第93話 戦場に降り立つ、抱えたままの四組
対峙する雪だったものの圧は、もはや暴風のように三人へ襲いかかっていた。
リュカの脚は、風の旋律に背中を押されるようにして辛うじて前へ進み、バルドは数珠をきつく握りしめ、祈るように拳を構える。
そしてカゲトラは、普段なら絶対に攻防を分ける彼が、刀の鞘までも盾代わりにして防御に徹していた。 それは、彼にとってもよほどのことが起きている証だった。
こちらからは、攻撃はできない。する気もない。ただ、倒れている女性たちを守るために立ち続けるしかなかった。
戦況は完全な拮抗状態。攻撃をいなすだけで腕に負担を強いらせ、守りに徹すれば押しつぶす勢いで魔力の塊が襲いかかってくる。その均衡だけで、三人の体力も魔力も削られ続けていた。
「くっ……! 風が……!」
リュカの足元に広がっていた風の旋律のスキルが、ふっと音もなく消えた。
その瞬間、三人の背筋に冷たいものが走る。
「リュカ殿! 限界か!」
「……悪い……でも、まだ……戦える……」
リュカは荒い息を整えながらリュートを構え直す。とはいえ、三人の消耗は明らかだった。
しかし……雪だったものの攻撃がこない。よくみれば、まるで凍り付いたかのように動きを止めていた。
そして、ぎこちない動きでゆっくりと顔を上げ、周囲を見渡す。それは、何かを探すようで……いや、何か呼ばれたものに反応しているようでもあった。
突然の戦闘中止に、三人は思わず息を吐く。
「……いったい……何があったんだ……?」
リュカがかすれた声で呟く。
「いや……違う。これは……何かが来る気配……」
バルドは、数珠を握りしめたまま、空気の変化を感じ取っていた。
そして、カゲトラが低く、しかし確かな声で言う。
「……気配を感じるでござる……これは、よもや外より何かが参る前触れ……」
その言葉が終わるより早く、振動はさらに大きくなった。
地面が波打ち、空気が震え、聖域の中心……広場の真ん中に、光が集まり始める。
光は、やがて一本の筋となり、その輝きは瞬く間に束へと変わり、天へ突き刺すような光柱となって、聖域の中心に立ち昇った。
その眩さは、戦場の空気を一瞬で塗り替えるほどだった。
「……光……?」
リュカが目を細める。
「いや……ただの光ではない……転送陣の気配だ」
バルドは低く唸るように言い、数珠を握る手に力を込めた。
「……何者かが……現れるでござる……」
カゲトラの声は、静かだが、彼らしくなく緊張の気配がにじんでいた。
光柱の前で、雪だったものがぴたりと動きを止め、空洞の瞳が、ゆっくりと光へ向けられた。
その瞳の奥で……何かが揺れていた。
広場の端では、倒れていたルーセントとレインが、かすかに顔を上げる。
四戒仙も、血に濡れた身体を引きずりながら光を見つめ、辛うじて意識のある京華は、震える手で剣を支えながら呟いた。
「……誰か……来る……?」
ミラーやラインの一般兵士六十名も、戦闘不能に近い状態のまま、光の柱を見上げていた。
そして、インクラインのメンバー。
朱音以外の四人……空、風花、萌黄、花恋も、それぞれ傷だらけの身体を起こし、光の中心を凝視する。
「……あれ……転送……?」
「風が……ざわついてる……」
「なんかヤバいの来るやつだよね……これ……」
「精霊が、怯えている……圧が強くなっていく」
そんな緊張の中、空気を読まない二人がいた。
「もえもえ、ちょっと雷落としてきてくれない?」
「えっ、カレンたんビリビリしたいの?」
「なんであたし!? あの中心にだよ!」
「やだよ! ビビリがビリビリしに行ったら即死でしょ!」
「誰がビビリよ! 黄金坂 萌黄、別名ビリビリ姫の出番だよ」
「えっ!? そんなに言うならカレンたんが、華麗に行ってきなよ」
