さめて、ひとり
気を緩めるべきではない。敵はひとりとは限らない。
10分程度殴られてみたが、一向に俺の障壁が割れる様子はない。
……なんだこれ?
「く、クソッ! 卑怯者め……!」
10分間の全力攻撃で、息も絶え絶えに毒づいてくる。
「ハッ。こちとらしがない非力なウィザードだ。この程度の芸当も出来ねェで、旅なぞ出来やしないだろう?」
鼻につくように答えてみせるものの、内心で言えば。
なんだか可哀想になってきた、そんな俺です。
悪いのはAランクのくせに三下感溢れるムーヴで、べったりと人様の癇に障って見せたこのゴリラだ。
なのだが、いい加減弱い者イジメしてる気分がいい感じに加速して、どうにもこうにも居心地が悪い。
「もう良いよ。飽きたし、お前の実力も理解ったし、可哀想だし。これ以上いちいち突っかかって来るような事が無ければ」
だから俺は、停戦を要求する。
いい加減面倒になったので、割と本心で。
「今回だけは見逃してやるよ」
……言い訳すると、飽きて来てて、すごくどうでも良い気分で。
言葉の選別を放棄してしまい、思ったままを口にしてしまったのだ。
あと、このゴリラの第一印象が悪すぎて、どうしても敬意を持つ気になれない、と言うのもある。
疲れ切っているのに、完全に激昂したゴリラは何やら叫びながら、大きく剣を振りかぶる。
……だから、俺はゴリラ語は理解んねぇよ。
振り下ろすその右腕に、俺はやれやれと溜息を吐いて。
冷気を纏わせた数多の剣閃――魔踊舞刀を重ね、咲かせる。
ただそれだけで、ゴリラの右腕は細切れになった。
普通であれば血飛沫の舞うちょっとした地獄だが、「氷刃」の効果で切断面を凍らせて出血を抑えている。
なので、見た目の凄惨さも、多少は抑えられている筈だ。
多分。
また、今の俺の攻撃で、ある程度手加減出来ることが理解った。
あの狼に放ったのと同じく普段どおりに放っていたら、右腕を狙ったとしてもそれだけでは済んで居なかっただろう。
一瞬で攻撃の要を失い、床に蹲って失くした右腕だった物を掻き集め、絶叫するゴリラ。
汚い嗚咽が耳障りで、鬱陶しい。
……なんて考えるより早く、俺の右手は剣の柄でゴリラのコメカミ当たりを力いっぱいぶん殴っていた。
白目を剥いて気を失うゴリラが床に崩れ落ちる前に、完全に興味を失った俺は仮面を被り直し、少年達の方へと向き直る。
「さあ、腹が減ったし、何か食いに行こうか」
声を掛けられた少年少女の顔色が悪いのは、きっと暴れるゴリラが怖かったからだろう。
まったく、困ったゴリラである。
まあ、獲物を振り回す右腕を失くして、これから先は多少は大人しくなるんじゃないかな?
まだ絡んで来る様なら今度は容赦の仕方を忘れるかもしれん。
……あ。これ夢だから、「今度」は無いのか。
向かった先は、冒険者ギルド内に併設されているバー。
バーと言うには料理が豊富なのは、冒険者達が気軽に食事と酒を楽しめるように、と言う事らしい。
そんな雑多な空間でテーブルのひとつに陣取り、俺は串焼きの肉を頬張り、パンに噛りつく。
塩味の効いた、少し硬い肉だが悪くない。
あと、パンも硬いが、きっとこんな物なんだろう。
ちなみに、食事時は仮面を外している。
なぜなら、口元が開いてるとは言え食いにくいのだ。
なまじ視界を塞がない謎技術なので、ともすれば仮面を付けていることすら忘れてしまう。
そうすると、仮面に串肉がべったりとかありそうで、それを避ける為にも外してある、という側面もある。
「あの……良いんですか?」
少女の1人が、恐る恐る問うてくる。
遠慮かな?
「あ、気にしないで食べて食べて。さっきの狼の報酬有るし、俺が奢るよ」
次の串に手を伸ばしながら、俺は少女にも食事を促す。
食わなきゃ大きくなんないぞぅ?
セクハラ認定間違い無しの台詞なので、当然、そんなモン言葉にしたりはしない。
「あの、そうじゃなくて」
少女が慌てたように両手を振る。
おぉん?
「あの、ノーラッドさんを……腕斬っちゃって……」
ノーラッド? それ誰?
