第13話『転校生・織川律さんによる監禁⑧』
「少し落ち着いて考えてみるよ」
僕は扉から離れ、物置の中をぐるりと観察する。
面積はやや広めのワンルームマンション程度。間取りは綺麗な長方形。部屋の中央には支柱が一本立っている。天井はかなり低く、手を伸ばして軽くジャンプすれば届きそうなほどだ。
元がワインセラーだったということもあって、煉瓦調の壁紙や暖色系の照明といったお洒落な内装が施されているが、棚などの収納設備は撤去済らしくもう残っていない。中央の支柱を除けばほぼまっさらな空間といえるだろう。
そして、人間が出入り可能な開口部は織川さんが立ちはだかる鉄扉のみ。
奥の壁に換気口が空けられてはいるが、せいぜい車のナンバープレートほどのサイズで、到底人間が通れるものではない。おまけに鉄格子で蓋がされている。
(……あとは、僕が運び込んだ段ボール箱だけか)
僕は壁際に積んだ段ボール箱に歩み寄り、織川さんの方を振り向く。
「どんな物資があるか確認しておきたいんだけどいいかな? もしかしたら脱出に役立つものがあるかもしれないし」
「ええ、ぜひ存分に」
織川さんは動揺一つなく答えた。
まあ当然だ。この物資はすべて織川さんが用意していたものなのだから、彼女にとって不都合な品がそうそう入っているとは思えない。
それでも、創意工夫を凝らせば彼女の意表を衝くことだって可能かもしれない。
僕は意気込んで、『防災』と書かれた段ボールのガムテープを剥がした。
「レトルト食品か……」
そこにはカレーや豚汁や煮魚など、多種多様な料理のレトルトパックが詰められていた。
もし今の状況が『外から閉じ込められる』タイプの常識的な監禁シチュエーションだったとしたら、これにも脱出ツールとしての使い道はあった。豚汁などを鉄扉の蝶番に浴びせて、徐々に腐食させていくのだ。かの昭和の脱獄王も用いた有名な手法である。
だが今はそもそも扉を壊すとかそういう話ではない。番人である織川さんをどう出し抜くかという話なのだ。
ここで僕はダメ元で声をかけてみる。
「織川さん。これからのサバイバルに備えて、段ボール箱を全部開けて食糧がどれだけあるかしっかり数えておかない? 僕一人じゃ大変だから、できれば二人で一緒に」
建前としては筋が通っているだろう。
閉じ込められた状態で生き延びるため、自分たちの持つ物資量を正確に把握する。それは必要不可欠な作業で、二人が協力して取り組むべき仕事といえよう。
作業となれば織川さんを扉の前から動かすことが可能となるが、果たして。
「……すいません、坂木さん」
僕の要請を受けた織川さんは弱弱しい声とともに俯いて、
「実は私……今まで強がってはいましたが、本当はとても怖いんです。こんな風に閉じ込められてしまうなんて生まれて初めてですから……。外に通じるこの扉のすぐそばにいないと、もう怖くて怖くてどうにかなってしまいそうで……」
すごく力業な設定を持ち出してきた。
「そうなんだ。それじゃ仕方ないね、僕に任せてよ」
「ありがとうございます。やっぱり坂木さんは優しい人です」
しかし、怖くてその場を動けないと言われてしまったら、鈍感を貫く僕の立場上として尊重せざるを得ない。
改めて脱出道具を探すべく、今度は『雑』と書かれた段ボール箱を開いてみると、
首輪。手錠。リード。コスプレ用の犬耳。おむつ。哺乳瓶。聴診器――
そっと箱を閉じた。
とんだパンドラの箱だった。こういう匂わせ目的の罠も仕掛けられていたとは。
「おや、坂木さん? 今の箱はずいぶん早く閉じてしまったようですが」
「どうも玩具の試作品みたいだったから。この状況じゃ役に立たないかなって」
「玩具……ふふ、そうですね。玩具といえば玩具で間違いありませんね……」
織川さんは目をギラつかせながら不穏に呟く。
怖くてその場を一歩も動けない人が浮かべていい表情ではなかった。
