第15話『転校生・織川律さんによる監禁/エピローグ』
「今日はありがとうございました、坂木さん」
「ううん、結局ほとんど何も役に立てなくて」
結局、『思わぬハプニングがあったためバイトは中止』ということになってしまった。
そもそも引っ越し後の荷物整理というのが僕を呼び出す口実に過ぎなかったため、計画が失敗に終わった以上はもう続ける必要もなかったのだろう。
「……そんなことありません。坂木さんがいなければ、あの物置から脱出できなかったでしょう。本当に、ありがとうございます」
玄関で僕を見送る織川さんは、目に見えて消沈していた。
バイト代の封筒を渡してくるときも万札を詰め込んでくるようなことはなく、約束通りに500円だけが入っていた。
「坂木さんはあんなに頑張って脱出の方法を模索していたのに、私は怖がって扉にくっついていただけでした。冷静さを欠いて、ただ目先の感情ばかりに振り回されて……己の未熟さを恥じ入るばかりです」
前半は建前だが、後半はきっと織川さんの偽らざる本音だろう。
確かに彼女は『身動きできなくなった僕』という餌に飛びつき、ここまで手の込んだ計画を水泡に帰してしまった。その後悔がいかほどか、僕には計り知れない。
「――次こそは、こうならないよう努力します。絶対に」
ぼそり、と。
怨念めいた響きを滲ませて織川さんが呟いた。
「はは。次って、こんなことが二度も三度もあったらたまらないよ」
「分かりませんよ。未来のことなんて誰も保証できません」
それはほとんど再犯予告だった。
「今度こそは……ちゃんとやります。惑わされずに。目的を見失わずに。徹底的に甘さを捨てなければ……」
幽鬼のように身を揺らしながら、彼女はブツブツと自分を追い込んでいく。
次に彼女がどんな手を使ってきても、変わらず僕はスルーを貫くつもりだ。
ただ、今は――
「そんなに自分を責めるのは違うよ、織川さん」
自分を追い詰める彼女を前に、口を挟まずにはいられなかった。
「……違う?」
「確かに織川さんは怖がって扉の前から動けなかった。でも、最後は勇気を振り絞って僕を助けに来てくれたじゃないか」
「そんなことは……何ら誇れるものではありません。恥ずべき醜態です」
というよりもむしろ、織川さんにとってはそれこそが今日の最たるミスだ。何のフォローにもなりはしない。しかし、僕は本心から続ける。
「そんなことない。僕は信じてたよ。どんなに怖くて扉の前から動けなくても――僕が助けを求めたら、絶対に織川さんは手を差し伸べてくれる人だって」
「え……」
織川さんの癖は強すぎる支配欲求だ。
それを満たすためなら僕を力業で監禁することだって厭わない。
それでも、根底にあるのはやはり好意なのだ。
だから、僕を『閉じ込める』か『手を差し伸べる』かの二択を迫られたら、絶対に後者を選んでくれる。そう信じていたからこそ、僕は躊躇うことなくあの囮作戦を決行できたのだ。
「織川さんは優しい人だよ。だからその優しさを『甘さ』なんて卑下しちゃいけない。ちゃんと大事にしておかないと」
それを捨ててしまったら、きっと彼女は遠くないうちに社会からドロップアウトしてしまうだろうから。
「……坂木さんは、私が扉の前から動くと最初から分かっていたと?」
「うん。もしこの先、二度も三度も同じようなことがあっても、織川さんは何度だってそうしてくれると思う」
「私はそんな風に思えませんが」
「でも、僕はそう思ってる」
互いに向かい合って、たっぷり十秒以上は無言で視線を交わし合う。
やがて睨めっこに負けて「ぷっ」と噴き出したのは、織川さんの方だった。
「ど、どうしたの急に笑って」
「ふふっ。いいえ、坂木さんは昔と変わってしまったように思っていたのですが……私の勘違いだったようです。やっぱり坂木さんは昔のままです。何も変わっていません」
「さすがに五歳の頃よりずっと人間的に成長してると思うんだけど」
「まったくそのままです」
きっぱりと言い切られて僕はそれなりにショックを受ける。あの頃の『ぼんやりした子供』から脱却しようと日々努力しているのに。
「やっぱり、ここに引っ越してきて本当によかったです」
晴れやかな笑顔に見送られ、僕は織川さんの家を後にした。
なお、家に帰ってからバイト代の封筒をよく見たら、二重構造になっていて万札が数枚仕込まれていた。後日しっかり返そうと心に決めた。
これにて2章完結です!
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明日からは第三章『隣人・小宮山佐智さんによる風説の流布』を連載予定です
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