「二人でいこか?……やっぱ無理!!」
光の柱の前で繰り広げられる、緊迫とコントの奇跡の共存。
花恋と萌黄の漫才未満の応酬以外は、誰もが息を呑んで光を見つめていた。
光の柱は、天と地をぬい合わせるように輝き、その中心に……影が、ゆっくりと浮かび上がった。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
よっつ。
影は輪郭を持ち、形を得ていく。
その異様なシルエットを目にした瞬間……聖域にいる全員の思考が、止まった。
「……は……?」
「なに……あれは……」
「……抱えて……る……?」
光が弾け、四組の男女が姿を現す。
クラウは冴月を抱き、ストレイはうたたを抱き、斗花は紫乃を抱き、夜々はフェルマを抱いている。
しかも……全員が完璧なお姫様抱っこの姿勢を崩さないまま、光の柱の中心に静かに降り立った。
その光景は、戦場の緊迫とは別の意味で、広場の空気を一瞬で凍りつかせた。
ルーセントは目を見開き、レインは口を開けたまま固まり、四戒仙は揃って言葉を失い、六十名の兵士たちは理解が追いつかず、ただ呆然と立ち尽くす。
誰もが思った。なぜこの状況で、その姿勢なんだ……と?
とはいえ、誰も口にすることはなく、光の余韻だけが、静かに広場を照らしていた。
インクラインのメンバーも、ぽかんと口を開けたまま動けなかった。
「……あれ……紫乃さんを……斗花さんが抱えてる……?」
空が目を瞬かせる。
「えっ……冴月さん……これぞ騎士って、あれ? あの人……男性?……抱かれてる……?」
風花も、風の精霊の声を忘れたように呟く。
そんな中、同い年コンビの花恋と萌黄だけは、混乱しながらもいつもの調子で小声の応酬を始めていた。
「もえもえ……あたしの目、壊れてないよね……? あれ……うたたじゃない……? ねぇ……?」
花恋が震える声で萌黄の袖を引っ張る。
「壊れてないよカレンたん……あれ完全にうたた……ていうか、なんであの子、あんな女子なら妄想必須、理想すぎる眼鏡イケメン様にお姫様抱っこされてんの……?」
萌黄は半分呆れ、半分羨望で目を細める。
「いやいやいや! ちょっと待って!? ここにいる見たこともない理想の男の人が三人もいるだけでも事件なのに、なんで追加で、しかもお姫様抱っこセットが来るのよ!」
花恋は頭を抱える。
「しかも五星姫って黒の回廊攻略中だったよね……? あそこから転移してきたって……どういうこと……?」
萌黄も困惑を隠せない。
「意味わかんない……! ていうか……なんでうたたはあんなイケメンに抱っこされてんのよ……」
花恋が思わず叫ぶ。
「カレンたん、落ち着いて……うたたはうたたで色々あるんだよ……あの子、見た目ゆるふわだけど中身かなりの地雷だし……」
萌黄が小声で耳打ちする。
「知ってるけど! でも! でも!!なんであたしじゃなくてうたたなのよ!!」
花恋が地団駄を踏む。
「カレンたん……嫉妬してる……?」
「してない!! ……ちょっとだけしてる!!」
「正直でよろしい」
「うるさい!!」
光の柱の前で繰り広げられる、緊迫とコメディの奇跡の同居。
花恋と萌黄の小声のやり取り以外は、誰もが息を呑んで光の中心を見つめ続けていた。
そして、雪だったものはまるで動きを止め、リュカも、バルドも、カゲトラも、ただ呆然とその四組を見つめていた。
誰もが理解できなかった。
なぜこの状況で、なぜこの姿勢で、なぜ四組同時に転送されてきたのか。
広場全体が、戦闘の緊迫とは別の意味で静まり返る。
光の柱が消え、四組が完全に聖域へと降り立った瞬間……ユグドラシルの空気が、確かにそして劇的に変わった。




