第26話『隣人・小宮山佐智さんによる風説の流布⑪』
「毎朝、目が覚めるたびに『いまごろ坂木くんの膀胱はパンパンかな?』なんて嬉しくなっちゃう。でも、少し経ったら今度は『いまごろ坂木くんのアレはもう下水に流れちゃったかな?』なんて悲しくなっちゃう。坂木くんを想って一喜一憂に浮き沈みするこの感情が、きっと恋っていうものなんだよね? そうだったら嬉しいな。坂木くんが私に初恋を教えてくれたってことだから。ところで恋する女の子として誤解がないように言っておきたいんだけど、私は尿的なものだけに執着しているわけじゃないからね。坂木くんに由来する液体ならなんだって好きなの。ただ、人間の一日の総排出量を考慮したら尿的なものが一番多く収穫できるよね。一番オーソドックスな体液だよね。農作物で例えるならお米に近いよね。まだ手も繋いだことがないプラトニックな関係なのにそれ以上のグレードの汁を求めるのはちょっと強欲が過ぎるなって……私にもそんな遠慮があるんだよ? 本当に本当に本当に欲張りなことをいうと、一番欲しいのは坂木くんの骨髄液なの。坂木くんの骨髄液を私の中に受け容れたら、私の血がぜんぶ坂木くんの血になるから。坂木くんの息吹をいつだって五臓六腑に感じられるから。もちろん骨髄の型が一致しないとダメっていうのは分かってるし、癖を満たすため骨髄移植なんて医療への冒涜とも分かってるけど、そんな夢を見るくらいは許されてもいいよね。それから……法の許される範囲でならね、やっぱり私は坂木君のお乳的な液体を吸ってみたいなぁ……? 他にもいろいろ味わってみたいお汁はあるんだよ? 無垢な子供じゃないんだから嬉し恥ずかしな性的ムードがある体液類のことも分かってるんだよ? もちろんそっち方面にも興味はあるよ? だけどね、お乳っていうのは人間が『他者に経口摂取させる』ために分泌する唯一無二の体液なの。鉄臭いだけの血液を妙味に変えるなんて人体の神秘でしかありえないと思うんだ。そう、そんな奇蹟の液体を――坂木くんなら頑張れば出せるんじゃないかな……なんて。なんだかそんな気がしてならないの。もちろん私も全身全霊で手伝うつもりだよ? 噴出口のホットスポットを強烈に陰圧吸引したりとかいろいろ。もし採取できたらそれを主食に生きていくつもり。むしろそれしか食べたくない感じ。坂木くんはこんな私を気持ち悪いって思うかな? ううん。思わないよね? 知ってるもん。坂木くんはこんな告白を聞いても全然たじろいだりしないって。ぜぇんぶ理解って受け容れてくれるって。そんな坂木くんだから私は好きになったんだもん。大好き。本当に大好き。坂木くん以外の男の子なんて一生考えられない」
聴衆の誰も、何も発しなかった。否、発せなかった。
ただその場に集まった全員が、汗を浮かべた迫真の表情でごくりと喉を鳴らしていた。他ならぬ『本物』のオーラを纏った和原さんの朗読に圧倒されて。
ただ一人、朗読を終えた和原さんに何食わぬ顔で歩み寄っていく人影がある。
同じく本日の午後、怪文書をしたためていた織川律さんだ。
二人の少女がすれ違いざまに、高々とハイタッチをかました。
「りっちゃん、次はお願いね」
「お任せください、なごみさん」




