のどかな酒場の片隅で
良いように笑われる、酒の肴になる。こういう日常があっても良い。
「はぁ~。なんか大変な訳ねぇ」
隣のテーブルでヒトサマを思い切り、指差しまでして爆笑しやがった金髪美人冒険者のジェシカさんが、少年たちの1人、おとなしいマシューくんの話を聞いて思う所があったのか、その頭を撫でている。
どうでも良いが、年頃の男の子の頭を撫でるのはやめたげなさい。
結構恥ずかしいモンなのだよ。
「いえ、僕たち、どうせ成人したら孤児院を出なきゃいけなかったし、今から仕事するのも悪くないかなって」
割と、されるがままになっているマシューくん。
もしかしてアレか、君は年上のお姉さんが好きなのか。
……理解る、理解るぞー、その気持ち。
「んで? ジェシカはんはこの街長い訳?」
エールを呷りながら、絡み酒チックに俺は声を向ける。
というか、常温だっていうのに、エールってなんだ、美味いなコレ。
俺、ミードより好きかもしれん。
「長いっちゃ長いわね……もう1年か。色んなとこ見たって程生きてないけど、ここはいい街だと思うわ」
同じ様にエールを呷り、気持ちのいい笑顔で言い切る。
良い街……?
昨日からタチの悪い冒険者を結構見掛けたし何なら絡まれたし、衛兵にも絡まれてあんまり良い印象無いんだが……。
フツーはそんなモンなのだろうか。
疑問が尽きない、そんな俺です。
「お前は飲みすぎだ……全く」
ジェシカさんの隣で、真面目そうな金髪の青年、タイラーくんが苦々しげな顔で呟き、隣の相方に目を向ける。
タイラーって名前の割に、ちょいと真面目すぎやしませんかね?
コレでフルネームがジャスティ某とかだったら、爆笑する自信あるぞ。
「だってこの子達、面白いじゃない?」
「否定はしないが」
酔って居るのかゲラゲラ笑うジェシカさんに、冷静に応えるタイラーくん。
ていうか、否定しろや。
なんだ面白いって。
「タイラーくんもあれかい? ジェシカさんと一緒に流れてきたクチかい?」
俺だけが肴になるのも悔しいので、生贄を引きずり込もうと画策する。
こういうのは、寡黙だったりすると狙われやすかったりするのだ。
マシューくん、君も気をつけようね?
「タイラーくんって……。いや、俺はこの街の出だ。ジェシカとは出会って1年になる、のか?」
どういう訳か呆れの混ざった視線を俺に向けてから、タイラーくんは遠くを見て答える。
それは良いとして、その疑問形は俺には分からんて。
あと、微妙に失礼なワンクッションを挟む理由はあったのか?
ジェシカさんを見れば、にっかりと笑っている。
「そうそう、私がこの街に来てすぐ出会ったから、もう1年だね」
「ほうほう、その表情は、いい出会いだったみたいだねぇ?」
ジェシカさんの笑顔を視界の端に収めつつ、真っ直ぐタイラーくんを見てニヤついて見せる。
タイラーくんは表情を動かさないで、俺に戻した視線をさり気なく外す。
おー? 何だい初々しい反応じゃないのぉ?
完全なるオッサンモードでニヤニヤと、タイラーくんをイジる気満々な俺。
色々聞きたいことが有るよねぇ? ねぇタイラーくん?
「タイラーは料理が上手くてね、外食を減らせて助かるのよー」
ニコニコのジェシカさんは、上機嫌で口を開く。
「お前が無闇に外食をしたがるだけで、俺は普通だ。大して料理できる訳でもない」
対して、タイラーくんは冷静に応える。
うんうん、まだまだ序の口だもんねぇ。
イイヨイイヨー。
「掃除も得意だもんね。お部屋が綺麗で助かるわぁ」
おお、お掃除。
お部屋のお掃除する程の仲ですか。
いや、同じお部屋だから必然的にぃ?
ニコニコ顔のジェシカさんと、ニヤニヤヅラの俺。
心底鬱陶しそうなタイラーくん。
どう反応して良いのかわからない子供組。
ガヤガヤと喧しい此処、ギルド併設の酒場で、このテーブルだけ生暖かい空気が漂う。
「お前は散らかし過ぎだ。服を畳むくらいしろ」
おぉ?
タイラーくんの反撃。
それは同棲を認めたに等しいが、面白いからもうちょっと突っつこう。
「おやおや。下着なんかもタイラーくんが畳むのかね」
質問がもう、セクハラのオッサンそのものだが、これは酒の所為だ。
俺はあんまり悪くない。
いやぁ、酒って怖いね。
「そうだ」
だが、短く答え、タイラーくんは少し大きめの音と共に、木製のジョッキをテーブルに置く。
っていうか叩きつける。
あれ?
「コイツ、毎度毎度人の部屋に勝手に入ってきて、好き放題散らかしてるんだぞ? 自分の部屋に帰れと言っても、今日は部屋を取ってないとか平気で言う。信じられるか⁉」
あ、あれ? なんか風向きがおかしいぞぅ?
「毎回1人分で取ってた部屋に押しかけられて毎朝注意されつつ違約金払って、最近じゃ最初から2人分だ! 無駄な金を使っているのに、コイツは酔って帰ってくるわ宿代は払わないわ……!」
「お、おう」
ヒートアップするタイラーくんの勢いに押されきって困り果てる俺。
ジェシカさんはニコニコ顔でエールのお代わりである。
っていうか、ジェシカさんや、アンタ何してんの。
色んな意味で大物すぎるでしょ。
「大体お前は……!」
タイラーくんが俺への愚痴から、短いステップで本人への口撃に移ろうと、身体ごと向きを変える。
おー、言ったれ言ったれ。
そういうのは本人にキッチリ言わないとダメよ。
俺はジェシカさんには、そういうの効かない方に賭けるけどな。
だが、彼の文句が口から飛び出すより先に、ギルドの扉が荒々しく叩き開けられた。
反射的に視線を入り口に向けた俺達、いや、その場のほぼ全員の前で、その男は荒れた呼吸を強引に整え、そして声を発したのだ。
「魔獣が! 魔獣がこの街に現れた!」
俺を一時捕縛した衛兵と同じ装備のその男は、汗まみれの顔を拭おうともせず、それだけを叫ぶと、そのままカウンターへ向かい、案内係に率いられて奥へと向かって行く。
あの副マスターみたいな熊、ハンスさんと話をするのだろう。
魔獣、ねぇ。
随分と急なイベントじゃない?
俺はポーションを空になった自分のジョッキに注ぎ、残りを少年達と大人組に少しずつ分ける。
「酔い醒まし。これから仕事っぽいじゃない?」
言って、俺が率先して飲み干す。
子供組は酒なんて飲んでないが、まあ気分だ。
毒にも効くと思うから、アルコールも分解してくれるだろう。
勿論、試したことなんかないけどね!
この時の俺にはまだ、呑気に笑う余裕があったんだと……苦々しく思い出されるのだった。
日常は、ひび割れるからこそ尊いと知れる。




