第32話『僕・坂木透太による犯人隠避④』
被害者こそが実は黒幕。ミステリー小説なら比較的よくあるどんでん返しだが、まさか実生活でそんな役を演じることになるとは思わなかった。
「僕が犯人なら何も不思議はなくなる。検尿容器も普通にポケットから取り出して席に置いた。真相はただそれだけのことだ」
「……ストーカーの件は自作自演だったと、そう仰りたいのですか?」
「そうだよ、織川さん」
実際、ストーカーについては小宮山さんの件を乗り切るための嘘でしかなかったので、自作自演というのもあながち間違ってはいない。
「ねえ、どうして? 坂木くんがそんなことをする動機は?」
「今、こうして放課後にみんなとドリンクバーを囲んでる。この状況がまさに動機そのものだよ」
僕は自嘲気味に笑ってみせた。
「僕は本来、そんなに女子と接点を持てるような人間じゃないんだ。それなのに、このストーカー騒動が起きたおかげで三人もの素敵な女子に囲まれて放課後を過ごしてる。動機としては十分だろう?」
もっとも、と僕は首を振る。
「最初からこんな展開を予想してたわけじゃない。ストーカーの存在を匂わせて『僕もモテてるんだぞ』ってアピールする程度のつもりだった。それがまさか、ここまで上手くいってしまうなんてね」
仰々しい仕草で肩を竦めて、僕は溜息をつく。
「そう、上手くいきすぎたんだ。それだけみんな親切で優しかった。僕のことを親身に心配してくれた。そんな君たちを見ていたら、自分がとても情けなくなってしまって――すべてを打ち明けるつもりになったんだ」
たとえば。僕の心情の変節過程を時系列込みで詳しく聞かれたら。
たとえば。いつ謝罪のために検尿容器を準備したか聞かれたら。
それに対しての答えもしっかり用意してある。しかし三人のうち誰も、そんな重箱の隅を突くことはしなかった。
「蔑んでくれていい。僕はそういう不誠実な人間なんだ。卑劣な嘘に頼ってばかりで、正面から君たちと向かい合えない」
ただ何かを察して、じっと僕の言葉に耳を傾けてくれていた。
彼女たちは失恋というリスクを覚悟で、三人の中から誰か一人を選ぶよう僕に迫ってきた。それをなかったことにする以上、適当な言い訳では許されない。
僕がここで述べるべきことは二つ。
自ら汚名をすべて被る全身全霊の言い訳。
そして、彼女らにほんの少しでも誠意を示すための――『謝罪』だ。
「そんな不誠実な僕が、君たちのそばにいる資格はない」
ストーカー自作自演の謝罪という体で、僕は偽らざる本音を吐露する。
僕は彼女たちと恋仲になってはいけない。
なにしろ僕は心の底で、彼女たちの癖を無制限に受け容れている。そんな僕が一緒にいれば、彼女たちの自制心を狂わせてしまう。破滅に向かわせてしまう。
「どうか幻滅して、綺麗さっぱり忘れ去って欲しい」
ただ時折、ふとこう思うことがある。
『彼女たちを破滅させないため』なんていうのは、ただのお為ごかしではないかと。
手を握ったからといって必ず悪い方に進むとは限らない。僕がサンドバッグ的な受け皿となることで、彼女たちの癖が良い方向に改善されるかもしれない。未来は誰にも分からない。
もしかすると、単純に僕は――
「こんな不甲斐ない僕で……本当に、ごめん」
ただ自分に自信がなくて。彼女たちを幸せにする覚悟ができていなくて。
逃げているだけなんじゃないだろうか、と。
「……透太」
少しばかりの沈黙の後、最初に声を発したのは小宮山さんだ。
彼女はどこか余裕を帯びた笑みを湛えてこう提案する。
「モテてる風を装いたいならさ、どうだろ? アタシが付き合ってるフリとかしてあげよっか? あくまでフリね? ストーカーをでっち上げるくらい拗らせてるお隣さんを見過ごせないから」
「えっ?」
僕が呆気に取られるが、続けて織川さんがずいっと前に出てくる。
「お待ちください佐智さん。あなたがそんなフリをしても、また演技と思われてしまうのでは? ここは私が一肌脱ぎましょう」
「私だって保健委員として坂木くんの精神安定に貢献してあげたいから。喜んで恋人のフリでも何でもするよ?」
和原さんも続いて、一気に場が賑やかになった。さっきまでの本気の指名争いと違って、今度はどこか和気藹々としたプロレス感がある。
――ああ、そうか。
これは意趣返しだ。
僕がこれまで彼女たちのアプローチをスカして誤魔化してきたように、今度は彼女たちが僕の本気の謝罪をスカしてなかったことにしてくれたのだ。
まだまだ一緒にいてあげるよ、とばかりに。
たまらず目の奥が熱くなる。なんて温かい意趣返しだろうか。
「ありがとう。でも、さすがに申し訳ないから遠慮しておくよ」
涙をこらえてそう返したとき、気づいた。
テーブルの上に置かれていた検尿容器を、和原さんが何食わぬ顔で自分のカバンへと回収していた。さも当たり前のように。
目が合った瞬間、彼女はこう言った。
「私、保健委員だから。これは適切に処分しておくね?」
世間一般の保健委員はそんなことしない。
しないのだが、さすがに今の雰囲気でそれは指摘できず、僕はただ「じゃあお願いしていいかな」としか言えなかった。
ちなみにその後、ドリンクバーのお供に唐揚げとフライドポテトを注文したのだが、誰も唐揚げのレモンには手を付けなかった。




