冒険者ギルドの流儀
主人公は不在です。
Aランク冒険者は、往々にして街の誉れとして扱われる。
ちょっとした英雄という奴だ。
実力も問われるし、そうそう簡単に成れるものでも無いので、絶対数が少ない。
そのAランク冒険者に認定されているとなれば、一目も二目も置かれようというものである。
さらに、そのAランク冒険者に気に入られ、専属に指名された受付は箔がつく。
Aランクの冒険者を指名で雇いたい者はそれなりに居るし、指名依頼を受けるのは冒険者が信頼を受けている証。
それを繋ぐ受付役もまた、ある種ギルドの顔へと成り上がるのだ。
「そのノーラッドの指名依頼が、最近ギルドを通さずに請けられているんだが、何か知らんか? なあラウラ」
勢い込んでノーラッドの肩を持っていたラウラが押し黙る。
「表立って依頼を請けたような記録は半年は無いのに、お前からは定期的にそこそこの依頼の達成が報告されている。おかしな話だな?」
右手を軽く上げ、その動作で職員が数名動く。
2人が出口脇に構え、逃走を防ぐ。
更に2人が、ラウラの両側に立つ。
ギルドマスター不在の中で、タイミングを測ってはいたが……思ったよりも早い。
泳がせるにも限界がある。これ以上はこの馬鹿を受付に立たせる訳にはいかない。
冒険者ギルドの沽券に関わるのだから。
それに、早すぎると言う事も無い。
元より、ギルドマスターからの命令も出ているのだ。
ラウラかノーラッドが次に問題を起こしたら、直ちに拘束せよ、と。
「細かく全部調べたが、そもそもあいつが請けたような仕事の依頼はどこを調べても無いんだ。不思議なモンだな?」
ラウラの両側に立った職員の1人が、わざとらしく書類の束をハンスに手渡す。
書類の一番上は表題らしく、「ノーラッド及び共謀のギルド職員の不正の証拠資料」の文字。
それがラウラにも見えるように、ゆっくりとハンスは受け取る。
「そ、そんなの言いがかりです! 彼は、彼はこの街の英雄で、依頼もちゃんと達成して……!」
「その実績に疑問符が付いてるんだよ、ノーラッド専属受付さんよ」
ラウラが真っ青な顔で釈明というか、勢いで言えば逆弾劾を試みようと口を開く。
しかしその鼻先を、ハンスの静かな声が押さえつける。
「アルミールの山麓では、大型のフォレストボアの討伐だったか? 一月前の依頼だな」
紙束を捲り、比較的最近の「仕事」の記録を見る。
「おかしいな? 確認に人を走らせたんだが、あの村じゃあここ半年程、そんな魔物が出たことなんて無いそうだ」
手元の資料から顔を上げ、まっすぐにラウラの目を見据える。
「そんな筈はないです! ちゃんと依頼があって、報告も正しいものです!」
そう答えるものの、ハンスの視線から逃れようと視線が左右に泳ぐ。
「その依頼主に話を聞きに行かせたんだが、そんな名前の住人が居なかったそうだ。仕方ないから村長に話を聞けば、そんな依頼、誰も出してないそうだ。そもそも指名でAランクを呼べるような金なんか無い、そうも言っていたらしいぞ?」
ラウラの左隣の職員が頷き、口を開く。
下らないことで、あちこち走らされたのだ。
ギルドの面汚しを糾弾する瞬間を、今か今かと待っていたのだろう。
「念の為に、村の人間、噂好きそうな子供にまで聞きましたがね。そもそもフォレストボアなんて出てないし、Aランクの冒険者なんかが村に来た事も無いそうですよ。同じ頃、東の冒険者崩れ共と酒盛りしていた、そんな証言もありましたね」
だから、ハンスに報告する体でラウラの言葉の逃げ道を塞ぐ職員の声には、口調に反して薄っすらと棘が滲んでいる。
「指名の依頼となれば結構な額だ。Aランクとなれば尚更だが、その資金は何処から出たんだろうな?」
アルミールの山麓の村だけではなく、定期的に、ご丁寧に移動に馬車で半日以上掛かる村からの依頼を請けた記録が並んでいる。
その全ての村で確認を行ったが、該当時期に依頼を出した所は無かった。
だが、ノーラッドの手には報酬が渡り、ラウラにも仲介料が流れている。
「それに、とある筋からな? 最近は受付で指名依頼を請け負うかどうかを決めるのか、と、問い合わせまであってはな。調べない訳にはいかんのだ」
ハンスの目が鋭くなる。
本当なら2~3日後に、ギルドマスターと一緒にノーラッドとラウラに処分を伝え、衛兵に突き出し、そのまま領都まで護送される予定だったのだ。
証拠も固まっている以上、些か予定が早まったが、変更ではない。
「そんな、そんなの言いがかりです! 誰ですか、そんな事を言っているのは! ギルド職員である、私に対する侮辱です!」
強がっているようだが、顔色は悪い。
元々気が弱く、気の荒い冒険者に手を焼く性格。
そのクセ思ったことをそのまま言ってしまう性分も災いし、冒険者からの人気はゼロに等しく、依頼受付達成率がこのギルドでダントツに低かった。
受付達成率は、受付役が冒険者の技量に応じて振り分けた仕事が、どの程度達成されたかを示す数字である。
冒険者は勿論自分の意志で依頼を選べるが、受付役がその冒険者のギルドカードの情報から依頼の適性を確認し、場合によっては冒険者に別の依頼を勧める。
実力不足等の原因で無駄に命を散らす事を失くすべく施行されているシステムだ。
