第86話 絶望に割り込む背中
空中モニターに映る戦場の光景が、突如として揺れた。
雷光、影、幻、霧……四戒仙の異能スキルが一斉に崩れ落ちたその刹那、突如として何処からともなく、彼女たちを庇うように三つの影が飛び込んできた。
その瞬間を見ていた美麗とエコーは、あまりの想定外のことに言葉を失った。
「……なに、えっ?……今の……えっ……誰……?」
美麗が、ぽつりと呟く。彼女らしくないあからさまな動揺。同じくエコーも、目を見開いたまま、モニターを凝視していた。
あまりに突然すぎた。
あの雪だったものの圧倒的な力の前に、誰もがなすすべもなく崩れ落ちたはずの戦場に……突如として現れた、三人の男たち。
一人は、着物に最低限の軽鎧をまとい、刀を構えた侍。
一人は、筋骨隆々とした二メートル近い拳闘士に見える武人。
そしてもう一人は、霧と影を操る吟遊詩人と斥候を併せた装いの浅黒い風貌の男。
彼らの名も、何処から来たのかも、何もわからない。そもそも、見るからに今の世の中にいないはずの過去の男の佇まい。
その背中だけをみても、あまりに自然に英雄のそれだった。
美麗は、しばらく言葉を失っていたが、やがてどうにかして声を絞り出した。
「……五星姫たち、それに異界の英雄……あそこに現れた三人の漢は、まだ黒の回廊に居るわね?」
エコーもしばし呆然としていたが、慌てて確認し、頷く。
「はい。転送ログも、異常はありません。五星姫も英雄たちも、まだ……あの状態のままです」
美麗の眉がぴくりと動く。
「……じゃあ、どういうこと? まったく別の理想の男が……それも三人も、このタイミングで、現れたというの?」
その声には、焦りと混乱と、そして……隠しきれない興奮が混じっていた。
彼女の視線が、再びモニターに戻る。そこには、女たちを脅威から守ろうと、雪の前に立ちふさがる三人の男たちの姿。
その背中が、あまりにも自然に、あまりにも堂々と、戦場に馴染んでいた。
「……まさか……」
美麗の声が、かすかに震える。
「正体不明の者って……あの者たちのこと……?」
その問いに、エコーは答えなかった。ただ、ぴくりとも動くことを忘れたように、モニターを見つめ続けていた。
視聴者の目の前に広がるモニターに映し出されている戦場は、まさに地獄絵図だった。
レインの《絶対王域》が発動した瞬間、戦場は光に包まれた。兵士たちの身体が光を帯び、四戒仙もまたその力を受けて、戦場は一気に反撃の気配に満ちる。
モニターを見つめたまま、息をするのも忘れていた視聴者たちは、歓喜と期待に沸き立った。ここから、奇蹟の反撃が始まると信じていた。
【コメント欄】
『うわあああ!?』
『あの人、力使い過ぎて崩れてるけど……女神すぎる行動力』
『全員バフった!? これ勝てるやつじゃん!!』
『なにこれ、全員バフ入った!? 雪様を元に戻してくれるよね!?』
『あの白い戦闘服の将校さん、カッコよすぎだよ……』
『すごいよ、この領域スキル……使った瞬間のエフェクト……やば』
『四人の獣人娘も光ってる! やば、かっこよすぎる!!』
『てか、あの獣人娘たちなに!? ビジュ強すぎん!?』
『なんかいけそう! 雪くんを助けてあげて』
しかし、その希望はあまりにもろく、あまりに儚かった。雪だったものが、ただ静かに顔を上げ視線を向けただけで、六十名の兵士たちは、まるで命の糸を断ち切られたかのように崩れ落ちた。
そして、インクラインの四人もまた、膝をつき地に伏した。
その光景に、視聴者たちは言葉を失った。コメント欄は一瞬、凍りついたように沈黙し、やがて震えるように再び動き出す。
【コメント欄】
『……嘘でしょ……? 兵士さんたち……倒れちゃったよ……生きてるよね?』
『全員倒れて、動いてない……やだ、やだやだやだ……』
『インクラインのみんなまで!? なんで!?』
『怖すぎるよ……いったい何したの……?』
『これ、あんな凄いバフ入っててもダメってこと!?』
