは口を開いた。
「そうか、お前だったな。昨日、アレを倒したのは」
一度頷いて、ハンスさんは言葉を続ける。
「正直に言う。昨日今日報告された狼モドキは、初めて見るモノだ。昨日の段階ではその脅威度を疑問視する向きも有ったが、今日の被害規模を聞くと、厄介なモンだ」
疑問視、ね。
不快な苛つきが、小さな火種になって胸中に灯る。
まあ確かに、こんなチンチクリンな俺が、単身で倒せたんだ。
話を聞くだけだったら、大した魔獣じゃ無かったと思っても仕方がない。
なにせ、立場が違ったら、俺だってそう思っただろうから。
しかし、それでも昨日の時点で、魔獣出没の情報は衛兵や冒険者達の間で共有されていた筈だ。
軽くでも、注意喚起は出来なかったのか?
それが有るだけで、少しは違った筈だ。
勿論、それでも舐めて掛かる馬鹿は必ずいる。
特に、現物を見て相手した訳ではない他の連中は、俺より楽観視しててもおかしくない。
狼の魔獣と聞いても、それがバカでかいと聞いても。
「言っても、新人が1人で3匹殺ったんだろ? 余裕じゃねえかンなもん」
そう言って、鼻歌交じりに出かけて行くのが目に見える。
拳を固く握る。
どうしようも無く、苛つきが募る。
キッチリと情報が上がっていて、その上での話なら、と注釈は付くが。
俺と魔獣、どっちの実力も知らずに勝手な判断をしたのが、一端の冒険者だったら正直知ったこっちゃない。
情報の重要性も理解できないような自殺志願者を止めるほど俺は優しくないし、見掛けてもほっといたとは思う。
だが、そもそも注意喚起する立場の者が、それを怠っていたら?
若しくは、その情報を出す方が俺の報告を軽視して、舐めていたとしたら?
俺はどうするべきだ? どういう態度で居れば良い?
「被害はどんな程度なんだ?」
今だけは感情を押し殺して、冷静に問う。
他の冒険者達と連携して、被害を押さえてくれているかも知れない。
怒るにはまだ早い。
そう、自分に言い聞かせている俺の耳には、聞きたくなかった現実が流し込まれる。
「被害は、惨憺たるもんだ。近場に食肉用の獣を狩りに行っていた駆け出しや、子供を中心とした外壁付近の採取組は……全滅だそうだ」
左手を掴むカレンちゃんの手に、力が籠もる。
子供。カレンちゃん達と同じ、孤児院組なのだろうか?
親の手伝いをしたい、そんな市井の子供だろうか?
どっちでも良い。
どっちでも同じだ。
どっちだろうが、守るべき、これからを担うはずだった命だ。
「そもそも、俺が昨日報告した筈だよな? 俺も午前中に薬草採り受けて出たけど、その時も特に注意なんか受けなかった。こりゃどういう事なんだ?」
思わず漏れ出した俺の声は、まだ冷静で居てくれている。
内心は煮え始めているが、まだ、声だけは。
そう。思い返せば、俺は依頼を受ける時も、出かける直前でさえ。
魔獣が出たから注意してくれとか、そういう事を言われていない。
実は引っかかっていたのだが、昨日報告したのは俺だ。
だから、敢えて言わなかった可能性も有る。
知っている筈だから、と。
だが、そもそも誰も、そんな情報を渡されてなかったら?
注意すべき情報を持ってなかったら、普段どおりの単なる狩り、或いは薬草採りと同じ気分で出掛けるだろう。
そんな子供の犠牲は、本人の不注意と言えるのか?
「今朝、俺は訓示を出した。魔獣の出現報告が有った、些細な事でもいつもと違うことがあったら留意し、身の安全を守ることを第一とするように伝えろ、と」
ハンスは髭の下で口を歪め、拳を握りしめている。
俺と同じか。
押さえているのか。怒りを。
それは……誰に対しての怒りだ?
