表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/125

第89話 穢れの光、離さぬ手



 灯火のそばに座り込む幼い影。雪はそっと声をかけた。


「……ねぇ、君……だれ……?」


 返事はない。ただ、虚ろな瞳が揺れるだけ。


「聞こえてる……? 君は……」


 沈黙。その子は、まるで雪の声が届いていないかのように、微動だにしなかった。


 雪はもう一度、少し強く声をかけた。


「ねぇ……教えてよ。君は……」


 その瞬間、かすかな声が漏れた。


「……アソ……ボ……ウ……」


 雪は眉を寄せた。


「遊ぼう……? 君……それしか言えないの……?」


 問いかけても、その子は同じ言葉を繰り返すだけ。


「アソ……ボ……ウ……」


 雪は胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。


 このままここにいても、何も変わらない。この子も、自分も、ずっと闇に沈んだままだ。


(……だったら……連れていこう)


 雪は手をそっと差し伸べた。


「ねぇ……一緒に行こうよ。ここに居ても……どうにもならないよ」


 その子は、それでも反応をみせず、灯火の揺れに合わせて、ぼんやりと瞬きを繰り返すだけだった。


 雪はもう一度、優しく声をかけた。


「ねぇ……遊んでほしいんでしょ? だったら……行こう。ボクと一緒に」


 その言葉に、幼い影がぴくりと動いた。


「……あそ……んで……くれるの……?」


 雪は微笑んだ。


「うん。一緒に行こう」


 その子は、ゆっくりと、こくんと頷いた。それを見て雪はもう一度、手を差し出す。


 けれど、その子は雪の手のひらと、雪の顔を交互に見つめるだけで、どうしていいかわからない様子だった。


 雪は、そっと笑った。


「大丈夫。こうやって……手をつなぐんだよ」


 おずおずと、小さな手が伸びてくる。震える指先が、雪の手にぎゅっと触れ……しっかりと、握り合った。


 闇の中で、たったひとつの灯火が、ふわりと明るく揺れた。しっかりと握り合った手の温度を感じながら、雪はそっと微笑んだ。


「ねぇ……ボクは、白銀坂しろがねざか 雪っていうんだ。君は……なんて名前なの?」


 問いかけても、幼い影はすぐには答えなかった。灯火の揺れに合わせて、ただ雪の顔をじっと見つめている。


 雪は焦らず、もう一度やさしく声をかけた。


「教えてくれたら嬉しいな。君の名前……」


 しばらくして……かすかな、ほんとうに小さな声が漏れた。


「……メア……」


「メア……?」


 雪は一瞬だけ首をかしげたが、すぐにぱっと表情を明るくした。


「そっか! メアちゃんか! よろしくね、メアちゃん!」


 その明るい声に、幼い影……メアはびくりと肩を揺らした。


 驚いたように目を瞬かせ、そして……初めて、表情が生まれた。戸惑いながらも、うっすらとした笑み。それは、闇の中で灯火よりもやさしく揺れる、小さな微笑みだった。


「……もうひとつ……なまえ……あるけど……」


 メアはぽつりと呟いた。


「その……すきじゃないの……」


 雪はその言葉に、そっと目を細めた。


「そっか……じゃあ、メアちゃんって呼ぶよ。それでいい?」


 メアは、ほんの一瞬だけ迷ったように雪を見つめ……やがて、嬉しそうにこくんと頷いた。


 その頷きは、闇の中で確かな光だった。闇の中を、雪とメアは手をつないで歩いていた。


 メアは寡黙だった。


 雪が話しかけても、返事はほとんど返ってこない。


「ねぇ、ボクね……前はずっとベッドの上でさ、外にも出られなかったんだよ」


「でも今は、走ったり、踊ったり、冒険したりできるんだ。すごいよね」


「メアちゃんは……どんなことが好きなの?」


 返事はない。ただ、メアの小さな手が、ほんの少しだけ雪の手を握り返す。その微かな力だけで、雪にはわかった。


(……嬉しいんだ)


 言葉はなくても、メアの気持ちは確かに伝わってくる。雪はそれが嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。


 やがて、二人の間には、目には見えないけれど、確かに存在する絆が芽生え始めていた。


 闇の中を歩く足取りが、少しだけ軽くなった気がして、メアの手の温度が、ほんのりと強くなる。


(大丈夫……一緒なら、きっと進める)


 そんな確信が、雪の胸に静かに灯っていた。その時だった。闇の奥……遥か彼方で、何かが閃いた。


「……あれ……?」


 雪は立ち止まり、目を凝らす。


 闇を突き破るように、一本の光の柱が立ち上っていた。白でも金でもない、どこか懐かしい色をした光。


 闇の世界に、ただひとつの出口のように見えた。


 雪はメアの手をぎゅっと握り直す。


「行こう、メアちゃん」


 メアは驚いたように雪を見上げ……そして、こくんと頷いた。


 二人は、光の柱へ向かって歩き出した。 

                                   