ただでさえ冒険者に対する態度が悪く、更には嫌われ者のノーラッドとつるんでいる、上から目線の受付役。
そう目されていたラウラが居る受付には、普段から人が寄り付く事は殆どない。
知らずに訪れた冒険者は手柄を焦ったラウラに無理な依頼を押し付けられ、当然のように依頼失敗する者が続出し、彼女自身の受付達成率も低迷する。
普通に考えて大問題だが、冒険者間の噂は目立つところではノーラッドに睨まれ、ギルド本部への報告はラウラ自身によって誤魔化され、今まで露見が遅れていた。
その受付達成率を誤魔化すために有りもしない「ノーラッドへの指名依頼」をでっち上げ、点数を水増しする。
当然冒険者としても職員としても規約違反なのだが、素直に報告してしまえば彼女の成績は「0」だ。
少し考えればマズイことを繰り返していると解りそうなものだが、焦っていた彼女にとって悪いのは常に周囲であり、依頼を失敗する冒険者だった。
「言いがかりか。ならば申し開きは、ファルマン侯爵閣下に直接言ってくれ。冒険者ギルドでは、不正を行った職員を庇う事は出来ん」
ハンスはズバリと現状を突きつける。
この地方を治める領主の名がチラついた事で、ラウラの顔色が一層悪くなる。
突然の事――ラウラにしてみれば――に、咄嗟に返事ができず、過呼吸のように短いセンテンスを繰り返してしまう。
「侯爵閣下の使いに、随分横柄だったらしいな? 俺もマスターもそんな話聞いてないから、釈明も数日掛かりだ」
実際には釈明ではなく、ただ只管頭を下げた。
単なる冒険者の依頼失敗なら事情の説明のしようも有るが、受付が領主の持ってきた依頼を門前払い。
挙げ句、「Aランクの冒険者の請ける依頼は私が決めます」と啖呵を切ってみせたと聞けば、平身低頭謝罪し倒すより他に、身の振りようが無い。
大方、ギルドにその依頼を流す前に、その内容を勝手に確認したのだろう。
ギルドマスターと、副ギルドマスターであるハンスが精査し、前もって領主様に渡していた、これ見よがしに危険な依頼。
その内容を見たラウラは、それをギルド側に届けること無く断り、突き返したのだ。
愚かにも、誰の依頼かを確認もせずに。
彼女だけが知るノーラッドの本当の実力では、その依頼の達成は絶対に不可能だったのだから。
多分そうなるだろうとは、思っていた。ハンスは深く息を吐く。
だから、後日ノーラッドとラウラを呼び出し、ハンスかギルマスが直々にこの依頼を押しつけ、現地に向かわせる算段まで付けていた。
監視付きで、である。
「実はノーラッドとお前の不正の調査はとっくに終わっていて、近日中に捕縛、拘禁の予定だった」
言いながら、ハンスはデスクの抽斗から、この地方の領主のものに加え、ギルドマスターと自分の署名も入った命令書をラウラに見せる。
それは、ノーラッドが反抗し暴れた場合に取り出すか、依頼現場へ向かう途中で逃走しようとしたら――十中八九そうなったと読んでいるが――取り出す予定だったもの。
今はギルマスが不在の為、自分が代理で預かっている、ただそれだけの筈だったのだが。
それは今、ギルドマスターの、いや、領主からの命令として、効力を発揮する事になってしまった。
「これが、お前たち2人の捕縛命令書だ」
ヘナヘナと崩れ落ちるラウラから視線を外し、ハンスは事務所内を見回す。
ハンスの視線を請けた職員2人がラウラの腕を両側から引いて立たせると、そのまま奥へと消える。
それを見送りながら、ハンスは目のあった、今手の空いていそうな受付役に声を向けた。
「アマンダ、受付へ行って貰えるか? 気の強いお嬢さんがお待ちらしいから、それなりに丁寧にな。用件を聞いて、なんならすぐ俺に繋いで構わん」
直ぐに自分に繋げと言うのなら、最初から出れば良さそうなものだが、そこは冒険者ギルドとしての威厳が有る。
軽々しく頭か、それに近い位置に居る人間がホイホイと受付に立つ訳にはいかない。
建前では有るが。
「はーい。なんだかひとりで待たされてるなあ、って思ったんですが、そんなに待たせちゃってるんですね? すぐに行ってきまーす」
急に話を振られた女性、受付役のアマンダはたまたま顔を出しただけだったが、仕事を抱えていた訳でもなく、急な仕事を厭うことも無かった。
素直な返事で頷くと、直ぐに受付へと戻る。
先程のラウラと冒険者のやり取りを見ていたので、少なくとも誰を待たせているかは判っている様子だ。
ハンスは、本来はギルドマスターが居る時にやらせたかった衛兵への連絡の為に部下を走らせ、ラウラを押し込んだ商談用の小部屋に見張りを立たせ、一段と深い溜息を吐いた。
冒険者ギルドの問題児2名が昨日今日と連続で怒らせた新人冒険者。
……まあ、アマンダなら大丈夫だろう。
そこそこ人気のアマンダなら、上手いこと機嫌をとってくれるだろう。
それはそれとして、自分が出る事にはなるかも知れない。
いくら機嫌をとるとは言っても、一度は怒らせている相手だ。
ハンスは手早く今抱えている仕事を確認する。
幸いと言うべきか、急ぎの仕事は無く、今なら身軽に動けるタイミングだった。
それでも自分が率先して窓口に向かわなかったのは、厄介事が片付いたとは言え気分が悪く、冒険者相手に話を聞くのが億劫だったからだ。
主人公は帰って来ませんでした。