「その指示を、勝手に解除した馬鹿が居る」
ハンスの声が罅割れて聞こえた。
限界まで感情を押し殺しているのか。
聞いた俺の方が、怒りで聴覚がおかしくなったのか。
静かに煮えたぎり始めた俺の前で、ハンスもまた怒りを抱えて言葉を続ける。
「1人の受付役だ。面倒だし、魔獣なんてそうそう出ない、そう言って。俺にそう進言して、許可を得たと嘘までついてな。多少は不審に思ったらしいが、俺の許可が有るならと、他の受付もそれに従ったらしい」
続けられた言葉で、その内容で。
怒りに震えるのは俺とハンスだけでは無くなった。
冒険者の幾人かが、ある物は表情を消し、ある者は分かりやすく表情を憤怒に染めて。
「おかしいたぁ思ったんだよ。なんで昨日魔獣が出たって報告が有ったってのに、今日その警告が無ぇんだってな」
ベテラン風の冒険者が進み出ると、ハンスの胸倉を掴む。
「その巫山戯た受付、ここに連れて来い。どう責任取るつもりか、聞かせて貰いてぇもんだぜ!」
事と次第に依っては、タダで済ませない、そういう事だろう。
いや、あの怒り様では、そもそも言い訳をまともに聞くことが出来るかも怪しい。
俺も同じ心持ちだから、良く分かる。
或いは、俺のほうが少しばかり過激かもしれない。
何故なら、今の俺の内心はと言えば。
――顔を見た瞬間に、八つ裂きにしかねない。
その程度には、どす黒く凝っていた。
「そいつは今、別件で……ノーラッド絡みの不正で勾留中だ。近々、侯爵閣下の所へ送られる手筈だが」
ハンスはそこで、一度言葉を切る。
受付役の名前は出さなかったが、ノーラッド絡み、と聞いてピンと来た冒険者もかなりの数居るようだ。
直ぐ側に居るジェシカやタイラーの表情も厳しい物になっている。
ハンスは受付の名前は最後まで出さなかった。
冒険者は、あくまで、勝手に当たりを付けただけだ。
ハンスがそこで、居合わせた冒険者の、様々な怒りの相を、目に焼き付けるように見渡す。
一人ひとりの怒りを受け止めるかのように。
その目が、俺とぶつかって止まる。
「今回の件も、侯爵閣下に報告せねばならん。そいつは、いよいよ覚悟が必要な状況になった」
俺は表情を動かさず、静かに言葉を受け止める。
はン、覚悟が必要……ね。
随分と、上品な言い回しをしたもんだ。
受付が手を抜いて大惨事、街まで危険に晒した。
その責任を取って死罪。
今回の件だけじゃなく、色々やらかしてるらしい口ぶりだが、そんなこたぁどうだって良い。
罪には罰を、その原則は守ってると言いたいんだろうが、心底どうだって良い。
――馬鹿1人縊り殺した所で、子供達は帰って来やしない。
だが、腹の虫は収まらない。
収まる筈がない。
「……で、現状は?」
仮面を被り直しながら、手短に問う。
返事を待たずに左袖を捲くり上げると、暑さに外していた左腕のガントレットを再び纏う。
スキル構成がどうとかパッシブスキルのオンオフの確認だとか、正直そんな事を気にする心の余裕を、この時点で俺は無くしていた。
昨日の時点で色々外してあったが、場合によっては付け直すことも視野に収まってくる。
――結果から言えば、この時スキル構成を弄るような真似をしなくて、本当に良かったと思う。
地形がどうとか、周りの被害とか、知ったことか。
こんな心持ちだったから。
スキル構成を使い慣れた火力特化に戻していたら、俺は本当に、この街の破壊者に成り下がっていただろう。
この時点で、俺の行動指針は決まっていた。
背を押すのは、怒りか、後悔か。




