受付を待ちながら
昼から飲む酒は美味い。
意識不明で見ている夢なのか異世界に迷い込んだのか。
判断が付かないのでこの際、青空の下、昼間っから屋台の串焼きと蜂蜜酒を頂いております。
ミードって初めて飲んだけど、なんか薄くね? 思った程甘くないんだけど?
こんな俺だけど、これ、騙されてるとか無いよね? おいハゲ、こっち見ろ。
宿を出てすぐ、真っ直ぐに屋台で酒を煽ってから、俺は冒険者ギルドに踏み込んだ。
居合わせた数人の冒険者に青い顔で道を譲られつつカウンターへ向かう。
なんだどうした?
俺、今日はなんもしてないよ?
「あの、あまり問題を起こされては困ります」
カウンターに着くなり恐る恐ると言った感じで苦言を頂く。
だから俺は今日は……って、放っといたらこの件何回やることになるんだ。
何となく苛つく気分で、俺は見せ掛けの礼儀を放り投げることに決めた。
「駆け出しの冒険者や子供に凄んで見せるのが模範的な冒険者の姿って意味か? なら、俺も今後はそう振る舞うが?」
昨日の話だったらアレは、降り掛かる火の粉を払っただけなんだけど?
そう言いながら、これ見よがしに左腰の剣の柄に手を掛ける。
「い、いえ、そういう事ではなく」
カウンターのお姉さんは可哀想なくらい萎縮して、慌てて否定する。
だが俺はちょっぴりムカついたので許してあげない。
接客の基本がなってないのはダメだ。
俺も接客とか電話対応とか、苦手だったけどな!
「んじゃ、どういう事かな? 俺は売られた喧嘩を買っただけなんだが、喧嘩を売ったほうはお咎めなしなのか? 俺だけ頭ごなしに言われるのも、なかなか気分が悪いんだが?」
意地悪く剣の柄を指先でコツコツと叩きながらニッコリと微笑み、厭味ったらしく言う。
うわーい、もう、完全な八つ当たりだ。
それは自分でも判るが、先に妙な難癖を塗りつけてきたのは向こうだ。
八つ当たりだと理解ってるが、この際だ、言っちゃえ。
「あ、あの、ええと」
受付お姉さんは、厄介者を完全に怒らせたとでも思ったのか、真っ青である。
……流石に可哀想だな。
泣きそうになっちゃってるし。
「……もう良いよ、これじゃ俺が弱いものイジメしてる様にしか見えねェ。昨日のクズのマネしたって、面白くもねェからな」
俺は仮面を外しながら、この件は御仕舞と告げる。
いや、日が高いのも有って、日中は暑いのよ、この仮面さん。
受付のお姉さんは俺の顔を見て更に顔色を青くしているが、なんだ?
そんなにマズいツラだったかな……自分で言うのも何だが目つきも元よりはだいぶマイルドだったし、かなり可愛いと思うんだが……。
中身が俺じゃなければだけどな!