と思ったが、腕を斬ったとなれば1人しか居ない。
いくら夢の中とは言え、通行人を斬りまくるとか、異世界旅情を彩る濃い思い出づくりに勤しむ度胸はないんだから。
「見た目で人を判断して横柄に振る舞うようなバカに、かける情けは無いよ?」
言いにくそうな少女に、俺は事も無げに言い放つ。
「アレは、あのゴリラの自業自得だから、えーっと……うん、君が気にする事は無いよ」
名前を呼ぼうと思った所で、まだ4人の名前を聞いてないことを思い出した。
なんか、もう今さら聞きにくい。
まだ何か言いたげな少女に笑顔を向け、それから俺はわざと、ゆっくりと周囲を見回してみせる。
みんな目を逸らすが、さっきからコソコソこっち見てたの、気付いてんだよ。
「君達に何か手を出すようなら、今度はちゃんと殺すよ」
事も無げに、だけど低めに声を落とし、ドスを聞かせるように言うと、少年少女よりも周囲がざわつく。
なんだよ、このちびっこ……って程じゃないが、子供達を使って俺に何かしようと思ってたのかな?
この人数で?
俺を怒らせたいとか? それとも、舐めてるのかな?
思わず殺気が漏れてしまい、近くにいた少年少女が泣きそうになってしまった。
慌てて宥め、追加で串焼きを頼むと、俺は少年少女に断りを入れて席を立つ。
入店してからこちらを、下品な殺気丸出しの……カモでも見つけたようなめで見ているバカどもに気付いてはいたんだ。
そういう馬鹿は多い訳では無いが、馬鹿なりに固まってくれているので、目的もやり口も想像しやすくて助かる。
どうせ店を出た後で、暗がりでどうこうしようってハラだろ?
そう言う輩には、言葉より確実な意思伝達の方法があるのだ。
エリア内の脅威をあらかじめ排除するのはハクスラに限らず、ゲーマーの基本なのだ。
少年少女に向けた朗らかな笑顔のまま、手近な人相の悪い男の襟首を掴むと、ソレを引きずってお外へ。
やっぱり理解りやすく意思表示するには、行動に移してみせるのが手っ取り早い。
俺や子供達に手を出したらどうなるか、さっきからチラチラこちらを伺っていた目つきの悪いこの冒険者さんに、実例になって頂こう。
視線に時折殺気っぽいモノが混じってたから、まあ、好奇心で見てたとかそんな感じじゃないだろう。
偏見だけど。
死なない程度にオハナシを終えて「ひとり」で店内に戻れば、まるでお通夜のように静まり返った客達の視線に迎えられる。
わざとらしく見回してやれば、やっぱり誰も目を合わせてくれない。
同じ様にビクついている少年に「何が有ったか」聞かれたが、俺はニッコリ笑って一言。
「ちょっとオハナシしてきたんだよ。大丈夫、殺しちゃいないさ」
それだけで、触れちゃいけないと思ってくれたらしい。
調子に乗って頼みすぎた串焼きを、何故かビクついてる店員に頼んで持ち帰り出来るようにして貰い、少年たちに手渡す。
遠慮する少年たちだったけど、そのうち立派な冒険者になって酒を奢れと言って押し付ける。
何度もお礼を言う少年少女に気を良くしながら、俺は彼らに案内されたオススメの宿に意気揚々とチェックインし、手渡された湯桶と手ぬぐいで簡単に身体を清めた。
異世界モノ名物、風呂の無い宿ってやつだ。
まあ、これも目を覚ますまでの付き合いだと、おおらかな気分で硬いベッドに横になっ……思ったより硬いけど、これ、大丈夫? 朝、身体のあちこちが痛くなったりしない?
酒が入ったからか眠気に意識を押し流されそうになりながら、わずか1日分の記憶を思い起こす。
濃い夢だった。
きっと、此処で眠れば、現実で目が醒めるのだろう。
えっと、目を醒ましたらまず医者、か。
色々とストレスが溜まってたらしい、こんな妙な夢に逃避するくらいだから間違いない。
変にやせ我慢して入院沙汰とかになるなら、早めに医者に掛かっておくに限る。
大体、夢だって言うのに妙に疲れた。
硬い寝床は寝付きが悪そうだと思ったが、俺の意識は特に違和感なく遠退いて行くのだった。
目を醒まし、備え付けのテーブルの上の仮面を眺め、窓に嵌った木戸を開け放ち、異国情緒溢れる通りを見やり、青空に視線を向ける。
空に浮かぶ雲は数が少ないのに、鮮やかに白く印象に残る。
頬を撫でる風に、ぼうっとしていた頭が本格的な覚醒を促される。
………。
……うん、そんな気はしてた。
ただ、認めたくなかっただけだ。
妙に連続した長い夢だと思ったんだよコンチクショウ!
朝の憤りは、青空に虚しく散っていく。
部屋の中をうろつく中で、鏡にチラリと映った自分……らしき顔が自分の見知ったもので無かったのはもちろん、もしかしてと思っていたものよりも随分と幼かった事実からは、意識的に目を逸らすのだった。
そして敵は、ヒトの姿を取っているとは限らない。




