第29話『僕・坂木透太による犯人隠避①』
章タイトルを予定から一部変更しました
『僕はストーカー被害に遭ってるんだ。小宮山さんは恋人らしく装って、僕を守ろうとしてくれてるんだと思う。ただ……こんな突拍子もない話をしてもまず誰も信じてくれない。物証もないから、僕の被害妄想だと思われるのがオチだ。だから信憑性を『盛る』ために二人も証人として手伝ってくれないかな? ストーカーっぽい心情を綴った怪文書なんかも用意してくれたら最高だ。たぶん二人には僕より文才がある気がするから』
これが、昼休みに二人へ告げた協力要請の内容である。
あの怪文書は間違いなく二人の手による捏造品なわけだが、建前上「僕を狙うストーカーがいた」という前提は崩していない。そうでないと小宮山さんがヤバい子だと認めることになってしまうからだ。
(あの作戦を聞いた瞬間、二人とも『その座に滑り込める』と直感したんだろう。僕は小宮山さんの事態を解決するのに必死で、そこまで頭が回らなかった……)
そして和原さんと織川さんは共謀し、この『誰か一人を犯人として指名せざるを得ない状況』を作り出した。
しかし、そうなるとここで置き去りになってしまう人間が一人。
「と、透太……? これってどういうこと……?」
何の事前情報もなく、いきなりエクストリーム修羅場の只中に放り込まれた小宮山さんである。
彼女が共謀に参加していないことは席順からも窺える。窓際が和原さんで、中央に織川さん、通路側が小宮山さん。
さすがに隣接した状態で『荷物を漁って検尿容器を取り出して向かいの席にテーブル下から投げ込む』なんて動きをしていたらバレる。それゆえ織川さんが中央に座り、小宮山さんの位置から和原さんの動きが見えづらいようにしていたのだ。
「もしかして、ストーカーの正体って……」
「佐智さん」
そこで織川さんが、小宮山さんのことを下の名で呼んで肩を叩いた。
「動じる気持ちは十分によく分かります。まさかこの三人の中に、糾弾すべき犯人が紛れていたとは……。互いによき友となれるはずだったのに……残念です」
「そ、そんなのあり得ないよ! 何かの間違いだって! アタシたちがうっかり見落としてただけで、近くを通った隙に投げていった不審者とかいたのかも!」
「ううん。とっても悲しいことだけど、その可能性はあり得ないの」
和原さんがテーブルの真ん中にスマホを置いた。
表示されているのは動画。僕がドリンクバーへと席を立った瞬間から録画開始されており、真横の通路を歩く人々をずっと定点で撮っている。
「テーブルの上にスマホを置いた拍子にね、たまたま録画のカメラが作動しちゃってたの。そのおかげで……通っていく人たちが『何かを投げ込むような不審な動き』はしてないのが確認できちゃうんだ。ごめんね」
小宮山さんは絶句していた。
言いたいことは分かる。『その構図、絶対にたまたま置いた拍子に撮れる角度じゃない』と。明確に録画する意図をもって、メニュー置き場のあたりにしっかり立て掛けた感じの構図だ。
目を回して混乱する小宮山さんの耳に、織川さんがそっと口を寄せる。
「とても残酷な話ですよね? 坂木さんはこの三人の中から『犯人』を見つけ出さなくてはいけないんです。『坂木さんのことが好きすぎて異常行動に走ってしまう女の子』が誰かを見定めて、指差して、目を見つめて――その名を呼ばないといけないんです」
小宮山さんの耳がピクッと動いた。
僕は息を呑む。小宮山さんは他の二人と違って自身の異常性に自覚がない。すなわち『想い人に異常性を見破ってもらいたい』なんて願望とは無縁のはずだ。
そのはずだったが、
「あのね透太……アタシ、もしかしたら犯人かも……?」
高鳴る心臓を抑えるようなポーズで小宮山さんは頬を紅潮させた。口の端からちょっと涎も垂れそうになっている。
ダメだ。やっぱり本質的には彼女も同じ思考回路だった。
「も、もちろんっ。透太をストーカーから守ろうとした気持ちは本物だよ? でもアタシ、昔から夢中になるとなんだか自分を忘れちゃうところがあって。もしかしたら夢遊病的に……とか。そんな可能性はあるかも……? 実は心の底で罪悪感があったから、あれだけ透太を必死に守ろうとしたのかな……?」
そしてやはりというべきか「アタシが犯人です」なんて身も蓋もない自供はしない。『夢遊病的に……』と可能性を匂わせるだけだ。
やはり僕の口から「君が犯人だ」と言われないと意味がないのだろう。小宮山さんらしいといえばらしい。彼女は幼馴染妄想の中でも、告白の言葉だけは捏造しなかった。
小宮山さんを見事に流れへと乗せてみせた二人は、どこか「してやったり」な表情を浮かべていた。
本来、犯人指名の場を整えるだけなら小宮山さんをわざわざ呼ぶ必要はなかった。場を壊しかねないイレギュラー要素となるだけだ。
だが彼女たちはそのリスクを冒してでも敢えて小宮山さんを招いた。
なぜか?
その理由は、今のやり取りで察しが付いた。
もちろん「三人で恨みっこなしの勝負」なんて綺麗な理由ではない。おそらく二人は小宮山さんに脅威を感じたのだ。なんせ彼女は暗黙の了解も何もなく周囲を巻き込み、あわや僕との交際を既成事実化するところだったのだから。
なので、同じ世界に小宮山さんを引きずり込むことにした。
第三者を巻き込んではならないという紳士協定を持つ彼女らのホームグラウンド――犯行匂わせ界隈に。
「坂木くん。犯人の見当はついてる?」
追い込まれた僕が対応に苦慮していると、和原さんが天使のように笑いながら小首を傾げた。
できるだけ焦燥を隠し、白々しい態度で首を振る。
「この三人の中に犯人がいるなんて信じられないよ。仮にいたとして、その子をつるし上げるようなことは……」
「じゃあ、消去法で考えていくしかないよね?」
和原さんは首を傾げ続ける。どんどんその角度が深くなる。
やがて彼女の視線が隣に座る織川さんに向けられ、
「そうだ。りっちゃんにはアリバイがあるよね? だって検尿が盗まれた日、まだうちの学校にいなかったんだから。ふふっ、一抜けおめでとう」
もはや同盟は用済みとばかりに、互いの背を撃ち合う戦争が始まった。




