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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第92話 盤上は移り、戦は続く



 黒の回廊十八階ボス部屋。


 四組の影が、静かに重なり合い、転移の光が、わずかに揺らめく。


 それは、終わりではなく……次の舞台への強制的な幕開け。誰もが、その異様な空間の歪みを感じ取っていた。


 それにもかかわらず、そこにいる誰一人として、この奇妙な状態でのパートナーと離れようとはしなかった。


 クラウは冴月を、ストレイはうたたを、夜々はフェルマを、斗花は紫乃を、それぞれの腕に、それぞれの想いを抱えたまま、その瞬間を手放すことを拒んでいた。


 甘く、騒がしく、少しだけ切ない静寂が、場を満たす。


 そして、その一部始終をずっと見守っていた百花繚乱メンバーのリミットが、いままさに外れようとしていた。


 群星(ぐんせい)リンク。それは、会員数十万を誇る世界最大級の五星姫ファンコミュニティ。


 その組織の中に、九条 紫乃が信頼できる者だけを集めて構築した、五星姫を裏から支える精鋭たち、選ばれし百人の五星姫ガチ勢集団『百花繚乱(ひゃっかりょうらん)』があった。


 迷宮の情報を解析し、危険度の変化をいち早く察知、配信の裏側では視聴者の動向すら解析を行う。前線で影の者として戦う夜々が戦闘のエキスパートなら、彼女たちは情報を攻撃または守備のアイテムとして、後方から五星姫を支えている。


 その精鋭たちは、紫乃が誤って回線を繋いだとは露ほども考えずに、特別配信だと信じ込み、紫乃お嬢様に感謝を捧げていた。


 そして、黒の回廊で繰り広げられるコメディじみた寸劇を、固唾を飲みながら……そして興奮を隠しきれずに視聴の真っ最中だった。



【コメント欄】


『ちょっと待って転移来てるのに誰も離れないのどういうこと!?!?』

『いやいやいや優先順位おかしいよね!? 何で誰も動かないの!?』

『クラウ様は、そのまま連れてく気満々なのかな? これぞ騎士の鏡!』

『冴月様もう完全に預けきってるの無理すぎる……尊い』

『ストレイ様逃げて!! そのまま転移したら一生うたたちゃんから離れられないぞ!!』

『いやもう手遅れだろ。あれは……顔が覚悟決まってる』

『うたたちゃん絶対わざと離れてないやつじゃんこれ!!』

『なんなら、阻害魔法発動を妨害しているまである』

『夜々様がフェルマ様抱えたまま動かないの、離したくないに見えてきて無理』

『違います(違わない)』

『フェルマ様そのまま転移させられても幸せそうなのズルい』

『斗花の姐御!! そのまま紫乃様連れてくの!?!?』

『紫乃様絶対計算してしがみついてるだろこれ!!』

『いやでもあの距離で耳打ちされたら斗花の姐御でも無理だって!!』


 転移陣の光が、さらに強まり、空間が歪み、視界がわずかに引き裂かれていく。


 それでも、彼らの腕の中の温もりだけは、やけに鮮明だった。


 離せば消えてしまいそうで、離したくない理由が、もう誰にも否定できないまま、誰も手を緩めずにいる。


『ちょっと待ってこれ全員抱っこしたまま転移する流れ!?!?』

『公式が最大火力で殴ってきてるんだが!?!?』

『このまま転移先解らず跳ぶのエモすぎて無理』

『ボスよりイベントが濃すぎるんよこの階層!!』

『クラ冴、完全に運命共同体じゃん……』

『夜フェル、これもう離れないやつだろ……』

『ストうた、静かに一番深いところまでいってるの怖い』

『斗紫、口では文句言ってるのに絶対降りないの好きすぎる』


 ついに光が、弾けた。


 その瞬間……四組の影は、それぞれを抱いたまま、ひとつの閃光の中へと、飲み込まれていった。


『いったああああああああああああ!!!!』

『抱っこ転移確定演出やめろおおおおおお!!!!』

『全カプそのまま持っていかれるの供給過多すぎる!!!!』

『尊さでしぬ!!!! ほんとにしぬ!!!!』

『今週の百花繚乱、伝説回確定です』

『紫乃様、ドローン回収してくれたかな……続きある?』

『その展開あるのか!!!!!!!!』


 転移の光が消えたあと、黒の回廊十八階のボス部屋には、誰ひとり残っていなかった。


 ただ、静まり返った空間を前に……画面越しの視聴者たちだけが、燃え尽きた心を抱えたまま固まっていた。


 紫乃お嬢様なら、きっと次を見せてくれる。そんな期待と興奮が渦を巻き、コメント欄は、もはや祭りのように沸き立っていた。



 群星リンクの中核を担い、百花繚乱を統括する……誰よりも熱く、誰よりも一途な紫乃お嬢様ガチ担。


 それが、九重 すみれ。そんな彼女が、幼さの残る声で、思わず息を呑んだ。


 百花繚乱の狂気乱舞など、すみれにとってはどうでもよかった。


 視界に映るのはただひとつ。斗花と紫乃の、あの距離感。その光景だけが、彼女の胸に鮮烈に焼き付いていた。


 耳元に寄せられた顔。逃げ場のない体勢。そして、抗議しながらも決して離れない紫乃と、ぶっきらぼうに照れながら受け止める斗花。


「…………っ」


 動きが、止まる。すみれは、スクワットの体勢のまま、ぴたりと固まる。


 脳内で、すさまじい勢いで何かが弾けた。


(ち、近い……近すぎます……っ)