 闇の中で唯一の変化点……それだけが、二人を前へと進ませていた。


「……メアちゃん?」


 けれど、近づくにつれてつないだ手が、ふっと弱くなる。メアの足取りが、急に重くなった。


 まるで、見えない泥に足を取られているかのように、一歩、一歩が遅くなる。


「大丈夫……? 疲れたの?」


 雪が覗き込むと、メアは小さく首を振った。けれど、その瞳は怯えたように揺れている。


(……怖いのかな)


 雪はメアの手をぎゅっと握り、励ますように微笑んだ。


「大丈夫だよ。ボクがいるから。一緒に行こう、ね?」


 メアは不安げに雪を見上げ……それでも、こくんと頷いた。


 二人は再び歩き出す。しかし、光に近づくほどに、雪の胸に違和感が生まれた。


(……あれ……?)


 遠くから見たときは、あんなに暖かくて、懐かしくて、まるで春の陽だまりみたいだった光。


 それが……近づくにつれて、色が変わっていく。


 淡い金色は、鈍い灰色へ。


 灰色は、濁った暗褐色へ。まるで、腐った泥水のように濁り、重く沈んでいく。


 光の柱は、光ではなく……穢れの塊のように見え始めていた。


「……これ……光じゃ……ない……?」


 雪は思わず立ち止まった。隣で、メアが小さな肩を揺らしながら震えている。


「メアちゃん……?」


 メアは雪の手をぎゅっと握り返した。その力は弱く、でも必死だった。


 暗褐色の柱は、近づくほどに圧を増し、まるで二人を拒むように、重く、濁った空気を吐き出していた。


 雪とメアは、ついにその手前で足を止めた。闇の中で、穢れた光だけが、どろりと脈打っていた。


「っ……!」


  次の瞬間、穢れた泥のような闇が、二人を丸ごと呑み込み爆ぜる。雪は反射的にメアを抱き寄せた。


「離さない……絶対に……離さないよ」


 腕の中のメアが、小さく震える。闇は重く、冷たく、息が詰まるほど濃密だった。そして……その闇の奥から、波が押し寄せてきた。


 それは、悪意。


 怒り、嫉妬、憎悪、絶望、嘲笑、裏切り、孤独、悲鳴。世界のあらゆる負の感情を凝縮したような、黒い濁流。


「っ……く……!」


 雪の膝が折れそうになる。胸が締めつけられ、頭の奥が焼けるように痛む。それでも……雪はメアを抱きしめる腕だけは、絶対に緩めなかった。


「大丈夫……大丈夫だよ……」


 震える声で、何度も繰り返す。


「大丈夫……ボクがいる……メアちゃんを……絶対に離さない」


 メアは雪の胸に顔を埋め、必死にしがみついた。その小さな手が、雪の服をぎゅっと掴む。


 悪意の波が、さらに強く押し寄せ、雪の視界が大きく揺れ、意識が引きずられそうになる。


(負けない……負けない……ボクは……こんなところで……倒れない……)


 雪は歯を食いしばり、メアを抱きしめたまま叫ぶように心の中で祈った。


「みんなが……来てくれる……」


 その言葉は、自分自身を奮い立たせるためでもあった。


「朱音お姉ちゃんの、あの燃えているみたいな強い背中も……空姉さんの、静かで揺るがない盾も……風花ちゃんの、森みたいに優しい風も……カレンたんの、甘くて頼れる笑顔も……もえもえの、どんな時でも明るくしてくれる雷も……」


 雪の声は震えていた。けれど、その震えは恐怖ではなく……仲間を信じる強さだった。


 仲間の顔が、胸の奥に浮かぶ。


 そしてその瞬間だった。いつも応援してくれて、励ましてくれて、雪くんの大ファンだよって言ってくれるあの温かいたくさんの声とみんなの笑顔。


 そのひとつひとつを思い浮かべた時、額にある雪を雪たらしめるホワイトスノーの白印が、ふわりと光を帯び始めた。


 最初はかすかな灯り。けれど、みんなの笑顔を思い出すほどに、その光は優しく、清らかに強まっていく。


 その輝きが、雪とメアを包み込んだ。悪意の濁流の中で、ただひとつ揺らがない、温かい光。


「大丈夫……きっと、みんなが来てくれる……」


 雪は静かに、しかし確信を込めて呟いた。メアは震えながらも、雪の胸元で小さく頷いた。


 闇が押し潰そうとする中……雪は光をまといながら、メアを守るために抱きしめ続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