幸福の地で
鼻の下を伸ばして、えり好みしている場合でもない。
「はーいお待たせしました。ごめんなさい、今責任者がちょっと手を離せないものでして」
ありゃ。
お偉いさんは忙しいらしいが、さっきの受付のお姉さんまで別のお姉さんに変わってしまった。
イジメすぎたかも知れんが、まあ、良いか。
アイツ、なんか嫌いだったし。
「あ、こちらこそ急に来てしまって。なんかすみませんね」
このお姉さんはなんか丁寧だから、ついこちらも丁寧に返してしまう。
やっぱり、のっけから挨拶ナシの頭ごなしは良くないよ、うん。
お姉さんはきょとんとした後、愛想笑いで答えてくれる。
うーん、可愛い系の大人なお姉さんだ。良いなあ。
「実は依頼請けようと思ったんだけど、その前に相談したいことが有って」
俺がちょっと情けない顔をすると、お姉さんは不思議そうに首を傾げる。
あーもう、可愛いなあ。
「ご相談、ですか? 一度、私が伺ってもよろしいです?」
小首を傾げながら、お姉さんは相談に乗ってくれるらしい。
受付のお姉さんに話して、ここで解決する問題なら良いんだけど。
いやね、俺の持ってる金貨、使えないかなーってね?
だって無駄に50億枚もあるんだよ?
そのまま使えなくても、金として売れたりしないか聞きたかったんだ。
流石に50億枚出すような真似はしないけど、でも売るとなったらそれなりの数を出すことになるし、そうなるとそれなりに信用出来る所じゃなきゃ無理だろ。
とは言え、そもそも冒険者ギルドで買取して貰える訳でも無いだろうし、素直に相談して、上の人に繋いでもらうなりした方が良いか。
何処か、換金出来る店を紹介してもらえるかも知れないしな。
そんな魂胆で、俺は懐から金貨を3枚取り出す。
「これなんだけど、この辺でこの金貨、使えますか?」
俺が机に置いた金貨を見て、そして手にとってしげしげと眺めるお姉さん。
あんまり驚いたりしてないのは、それどっちですか?
見慣れた金貨だから?
見慣れないからピンと来てない?
なんだかハラハラする俺に、お姉さんは事も無げに言う。
「はい、大金ですが、この辺りで出回っている金貨で間違いないです。でもこれがどうしたんです?」
「……んにゃ」
おっと、確率が低いと思ってた方に当たったねぇ。思わず変な声が漏れちゃったよ。
ゲーム内の金貨だから、こっちで使えるか不明だったんだが、金で有るなら売れるかも知れない。
そう思ってカマ掛けつつ相談しようと思ったんだが、普通に流通しているのと同じ金貨らしい。
それはそれで、一体どうなっているのか……。
都合が良すぎるのは、俺の見ている夢の続き、っていう可能性が跳ね上がってすごくイヤな感じなのだが……。
「いや、先日故郷の金貨を商人に両替して貰ったんですが、金貨は中々使う機会がないですから……。なんだか日が経つに連れて不安になってきて。騙されてたらどうしようって」
取り敢えず、こういう場合のために考えていた台詞を口にする。
とは言え、ホントにこの台詞を使うことになるなんて思ってなかった。
「あー、そう言う……旅人さんなんでしたっけ?」
お姉さんは困ったように笑う。
「ええ、冒険者というのも知らなかったんですよ。田舎の、小麦を作るばかりの村の出でして」
「あらあら、それはまた随分遠くから」
2人で笑う。
なんか良いなあ。
絶対、単なる接客スマイルなんだけどな!
「じゃあ、お金の心配は当面ないんですが……折角ですし、依頼を受けてみようかな」
当面と言うか、物価次第じゃあ俺、働かなくても生活できる予感がする。
しかし、冒険者になったのに依頼受けないとか無いだろう。
……良く理解らんけど。
「なるほど、良いですね。今まで依頼を受けて頂いたことは無いんですよね? でしたら……」
俺が軽い気持ちで言った事に、お姉さんはすんなり頷くと、低ランク用の依頼依頼書を幾つか提示してくれた。
何しろ俺は登録したばかりの、低ランク冒険者なのだから。
それぞれの難易度、危険度と報酬など、色々教えてくれる。
愛想よく話を聞いて貰えるだけで、こんなにもスムーズに進む。
笑顔って、大事だね。
そんな事をしみじみ思う、いつもの俺です。
ハンスは報告を聞きながら、バカバカしさにまたしても溜息を吐く。
「じゃ、何か? 商人に騙されてるかも知れないからって、金貨が使えるか確認しに来たと?」
今まで聞いた事が無い、などと言う事はない。
珍しくは有るが、前例がある事だ。
他国からの旅人が騙されてゴミを掴まされる、なども。
疑わしく思うのも当然とは言える。
行動が多少遅い気がしなくも無いが。
「はい。話し方もどちらかと言えば丁寧でした。アレですね、礼には礼を、無礼には無礼を返すっていう、そんな感じです」
アマンダは見事にやってくれた。
問題児が絡んだとは言え、いきなりノーラッドの腕を切り飛ばす様な奴だ。
宥めて適当に話を聞き、自分に繋いでくれれば良い、そう思っていたが、和やかに話を聞き、最終的には薬草採りの仕事を斡旋したと言う。
いや、アマンダが見事と言うよりは、ラウラやノーラッドが相手を見下し、舐め過ぎたのだろう。
「と言う訳で、実は私も昨日の騒ぎは見てたんですが、話した感じはそんなに悪い人じゃないと思いますよ?」
アマンダの言葉に、ハンスは意外そうな目を向ける。
だが、考えてみればアマンダは受付としてそれなりに長く、見て判断出来ても不思議は無い、そう思い直す。
「昨日も、ノーラッドさんには一応警告して、その上で、でしたから」
警告の仕方が、雑でしたけどねー。
そう付け足して笑うアマンダ。
「ただ……」
不意に、そのアマンダの笑みが消える。
「どうやってあんな細切れにしたのか、判りませんけどね。私の目には、1回剣を振っただけにしか見えませんでした」
ハンスは頷く。
「……1回振っただけで、肉を細切れにし、同時に切断面を氷結させた、か。剣技の速度も異常だが、発動に詠唱どころか起動ワードすら無かった。あれは武技か、或いは……」
ハンス自身は見ては居ないが、居合わせた職員や冒険者の話を総合した報告は受けている。
剣の軌道と合わない、一瞬で咲くように広がった剣閃。
細切れにされ、凍りついた腕の残骸。
それは、まるで魔法。
もしくは、ただの無詠唱魔法を活用した、噂の『鴉』――王宮掃除番――の秘技、とやらなのか。
ハンスは想像の翼を畳む。
もしもそうであったなら、2人の悪事は王都どころか王宮まで届いていた事になる。
その上で、ハンスにも上司であるギルマスにも何の話もない、と言う事は。
黙って「仕事」をしろ、そういう事なのだろう。
「まあ、問題さえ起こさなきゃ、な?」
ハンスは自分に言い聞かせるように言うと、何となく天井を見上げる。
もうじき衛兵が来る。
せめて今日は、これ以上の揉め事は勘弁して欲しい心境だった。
想像しすぎて、過剰に警戒する必要もない。