僕は次の箱に移ろうとして、
(……いや待て)
踵を返して再び織川さんの玩具箱を開いた。
「どうなさいました? また玩具の箱を開けるとは……もしかして、何か気になるものがありましたか?」
癖の詰まった玩具と向き合う僕に、どこか前のめりの姿勢で織川さんが問いかけてくる。
「いや。玩具は役に立たないと思ったんだけど、閉じ込められた状況でのストレスを少しでも発散できるグッズと考えたら、実は意外に大事な物資なのかなって」
「ですよね! そう、遊んで心にゆとりを持つのは大事なのです。ところでお気に召したものはありましたか? 何でもプレゼントいたしますよ? すぐに使っていただいても構いませんよ?」
「じゃあ、これを貰っていいかな」
僕が選んだのは手錠だ。
やたらと重く、二つの輪を繋ぐ鎖もゴリゴリに太い。玩具ではなく明らかに本物だ。
「もちろんです! すぐ使ってみますか!?」
「使うというか、僕なりの遊び方があって」
僕は白々しい演技をしながら、続けて食糧関連の段ボールをいくつか漁る。
すると目的の品が見つかった。個包装の割り箸――に同封されている爪楊枝だ。
「僕、ピンとか爪楊枝でこういう鍵を開ける遊びが好きなんだ。それで時間を潰そうかと」
「……そうですか。坂木さんが直接装着するわけではないのですね」
「ううん。やっぱり遊びにはスリルも必要だから」
そう言って僕は付属していた鍵で手錠の輪を開き、自分の左手首にがちゃんと嵌めた。
「これで開錠成功するまで、僕の左手には手錠が付いたままだ。そして」
僕は織川さんに今使ったばかりの鍵を見せつけ、こう宣言する。
「今からこの鍵を、あの換気口の奥に捨てる」
「……え?」
「スリルを増すためだよ。途中で日和って本来の鍵で開けることはできなくなるわけだから、緊張感が段違いだろう?」
いきなり意味不明な遊びに興じ始めた僕を前に、織川さんがいささかの困惑を見せる。
だが、僕の真剣な眼差しを前に、すぐに何かを察したようだった。
「なるほど。何か――とても面白い遊びをするつもりなのですね、坂木さん?」
「うん。きっと楽しい遊びになるから、よく見ていて欲しい」
「ええ。一秒たりとも脇目は振りません」
僕は手錠の鍵を織川さんによく見てもらった後、「すり替えをしない」という証明のごとく右手に高々と掲げた。
そのまま部屋の奥まで歩いていき、手首のスナップを利かせ、鉄格子の隙間から換気口の中へと鍵を投げ込む。ちりん、と鍵の落ちた音が微かに響いた。
「これで鍵は部屋の中になくなった」
嘘もすり替えもない。織川さんも間違いなくそれを確認したことだろう。
お手並み拝見とばかりにこちらを注視する織川さんの前で、僕は最後の小芝居を一つ。
「おっと!」
織川さんの方に歩いて戻る途中、何もないところで躓いて転んだフリをした。
ただ、倒れ込みはしない。部屋の中心に聳える支柱に抱き着くような形で転倒を回避する。
「大丈夫ですか!?」
「うん、この柱のおかげでギリギリ……あれ?」
その瞬間、織川さんが瞠目したのが分かった。
転んだフリの中で、僕が何をしたかに気づいたのだ。
左手だけでなく、僕の右手首にも手錠が嵌まっていた。
支柱を抱いた姿勢のまま。
そう、僕は――自分で自分をこの支柱に拘束したのだ。
「……弱ったな。こんな大変な状況だっていうのに、僕の方まで一歩も動けない状態になっちゃうなんて。なんて情けない」
彼女を扉の前から動かす、最高の餌を用意するために。
「しかも……実は今、食後のせいで少し催してきてるんだ。織川さん、怖くて動けない君に頼むのは本当に申し訳ないけど――ここに簡易トイレを持ってきて、僕のベルトを緩めてくれないか」
織川さんがごくりと生唾を呑む音が聞こえた。
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