第5話『保健委員・和原なごみさんによる窃盗/エピローグ』
こうして僕の高校生活における初事件はひとまずの幕を閉じた。
これでよかったのかどうかは分からない。結局のところ和原さんが盗んだモノはそのままだし、彼女が更生を果たしたわけでもない。
ただひたすらに問題を有耶無耶にして煙に巻いただけである。
だが、それでいい。
将来振り返ったとき、こんな事件なんてなかった方がいいに決まっている。ただ和原さんの黒歴史になるだけだ。
ホームルームを待つ朝の教室。
僕は自分の席から、窓際に座っている和原さんの様子をちらと眺める。
読書用のメガネをかけて英語の単語帳を読み込む彼女は、いかにも生真面目な文化系女子といった雰囲気を漂わせている。
と、そこでふいに目が合う。
和原さんは単語帳で口元を隠し、目を細めて可憐に笑った。
僕はほんの少しどきりとする。
今この一瞬だけを切り取れば、見るも眩しい青春の一ページのようだった。
――しかし。
「はーい。みんな揃ってるねぇ。ホームルーム始めるよー」
残念ながら、僕は自分の青春にそこまで淡くて甘い期待をしていない。
きっとこの先の三年間は、過酷なまでに鈍感を演じ続ける修羅の日々となることだろう。
「えー。今日はまず朗報から。凄まじく珍しいことに、この時期に転校生がやって来ました。高校一年の5月に転校なんて先生の教師人生でも初めてです。正直びっくりです」
――そして今もまた、新たな火種が。
担任の香椎先生が「じゃ。どーぞ入って」と廊下に声をかけると、扉を開いて一人の少女が入室してきた。
背まで伸びた長髪は優雅に靡き、教壇へと上る一歩一歩は気品に満ちている。
身に纏っている制服は前の学校のものらしく見慣れないデザインだが、どこか布地に高級感がある。
「どうもみなさん初めまして。織川律と申します。中途半端な時期での転入ではありますが、どうぞ仲良くしていただけると幸いです」
その名前を聞いた瞬間、僕の脳がまるで走馬灯のごとくに過去の記憶を呼び起こした。
織川律。
知っている。その名前だけでなく、顔も声も。
フラッシュバックするのは首輪の感触、犬小屋のすえた匂い、幼い少女が見せた屈託のない笑顔。
「親しい友人からは『りっちゃん』と呼ばれておりました。ぜひそのように気安くお声がけを」
これにて1章完となります!
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