「ちょっと真面目な話があるんだ。それなりに偉い人、手が空いてないかな?」
そんな事は置いといて、俺は用件を済ましたい。
だけど、このお姉さんには話したくない。
端的に言えば気に入らないという、大人が使っちゃいけない理由。
いけないのだが、夢だかなんだか理解らない世界で常識を云々するのも、時と場合に依るのだ。
面と向かって「お前じゃ話にならない」と言われた方は堪ったもんじゃないよな。
そうは思いながら反省の「ハ」の字も無い俺は、ちょっと真面目な顔でお姉さんを真っ直ぐ見る。
はよ呼んでこい、と。
お姉さんは「お待ち下さい」と言ってから、椅子とか棚とか色々ぶつかりながら、奥へと消えていった。
「ハンスさん!」
午前中の冒険者ギルドは意外と忙しい。
朝イチで依頼を受けて、準備を整えて出かけ、或いは日を跨いだ仕事を終えた連中が、なるべく早く戻って酒にありつきたい。
そういった冒険者達で、朝から冒険者ギルドは活気に溢れる。
ギルドの受付も、冒険者の実力が依頼に合っているか確認したり、任せられる仕事を吟味したり、仕事終わりの確認と討伐部位や場合によっては採取や剥ぎ取りの物品の査定の間口の手配をしたりと、嵐のような忙しさに見舞われる。
そんな受付ラッシュが漸く収まりを見せ始めた時間。
副ギルドマスターのハンスは整えた髭を擦りながら昼食について熟考していた。
こないだの肉巻きパン、ありゃあダメだったな。
味がどうの以前に、手がベタついて食い難いったら無かった。
オリバー自体は気の良い奴だし、あー言う突発的な思いつきメニューを出さなければ、腕も悪くは無いのに……。
1番の問題は、その思いつきメニューが多すぎて、マトモなメニューを探すのが手間だという事か。
止せば良いのに珍妙な名前を付けている料理も少なくない為、より一層作業が面倒くさい。
いつの間にか思考が昼食から屋台の主への心配、そこから進んで愚痴に変わっている。
「あ? どうした血相変えて。オリバーの屋台が吹っ飛びでもしたか?」
そうだったら昼飯が食えなくなるな。
面白くもなさそうに考えるハンスに、駆け込んできた受付役のラウラは青い顔のままで告げる。
「あの、昨日の、例の冒険者が……」
「うん?」
すぐには思い出せないが、受付役が顔色を悪くする相手。
何が有ったのか、詳しく聞いてみる事にして、ハンスはその熊のような大きな身体をデスクに据え直した。
「……あー、なんだ。お前、そんな事言ったのか?」
ハンスは溜息混じりに言うと、額を抑える。
このトラブルメーカーは、何度目だ?
気が付くと冒険者を怒らせ、こうして事務所に駆け込んでくる。
とうとうつい先日には、怒らせてはいけない相手を怒らせた。
その上に不正まで発覚した。
その件も話をしなければいけないのだが、先週からギルドマスターがまさにその件で出かけているので保留中である。
「ですが、問題を起こした新人の冒険者ですよ⁉ 今だって、仮面を外して睨みながら……!」
自分こそがトラブルを引き起こしているとは微塵も思っていないラウラは、熱く力説する。
そう思うのならこっちに逃げてこないで、受付で追い返せばいいのに、毎回ビビって逃げてくる。
いや、出来ないのは、相手が悪くないと知っているからか?
ハンスはもう一度溜息を吐くと、ラウラに真っ直ぐ目を向ける。
「昨日の件なら、あれは調子に乗ったノーラッドが悪いと言っただろうが」
Aランクにギリギリでぶら下がっていた、悪たれノーラッド。
でかい図体と馬鹿力で近所の鼻つまみ者ナンバーワンだったが、昨日登録したばかりの駆け出しに、いつものようにちょっかいを掛けて返り討ちにあい、利き腕を失くして引退となった。
元より不正でAランクになったと噂のバカで、ハンスが何度注意しても態度を改めなかったそのツケが、重めに降りかかってきた訳だ。
しかも不正の噂は事実であったため、ギルドマスターとも協議の上、近々冒険者登録を抹消し、領主様の前に突き出して沙汰を下して頂く予定だったのだ。
……協力者も共に。
「ノーラッドさんは、この街の数少ないAランク冒険者だったんですよ⁉」
妙にノーラッドに肩入れするラウラ。
ハンスは溜息しか出ない。
「Aランクねぇ……」
彼女は知らない。
彼女が不正でノーラッドの冒険者昇格書類を偽造したことが、既にバレていることを。
そして、そのノーラッドの冒険者登録の抹消と同時に、彼女もまた、不正を理由に解雇される予定である事を。
寧ろ、解雇後の処分まで話が進んでいる――ノーラッド共々、労働奴隷となる予定である――事を。
なんか、随分と呼び出すのに時間かかってね?
冒険者ギルドの裏側で何が起こっているのか、そんなモン知る由もない俺は、呑気な顔を仮面で隠すか、少しばかり思い悩むのだった。
気楽なのは、本人のみ。




