第97話 少女の正体、そして願い
闇の中で雪とメアは、お互いを離すまいと抱き合っていたが、雪の額で淡く輝いていた白印は、精神的なプレッシャーにより、徐々に輝きを失っていった。
光は細く、小さくなり、まるで今にも消えてしまう淡い輝きとなって揺れている。
(……だめ……消えないで……)
光へ意識を必死に向けるが、悪意の濁流は容赦なく二人を飲み込み続けた。
その時だった。
闇の世界を裂き、神聖な波が、白い光の幕となって雪のすぐそばを通り過ぎていった。
「……え……?」
雪は思わず顔を上げた。それは、常闇を塗りつぶすほどの純白の光。闇の濁流を押し返し、雪の周囲だけを何度も、スキャンするように通り抜けていく。
まるで……雪の存在を探し当てようとしているかのように。
その光が触れるたび、雪の白印はふわりと明るさを取り戻し、尽きかけていた魔力が、まるで泉のようにじわりと満ちていく。
「……あ……あったかい……」
雪の声は震えていた。メアも雪の胸元で、小さく息を呑む。
光は優しく、けれど圧倒的な力を秘めていて、闇の中でもはっきりと味方によるものだとわかるほどだった。
(……誰かが……助けに来てくれた……?)
胸の奥がじんわりと熱くなる。仲間が来てくれて、自分を探してくれた。この闇の奥まで手を伸ばしてくれた。
その喜びが、雪の胸に広がっていく。けれど同時に……雪の心に、別の疑問も浮かんだ。
(……でも……こんなすごい魔法……いったい……誰が……?)
雪の知る限り、ここまで正確無比で強くて、こんなにも優しい神聖魔法を扱える人間なんて一人も知らない。そもそも癒しの力以外で神聖魔法が使えるなんて聞いたこともなかった。
(……まさか……他の白印の人が?……まさかね)
雪はメアを抱きしめたまま、闇の奥から差し込む光を見つめた。
その光は、まるで雪の名を呼ぶように、何度も何度も雪の周囲を照らし続けていた。
雪の白印の光は、その神聖魔法に触れたことで、ふわりと温度を取り戻していた。
その温かさに、メアが小さく息を呑む。
「……あったかい……」
震える声。闇に怯えていた子どもの声。
「この闇……あの光を……怖がってるの……」
メアは雪の手をぎゅっと握りしめた。その指先は細くて、冷たくて、でも必死に雪へすがるように強かった。
「お兄ちゃん……」
呼ばれた瞬間、雪の胸がきゅっと締めつけられる。
「……あたし……嫌だったの……」
メアはうつむき、闇の中で小さな肩を震わせた。
雪はそっと膝をつき、メアの目線に合わせて優しく声をかける。
「大丈夫だよ。ゆっくりでいいから……話してごらん?」
メアは唇を噛み、それでも勇気を振り絞るように言葉を紡いだ。
「……あたし……生き物を……ころすの……嫌だったの……」
その言葉は、闇よりも重く、でもどこか達観した思いに震えていた。
雪は驚かなかったし、責めもしなかった。ただ、そっとメアの手を包み込む。
「そっか……嫌だったんだね。怖かったんだね……」
メアの瞳が揺れる。
その揺れは、ずっと誰にも言えなかった秘密が、ようやく外へ出ようとしている証だった。
「……お兄ちゃん……」
「うん、いるよ。ちゃんとここにいる」
雪が優しく微笑むと、メアは胸の奥に押し込めていたものを少しずつ吐き出すように、ぽつりぽつりと続けた。
「……あたし……こわかったの……いやだったの……でも……あたし……」
メアは雪の手をぎゅっと掴み、震える声で言った。
「……お兄ちゃん……約束して……」
その言葉は、闇の中で確かに響いた。まるで、救いを求める小さな祈りのように。
雪の手を握りしめたまま、メアは小さく震えていた。
闇の濁流はまだ周囲を渦巻いている。けれど、ストレイの神聖魔法が残した光が、メアの心にほんの少しだけ話す勇気を灯していた。
「……お兄ちゃん……」
「うん、いるよ。ちゃんと聞いてる」
雪が優しく答えると、メアはぎゅっと目を閉じ、ぽつり……ぽつり……と、言葉を落とし始めた。
「……あたし……人間じゃ……ないの……」
雪は驚かず、ただ静かに頷いた。
「うん。大丈夫。続けて」
メアは胸の奥に押し込めていたものを、少しずつ掘り起こすように語る。
「……始原の雫って呼ばれている……結晶だったの……」
その言葉は、闇の中でひどく脆く、儚く響いた。
「気づいたら……いつの間にか……意識があって……でも……こんなふうに考えたり……話したりできるわけじゃなくて……」
メアは自分の胸に手を当てる。
「……ただ……命令に従う……それだけが……頭の中にあったの……」
雪の胸が痛む。
「メアちゃん……」
「それで……あたしは……仮初めの身体をもらって……コード・ナイトメアって……呼ばれたの……」
その名を口にした瞬間、闇がざわりと揺れた。
雪はそっとメアの肩を抱く。
「……実験体……だったの……あたしの力で……魔物を……そして……人も……」
メアの声が震え、喉の奥で言葉が詰まる。
「……狩る……存在だったの……」
雪はすぐに否定しなかったし、責めることもしなかった。ただ、メアの手を包み込み、その震えを受け止める。
「メアちゃん……」
メアは涙をこらえるように、雪の胸元に顔を寄せた。
「……お兄ちゃん……あたし……」
そして、震える声で言った。
「約束して……」
その言葉は、闇の中で確かに響き、雪の胸へ深く届いた。胸元に顔を寄せたまま、メアは小さく震えていた。
ストレイの神聖魔法が残した光が、闇の中で二人を包み、その温かさが、メアの心の奥に触れていく。
「……お兄ちゃん……」
「うん。ここにいるよ。大丈夫」
雪の声に、メアはぎゅっと手を握り返した。その指先は細くて弱いのに、必死に何かを伝えようとしていた。
「でも……ある時……白蛇紋と呼ばれていた……システム……エラーを起こして……」
メアの声が震える。
「……あたしの中に……カリギュラって呼ばれた……恐怖とか……負の気持ちだけを集めたものが……入り込んじゃったの……」
闇がざわりと揺れた。まるで自分の名を告げられたように。
「それで……あたしの気持ち……ぜんぶ……ぐちゃぐちゃになって……怖いのも……嫌なのも……ぜんぶ……大きくなって……」
メアは胸を押さえ、苦しそうに息を吸った。
「……それが……お兄ちゃんに……入り込んじゃったの……だから……暴走したの……」
雪はそっとメアの肩を抱き寄せた。
「メアちゃんのせいじゃないよ」
その言葉に、メアの瞳が揺れる。
「……お願い……あたし……みんなに怖がられたいわけじゃないの……」
その声は、闇の中で震える小さな祈りだった。
「ほんとは……誰かを……救いたいの……それが……世界樹から生まれた……始原の雫の……願いなの……」
雪は胸の奥が熱くなるのを感じた……メアは、けっして恐怖の化身なんかじゃない。
ずっと、ずっと……誰かを救い、自分を取り戻したかっただけ。その想いが、闇の中でかすかに光っていた。
メアは雪の服をぎゅっと掴み、震える声で続けた。
「だから……お兄ちゃん……約束して……」
その言葉は、闇の奥で確かに響き、雪の胸へ深く届いた。