静寂が支配する中、ルーセントが動いた。四戒仙と連携をとって、自らはその影に紛れて雪へと接近。四戒仙たちは、命を賭して異能スキルを解き放つ。
【コメント欄】
『うわあああ!?』
『五人の波状突撃!? これ勝てるやつじゃん!!』
『雷の子、髪がバチバチしてる!やばい!』
『影の子こわ……でも美しい……』
『狐耳の子、幻術!? え、尾が増えてる!?』
『狸ちゃんかわいすぎて泣いた』
『いけー! ゆきちゃんを取り戻せ!』
しかし、視聴者の希望を打ち砕くように次の瞬間、雪だったものが、ただ静かに顔を上げ、微笑んだ。
【コメント欄】
『……え?』
『うそ……全員……?』
『さっきまであんなに無敵感だったのに?』
『獣人娘たちまで……!?』
『やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ』
『これ、夢じゃないの……?』
『雪くんになにが起きたの、何したの……? 何が起きたの……?』
『画面が止まったみたいに見える……』
『誰か……誰か助けて……』
視聴者の誰もが固唾をのんで見守るなか、霧の奥から三つの影が、前置きもなく突如として現れた。
刀を構えた侍、無手で構えをとる拳闘士、吟遊詩人のようにみえる楽器を携えた者……正体不明の三人の女性とは思えない、身体つきの者たちが、まるで舞台の幕が上がるように、戦場へと飛び込んできた。
【コメント欄】
『え、え、え、え、え? え?』
『誰!? 誰!? 誰!? 誰!?』
『……侍らしき人、めっちゃかっこよくない!?』
『拳の人、盾とか持ってないのに前に出た!? 強すぎでは!?』
『吟遊詩人っぽいのに、動きが斥候レベルで速いんだけど!?』
『てか、獣人娘たちを庇ってる!? え、どういう関係!?』
『黒い戦闘服の人が膝ついた……!? あのみるからに強者が!?』
『この三人、何者!? どこから来たの!?』
『いやいや、情報なさすぎて逆に怖いんだけど!?』
『でも……かっこいい……なんか胸がドキドキする』
戦場の空気が、再び変わった。絶望の淵に差し込んだ、三つの影。その背中は、誰よりも静かに、誰よりも力強く、女たちを守っていた。
その三つの影は、確かに希望だった。侍の男は雷のように鋭く、拳闘士は大地のように揺るがず、吟遊詩人のような男は風のように軽やかだった。
彼らは、崩れ落ちた女たちを迷いなく庇い、まるでなにがなんでも必ず守るという行為そのものを体現していた。
それでも、雪だったものは強すぎた。
異質な存在へと変貌を遂げた彼は、もはや人の理を超えていた。三人がどれほどの技量を持っていようと、その力はじわじわと押し返されていく。
侍の刀が弾かれ、拳闘士の足がわずかに後退し、斥候の動きが鈍る。その様子に、視聴者たちの胸に、再び不安がよぎる。
けれど……それでも、彼らの背中は折れなかった。
誰よりも静かに、誰よりも力強く、女たちを守るために立ち続けていた。その姿に、画面の向こうの視聴者たちが、初めて見る漢たちに向けて、言葉を紡ぎ始める。
【コメント欄】
『がんばって……! お願い、負けないで……!』
『初めて見たのに……なんでこんなに胸が熱くなるの……』
『立ってるだけで泣きそう……』
『侍さん、折れないで……』
『拳の人、痛そうなのに……まだ前に出てる……!』
『斥候の人、速いのに……もう動きが……』
『お願い、お願い、お願い……! どうか、彼女たちを守って……』
『男って……こんなに、かっこいいものなの……?』
『知らないのに……知ってる気がする……』
『どうか雪様を元にもどして……お願いだから……』
『お願い、負けないで……! まだ、終わらないで……』
その声は、届かない。けれど、確かにそこにあった。
誰もが知らなかった漢という存在に、初めて触れた視聴者たちの、心からの祈りと憧れが、画面の向こうへと溢れていく。