(あれは……あれはもう……ただの戦友なんかではありません……完全に……完全に……)


 言語化が追いつかず語彙力が消滅して、心拍数だけが異常に跳ね上がる。


「……む、無理……尊い……」


 がくり、と膝から崩れ落ちる。


 床に手をついたまま、肩を震わせるすみれの頬は、限界まで赤く染まっていた。


(紫乃お姉様が……あんな……あんな顔を……)


(斗花さんも……あんな声で……あんな……っ)


 思い出すだけで、再生される。


 何度も。何度も。


「……だ、だめです……これ以上は……処理できません……」


 情報処理特化型のはずの脳が、完全にオーバーヒートしていた。


 それでも……すみれは、震える腕で床を押し、ゆっくりと立ち上がる。足はふらつき、呼吸も乱れたまま、それでも、その瞳だけは、まっすぐだった。


「……でも……だからこそ……」


 ぎゅっと拳を握る。


「わたくしが……お姉様を……あのように……」


 一瞬、言葉に詰まり、顔がさらに熱を帯びる。


「……抱き上げる側に……なります……!」


 小さく、けれど確かに燃える宣言。その瞬間。ぐらり、と体が揺れる。


「……っ、あ」


 再び、ぺたん、と女の子座りしてしまう。静まり返る一人で使うには広すぎる、すみれ専用の戦略室。


 数秒後。


「……ろ、六回目……途中でした……」


 何事もなかったかのように、ふらふらと立ち上がる。足は震え、限界を越えていた。


「……九重すみれ……やります……必ず、その日を……むかえるために」


 小さく、確かに。その部屋の隅で、誰にも見られることのない、けれど誰よりも真剣な決意が、静かに燃え続けていた。



 九条財閥本社、最上階。静寂に満ちた総帥執務室。


 磨き抜かれた黒檀の床に、都市の夜景が淡く反射する。重厚なカーテンの隙間から差し込む光が、空間に長い影を落としていた。


 その中心で、静流はわずかに視線を細める。


 想定外の異変。魔導投影の映像が、ほんのわずかに揺らいだ。


 次の瞬間。十八階ボス部屋を映していた映像が、唐突に歪み、光を引き裂かれるように弾ける。


「……っ」


 空間そのものが転移の波に呑まれていく様子。


 通常の転送ではあり得ない、強引で、そして精密すぎる膨大なエネルギーを用いた術式。


 静流の瞳が、わずかに鋭さを帯びた。


「……まさか、このタイミングで転移……?」


 指先が、ぴたりと止まり、一拍の沈黙。そして、静かに吐き出された結論。


「……こんな芸当ができるのは、ひとりしかいないわね」


 ゆっくりと、唇が弧を描く。


「鏡宮の毒蛇……やってくれるじゃない」


 一瞬だけ、普段は絶対にみせることのない気配がよぎる。しかし、それはすぐに……消え、代わりに浮かぶのは、愉悦。


「……やられたわ」


 くすり、と小さく笑う。しかし、その瞳はすでに次を見据えていた。


「けれど……」


 視線が、別の投影へと移る。そこに映し出されるのは、紫乃がすぐに回収した魔導ドローンの軌跡。


「紫乃。ドローンを回収したのは、即座の対応として最上の判断よ」


 娘の選択を、静かに肯定する声音。その指先が、空間にいくつかの指示式を描き出し、崩れかけた情報を、再構築する。


「ふふっ……」


 喉の奥で、愉しげな声がもれる。


「ピンチが転じてチャンスになる……まさに、九条にとって自明の理」


 失われたはずの優位は、形を変えて手元に残っている。情報。行動ログ。そして、あの場にいた者たちの反応。


 それだけで、十分すぎる。静流はゆっくりと振り返り、夜景を背に立つ。


 その姿は、まるで盤上すべてを掌握する支配者のようだった。


「……紫乃……」


 静かに、呼びかける。


 届くはずのない距離でありながら、まるで直接語りかけるかのように。


「この先は、あなたに任せるわ」


 一瞬の間。そして、わずかに微笑む。


「……最終的に、九条がすべてをいただく。そのことに変わりはない」


 それは、断定。揺るぎのない、未来の確定。その言葉とともに、執務室の空気が、わずかに張り詰める。


 すでに戦場は移った。そして、盤面はまだ終わっていない。


 むしろ、ここからが本番。


 静流の瞳は、まだ見ぬ次の局面を、静かに、そして確実に見据えていた。



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