第30話「僕・坂木透太による犯人隠避②」
「まあ、なごみさん。私のことを擁護してくださるのですか?」
織川さんは感激するように口元を手で覆ったが、その目はギラギラに見開いていた。瞳孔の中には闘志の炎が燃えているようにすら感じる。
「もちろんだよ。友達だもんね?」
「ああ、そう仰っていただけると大変ありがたいです。なにしろ、客観的に見てこの中で最も怪しいのは私ですから」
この程度のジャブは想定済とばかりに織川さんが反撃を開始する。
「だって皆さん。高校一年の五月に転校生なんて聞いたことがありますか? 普通に考えてありえないとは思いませんか? 何か特別な目的があってこの学校にやって来たように見えませんか? たとえば――大好きな男の子を追いかけて、とか」
じぃぃっ、と。粘り付くような視線が僕に向けられる。
「学校に在籍していなくても校内に侵入はできます。むしろ授業中でも自由に動き回れるというアドバンテージすらあります。つまり私の怪しさは増すといえるでしょう。なごみさんが庇ってくださるのはとても嬉しいですが、私の怪しさの前では焼け石に水です」
自らの怪しさをこれでもかとアピールする織川さん。それに対して和原さんは感心するように何度も頷いて、
「うんうん、そっか。盲点だったなあ。在校生じゃない子は、授業中でも盗みに動けるアドバンテージがあるんだね」
「そうなんです。残念ながら……これはもう私がぶっちぎりで疑わしいとしか」
「ところで知ってた? 私たちの学校の健康診断、健診センターさんの都合で週末の土曜日にやったんだよ? そもそも授業なんてなかったの」
想定外の指摘を受け、織川さんが「しまった」とばかりに声を詰まらせて硬直した。そして僕も小宮山さんは少々面食らった。なぜなら――
「嘘。りっちゃんが転校してくる前日だったから。普通の平日だよ」
そう、和原さんの言った「週末の土曜日にやった」という内容が完全に事実無根だったからだ。しかし織川さんは明らかに態度で「知らなかった」ということを露呈してしまった。
「りっちゃんが本当に当日学校に忍び込んでたなら、『土曜実施』が嘘だってすぐ分かったはずだよね? でも、今とっても驚いてたみたい。知らなかったんだよね? だって、りっちゃんは犯人じゃないから。自分の疑わしさを強調して、真犯人さんを庇おうとしてくれたんだよね? 優しいなあ」
「分かりませんよ? なごみさんに対して『なぜそんな見え透いた嘘を?』と驚いたのかもしれませんよ?」
「ふふ。こういう場で不必要な嘘をつく子って、とっても怪しいと思わない?」
犯行匂わせ界隈の古参勢である和原さんと織川さんは、活き活きと互角の舌戦を繰り広げている。しかしここで、数分前に移住してきた新進気鋭のルーキーが動きを見せた。
「あ、あのさ……和原さんだっけ? ちょっといいかな?」
控えめに手を挙げて、小宮山さんが話に入ってくる。
「なぁに?」
「さっき通路を撮ってた動画だけどさ……あれ、絶対にわざと撮ったやつじゃん?」
「ううん、偶然だよ?」
あくまで和原さんはしらばっくれる。『第三者の関与を否定して三人の中から犯人を選ばせるため』という思惑で撮影された代物というのが真相だが、それを指摘すればこの状況のちゃぶ台返しとなってしまう。偶然で通す以外の選択肢はない。
和原さんが異常な行動をしたと認めてしまえば彼女の変質者レース独走を許すことになるので、小宮山さんにとっても本来ならスルーべきポイントだったろうが、
「もしかしてなんだけど。あの映像、通路側の席に座ってたアタシも映り込んでたよね? 通路を撮ってたっていうか……実はアタシを怪しいと思って、こっそり監視してたんじゃない……かな?」
小宮山さんは敢えてそれを逆手に取った。
偶然という苦しい言い訳で通すしかない録画の理由に、『通路側に座っていた小宮山佐智の監視』というもっともらしい理由を上書きしてきた。
いやたぶん、彼女は計算とかではなく天然の本心からこの会話を繰り広げているのだろうが。
「そんなんじゃないよ? 本当にただの偶然だよ?」
「違うのごめん。全然、責めてるとかじゃないから気遣わないで。むしろ感謝っていうか。アタシが無自覚で透太にあれこれ迷惑かけちゃってたなら、そうやって見張っててくれた方が助かるし」
小宮山さんはそう言ってから、どこか夢見がちに蕩けた眼差しとなる。
「なんだかよくよく思い返してみると、ストーカー的なことをしてたような記憶が断片的にフラッシュバックしてきて……これはもうアタシが最有力候補としか……」
「落ち着いてください佐智さん。それはこの異常な状況で混乱しているだけです。気を確かに。あなたは坂木さんを守ろうとしていた心優しいお隣さんです。はい復唱。心優しいお隣さん」
「アタシは透太のお隣さん……お隣さん……」
いつもの自己洗脳に対して織川さんがすかさず動いた。暗示のように自己認識を再確認させ、ぱんと手を叩いて小宮山さんの意識を妄想の世界から帰還させる。
その隙に反論を練っていたか、和原さんがこほんと咳払いをした。
「ごめんね。恩着せがましくなるから黙ってたんだけど、実は小宮山さんを『見守るため』にカメラを回してたの」
「見守るため?」
「小宮山さんは坂木くんを守るために恋人のフリをしてたんだから、ストーカーさんから目の敵にされてたと思うんだ。だから万一にも変な人が近づいてきたらその顔とかを記録しておけるように、ね」
「あ、そういうこと!」
合点がいったというようにぽんと拳を叩いた小宮山さんは、しかし表情を僅かばかり曇らせた。
「じゃあ、アタシが疑われてたわけじゃなかったんだ……」
哀愁が漂っていた。もはや全員、ストーカーとして指名されたいという欲望を隠していない。これまではいちおう表面上くらいは取り繕っていたのに。
「残念ではありますが、誰の潔白も証明できそうにはありませんね……せめて一人くらいは容疑者から除外して差し上げたかったのですが」
「あとはもう坂木くんの推理に期待するしかないね」
「透太。遠慮は要らないからっ!」
ここで、もはや論戦では誰一人レースから蹴落とせないと判断したのだろう。
三人が僕に向き直って最後の選択を迫ってきた。
たとえば。こんな言い逃れはどうだろう。
『仮に僕が誰かを犯人として糾弾しても、それが正しい保証なんてどこにもない。冤罪で汚名を着せられる子が出るくらいなら、このまま迷宮入りにした方がいい』
だが――
三人とも揃って、真剣な瞳で僕を見つめていた。
覚悟を決めたような。それでいて、どこか縋るような。眩しいほど真っ直ぐな感情がその目には宿っていた。
分かっている。彼女たちにとってこの場は、ほとんど告白に等しい。
そして僕は、決して彼女たちが嫌いなわけではないのだ。それどころか、僕なんかとは不釣り合いなほど魅力的な女の子たちだと思っている。好意を寄せてくれたことが本当に信じられないくらいに。
そこから適当な言い訳で逃げる男など、見下げ果てた卑劣漢としかいえない。
ならば、僕は最大限の誠意をもって彼女たちに向き合おう。
決して曖昧に濁すことなく。
「みんな。よく聞いて欲しい」
苦悩の末に僕は決意を固める。
「これから、すべての真相を話すから」




