表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/33

第28話『隣人・小宮山佐智さんによる風説の流布/エピローグ』

 とても長い間、小宮山さんは俯いていた。

 僕は信じて彼女の反応を待つ。聴衆はほとんど置いてけぼり状態で沈黙している。


 ふいに、小宮山さんが動いた。

 髪を美しく結っていたリボンをしゅるりと解き、ガシガシと指で掻いてわざと髪型をラフにする。そして制服の襟元を僅かに緩め、息苦しさから解放されたような長い溜息を放つ。


「あーもう! せっかくアタシが渾身の演技してやってたのに、よりにもよって透太本人に台無しにされちゃうとか。本っ当にやるせないんですけど?」


 果たして隣人は帰って来た。

 ガサツな口調に気安い態度。僕のよく知る隣人の『小宮山佐智』さんがそこにいた。

 彼女は妄想の瞬発力に優れている。本来の自分に戻るため、僕が嘯いたストーカー説をそのまま受け容れてくれたようだ。


「台無しじゃないよ。小宮山さんがここまでやってくれたおかげで僕も目が覚めたんだ。『ちゃんと自分の身は自分で守らなきゃダメだ』って。これからは毅然とした対応を心掛けるよ」

「大丈夫ぅ~? 透太ってナヨナヨしてるからそういう対応できるか不安なんだけど」

「おい坂木、お前……ちゃんと警察とか行ったか? 必要なら学校でも何か対応を検討するが……」


 と、ここで躊躇いがちに口を挟んできたのは黒眼鏡の一組担任。さきほどの怪文書で生徒の安全に深刻な危機感を抱いたのだろう。極めて常識的な対応を提案してきた。


「はい。警察には何日か前に相談して、僕の家の周りの巡回を増やしてもらえることになりました。おかげでそれから被害はぴたりと止んでます。ここからあまり刺激して逆効果になってはいけないので、学校側はしばらく静観してもらっていいですか? 何かあったらすぐに相談しますので」


 なので僕は流れるような嘘で応じる。もちろん警察になど相談していない。ストーカーの事実など存在しない――いや、厳密にいえば存在しなくもないわけだが、少なくとも僕にその子らを処罰する意志はない。


「お、おう……分かった」

「それからこれは僕のプライバシーに関わる問題でもありますので、他の先生方にも現時点では口外無用でお願いします」


 一組担任がまだ若干の混乱状態にあるうちに、しっかり口止めを叩きこんでおく。催眠の残り香が効いたか、彼はただ唯々諾々と頷いてくれた。

 なお、和原さんと織川さんは聴衆の群れから少し離れた物陰で密かに怪文書を燃やしていた。筆跡鑑定されたらボロが出る。速やかな証拠隠滅に心の中で敬礼。


「なんだ。やればできるじゃん」


 ぺしん、と。歩み寄って来た小宮山さんが僕の尻を軽く叩いた。

 そして周りに集まっている聴衆――多くは一組の面子たちに向き直って、ぱしんっと拝むように手を合わせる。


「というわけでみんな騙しててごめん! アタシが最近恋する乙女っぽく振る舞ってたのは、そういう事情の演技でした!」

「え……じゃあ本当に幼馴染じゃないの……?」

「いやぁ申し訳ないっ。ほら、敵を騙すにはまず味方からっていうか?」


 クラスメイトの女子に深々と謝った小宮山さんだったが、ややあって「ふぅむ」とわざとらしく首を捻った。


「しかしながらですね、ここまで見事に騙されたみんなもちょっとチョロすぎるのでは? よく思い出してよ。アタシって平気でウンコとか言うタイプだったじゃん。急に恋する乙女になったのは流石におかしいと思わなかった?」


