途方に暮れながら
唐突な日常の終わり。何を見て、何が始まるのか。
……。
………。
…………。
青空を見上げながら、記憶を辿る。
何度か繰り返したが、結果は同じ。
ゲームを始める直前で、キレイに記憶が消えている、そんな俺です。
記憶が喪失してる訳ではなく、自分の名前も思い出せる。
井原圭介、27歳。
思い出しながら、草原に胡座をかいている。
丘から見えるのは、草原と、今いる丘の右手には馬車の轍がある土肌の道、左手には少し離れて広がる森。
何が有ってどういう経緯で、深夜に差し掛かる自宅から清々しい晴天の下、丘の上に佇んでいるのか。
どなたか是非お教え頂きたいものである。
これが異世界転生とか言う物か、などと埒も無い事を考えて1人苦笑する。
正解は恐らく、意識を失い見ている夢、といった所だろう。
自分が思っているよりも、疲れていたという事だろうか?
腕組みして思い返せば週末だし、それ以前に毎日残業だったし、忙しかったといえば忙しかった。
だが、倒れる程だったかと言えば、いつもの金曜日並でしかない。
というか、昨日今日の疲労で倒れたとかでは無いだろう。
日頃の疲労の蓄積という奴か。
驚きの能天気生物と自認していたが、どうやら人並みに疲れていたらしい。
……今、年齢って言ったやつ、反省文な?
それはさておき、目が醒めたらきっと朝だろう。
せっかくの土曜日だが、健康はあって当たり前のものではない。
素直に病院に行こう、そう心に決めて、俺は遅れ馳せで周囲を見渡す。
今はせっかくだし、夢を楽しむのも良いだろう。
胡座をかいたまま、両膝、と言うより両腿を叩いて、立ち上がりながら自分が左腕に甲冑を装着していることに気が付いた。
あー。こういうの好きだけどさ。
なんというか、夢の中で自分がこういう格好してるって、なんか恥ずかしいな。
普段からこういうの身に着けたいって思ってるって事だろうか。
照れ隠しに鼻を掻こうとして、指先が硬質な何かに触れる。
顔の前に、何かがある。
ソレに触れたのだ。
視界が普通に確保されていたので、気が付かなかった。
何かを……仮面? ヘルメット? を被っている。
夢の中とは言え、混乱しつつ手探りでソレを外す。
何故か手慣れているのが気になるような助かるような、そんな微妙な気分で外したソレを確認する。
のっぺりとした、見た目は金属製のマスク一体型のヘルメット。
いや、ヘルメットと言うには、頭頂部が開いている。
それは、まるで防御を考えて居ないような、そんな代物。
実際にはメインが仮面部分で、ソレを固定するために曲線を描く金属板が側頭部から後頭部までを覆っている、と言うだけのシンプルなモノ。
それは、まるで頭頂部寄りにまとめたポニーテールが邪魔にならないように配慮されているかのようで。
いや。
いやいやいや。
不審なのは、とても外が見えるような造りにはなっていないにも関わらず――実際、こうして手に持ち、しつこく眺めてみても、向こうが透けて見えるわけではないと言うのに――先程はこんな物を被っていると気付かないほど視界がクリアだった。
それに、この、ファンタジー臭漂う世界の中で、あまりにもシンプルなこのデザイン、というかいっそ不気味なほどのっぺりとした仮面には見覚えが有る。
いやぁ、俺、こういうの嫌いじゃないけどさ、ねぇ?
……いや、目を逸らすのはよそう。
コレは、俺が、ゲームでの愛用キャラに装備させている愛用の頭部装備。
そいつの、見た目を変更させてある物――所謂「見た目装備」って奴だ。
恐る恐る、俺は視線を下げる。
夢だと気付いてから自分の身体の確認などしなかったので、どういう格好なのか気にもしていなかった。
しかし、ヘルメットというか、仮面を見て、その正体に気付いた以上……確認しない訳には行かなくなったのだ。
そこに有ったのは、いつもとは違う視点……主観視点で見る、見た目を変えた……。
ゲーム内での最近イチオシの愛用装備。
実装されて即課金した、およそゲームの世界観にはそぐわない、軍服風コスそのものだった。
正直に言おう。
まず、俺はライト層、所謂エンジョイ勢だ。
言うほどガチガチなビルド――装備だけではなく、スキルセットや潜在能力も含めた構成――なんかじゃない。
というか「エンシェント」ランクの装備さえ揃えればそこそこ火力が出せると言うのが気に入り、基本となるその装備に手を出したのだ。
ちなみにエンシェント装備がゲーム内では上から2番目の等級だったりする。
そうこうしている内に愛用装備に奇跡の上方修正が入り、大幅に火力が上昇した。
武器とサブ武装をあわせて全身13箇所にも及ぶ装備箇所、その全てをエンシェント品に出来れば、驚異的な火力の向上が見込める。
その倍率、なんとおよそ9000%。狂気の数値である。
まあ、他のガチ系装備はもっとヤバい――条件付きとは言え14000%とかだったりする――ので、俺の装備ではなんとか深層領域……エンドコンテンツで戦えるっていうレベルでしか無い。
しかし、戦える、挑めるのは大きい。
この時点からちょっとビルドを意識し始め、ただのエンシェント装備ではなく、自分が欲しい性能とスキルを持つ装備を集め始めた。
深層領域に毎夜狂ったように入り浸り、エンシェントや、いくつかの最高位グレード……オールドワンズを入手して。
思えば、ゲーム内の俺的快進撃は其処から勢いを増した。
深層領域に潜るのが楽しくなり、ソロだと言うのに90階層を余裕で超え、オールドワンズ装備を手にする機会も比較的増えて。
装備の吟味を行い、装備の補正をあーだこうだと(ゲーム内のルールに則って。チートじゃないよ?)弄くり。
気が付けば、俺好みのお気楽探索装備が完成していた。
具体的に言えば、ボタンひとつで2つのスキルと2つの追加攻撃、都合4種の攻撃が発動する、お手軽ジェノサイドセット。
操作が簡単である、と言うのがキモだ。
咄嗟に慌ててミスる、なんて言う事故が減るし、なんと言っても最大4重攻撃は火力もそれなりに高いので安心できる。
ああ、強くなったもんだ。
そして此処まで長かった。
おいちゃん――でもまだ27歳――、なんか泣けてきちゃう。
はっとして、冷静になる。
今は自分の装備状況に酔っている場合ではない。
短時間反省すると、俺は自分がどういう状態かが気になり、恐る恐る――いつもの様に――ステータスを確認する。
手元に馴染んだコントローラーが有る訳ではないが、装備を確認したいと思ったときには、それは目の前に浮かび上がった。
間違いない。
そして、これが夢であることもまた、間違いなさそうだ。
夢という事は、目の前の情報は俺の記憶から引っ張ってきてるものだろう。
装備名やその説明まで細かく覚えていて、ご丁寧にゲームで見慣れたステータス画面になっている事実に自分で引くが、これは。
これは間違いなく、ゲーム内で俺が装備していた物たち。
そして肝心の身体は。
俺はステータス画面を消し、改めて、観念して自分の身体を見下ろす。
そうして、俺はしばし言葉を失うのだった。
見下ろした先、そこにあるのは見慣れた身体の筈ですが。