 それだけ君の演技(妄想)が神懸っていたのだ。細かい整合性なんて忘れさせるくらいに。

 今更ながらに正気を取り戻した一組の面々は、互いに顔を見合わせて違和感を呟き始める。


「そういえばそうだったよな……」

「昼休みに死にかけのセミのモノマネとかしてたな……」

「あ、やっぱりあのモノマネやったの小宮山だった? なんか最近おふざけ担当のイメージ消えてたから、俺の思い違いかと思ってた」

「俺も俺も。誰か他の女子がやったもんだと勝手に記憶が書き換わってたわ」


 緊迫していた多目的棟裏の雰囲気はようやく弛緩気味となり、祭りが終わったようにその場を去る者も出てきた。


「ヘイ、さっちゃん。何か私に言うことはー?」


 そこで近づいてきたのは嵯峨野の義妹、夏美さんだった。小宮山さんは改めて手を合わせて「ごめんごめん」と連呼する。「よろしい」と夏美さんが頷いて手打ちになる。


「でも残念だなぁ。乙女モードのさっちゃんも可愛かったのに。あんなに健気な恋する少女はどこにもいなかったんだね……悲しみ……」

「む、失敬な。今のアタシだって健気で可愛いでしょ」

「――とこのように供述していますが、彼氏さん改め坂木さんの見解はいかに?」


 夏美さんが僕にマイクを向けるようなパフォーマンスをしてくる。

 ここでまた迂闊な地雷を踏むわけにはいかない。どう答えたものか。僕が苦笑しながら慎重に考えていると、


「ねえ透太。()()()、可愛いでしょ?」


 またしても少女然とした雰囲気を醸し出した小宮山さんが僕の肩に頭を載せてきた。思わぬ不意打ちに心臓が跳ねる。


「あー! 反則! 今、さっちゃん演技したでしょ! 明らかに雰囲気違った!」

「してないけど~? アタシっていつもこんな感じだけど~?」


 小宮山さんと夏美さんが楽しそうにはしゃぎ始めたところで、背後から肩を叩かれた。気難しい顔で立っていたのは嵯峨野である。


「何かいろいろ驚くことが多すぎて正直まだ理解が追いつかんが……とりあえず、さっきお前を批難したのは俺の早合点だった。すまん」

「ああ、いいよ別に。あの状況じゃ怒られて当然だ」

「ヤバい奴に狙われてる件、なんかあったら俺にも相談しろよ。詫びとして護衛くらいはやってやる」


 そう言って嵯峨野は後ろ手を振って去っていく。たぶん無自覚なだけで彼も大概にいろいろ抱えてそうだから、もちろん相談するつもりはない。

 さて、小宮山さんの件はこれでほぼハッピーエンドだ。誰の評判を落とすこともなく有耶無耶にすることができた。これだけ事態を上手く運べたのも、


「お疲れ様、坂木くん」

「私たちも助力できたようで嬉しいです」


 和原さんと織川さんのおかげだ。ちょうど怪文書の始末を終え、晴れやかな笑顔でこちらに向かってきている。小宮山さんの抜け駆けを許すまいという思惑はあったのだろうが、それでも進んで力を貸してくれたことには感謝したい。


「小宮山さん。この後、少しだけお時間よろしいですか?」


 と、そこで。織川さんが小宮山さんに向けて尋ねた。

 夏美さんと軽口を叩いていた小宮山さんはきょとんと自分を指差して、


「りっちゃ……じゃなくて織川さん。えっと、アタシに? 用事?」

「りっちゃんで構いませんよ。もしよろしければ、坂木さんを狙うストーカーへの対策について少し情報共有したいのです」


 突拍子もない提案に僕は動揺した。

 もとからストーカーなんて実在しないのだ。小宮山さんクラスの妄想力なら既に脳内で目撃談を捏造しているかもしれないが、それを聞き出したところでフィクションに過ぎない。下手な妄想の掘り下げは危うい。


「それにね。せっかくみんな同じ目的で頑張った仲間なんだから、少し仲良くなってみたいなって。近所のファミレスでドリンクバーなんてどう?」


 が、和原さんも同調してきた。

 何か不味い。事態が僕の制御を外れようとしている予感がする。


「あら、そういえば嵯峨野さん。もうそろそろ陸上部の練習が始まる時間ではありませんか?」

「あっ、やば! ごめんそれじゃまた明日!」


 さらに織川さんはごく自然な流れで夏美さんをこの場から排除した。ずいぶん見知った態度だったから、運動部コミュで既に知り合いだったようだ。


「うん、行く行く! いいねドリンクバー!」


 そして小宮山さんもこういう誘いには積極的なノリだ。


「もちろん坂木さんも来てくださいますよね?」

「なんたって坂木くんが当事者だもんね?」


 二人が揃って圧をかけてくる。紛れもなく二人は今日の功労者だ。僕に拒否権はなく、なんならファミレスの支払いも全額負担するのが筋だと思う。


「……うん、もちろん」


 背筋に冷たい汗を感じながら、僕は頷いた。



―――――――……


 なぜ気づけなかったのだろう。


 僕は今回の事態収拾において、自らに科したタブーを一つ破っていたのだ。

 和原さんの事件のとき、僕は密室を破るために『複雑なトリックを用いること』を避けた。それは『そんな回りくどいことをしてまで僕の尿を狙う変質者がいる』と認めてしまったら、その座に和原さんが滑り込もうとしてくる――そう危惧したからだ。


 しかし今回。

 よりにもよって僕は『僕のことを狙う変質者がいる』ということを自ら声高に主張してしまった。小宮山さんを救うためにはやむを得ない手段だったとはいえ、あまりに致命的なミスだった。

 そのミスにより、何が起こってしまったのかというと、


「ねえ坂木くん。いったい誰が犯人だと思う?」


 ファミレスのボックス席。

 四人で来たならば普通は二対二に別れて座りそうなものだが、今はなぜか女子三名に僕一名という対面構図となっている。

 僕の目の前に置いてあるのは――チャック付きの袋に仕舞われた検尿容器だ。僕の筆跡で書かれた名前シールが貼られ、しっかり黄金色の中身も詰まっている。断じて飲食店のテーブルに並べていいブツではない。


「まず状況を整理しよっか。この店に入って、私たちは三対一で着席した。そして坂木くんが全員分のドリンクを汲みに行ってる間に、なぜか『それ』が坂木くんの席に置かれてた。ずっと私たちはここに座ってたけど、席に近づいた不審者は誰もいない。つまり、それを置けるチャンスがあったのは、テーブルの下からこっそり投げ込める……私たち三人の誰かだけ」


 和原さんが、いつかのデジャヴのような調子で言う。


「坂木くんならきっと、誰が犯人か理解(わか)ってくれるよね?」


これにて三章完結となります!

次回からは四章『僕・坂木透太による偽証』がスタートします!


より多くの方の目に触れると嬉しいので、☆評価やブクマ、レビューなどで応援してくださると大変ありがたいです…!

完結まで毎日更新継続予定ですので、引き続きよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
すごいV3ぽくなってきた
お疲れ様です!新章も楽しみにしてます〜 果たしてこれからどうやって切り抜けることやら。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