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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第85話 その背は、戦場を越える

 


 レインの《絶対王域 (アブソリュート・ドミニオン)》この力は、強力無比ではあるが、短時間しか保てない。


 ならば、今いくしかない。


 ルーセントは、わずかに指を動かす。その合図を受けて、四戒仙は即座に展開する。


 京華が、雷光をまとって一歩前に出る。薄金色の髪が逆立ち、空気が鋭く震えた。


「驚……雷閃、解放」


 雷鳴が轟き、京華の姿が一閃の光となって戦場を駆ける。その残像が、雪の視界を覆い尽くす。


 同時に、久遠が影に溶けるように姿を消した。その気配は完全に霧散し、ただ恐怖だけが空間に残る。


(かい)……影縛、展開」


 雪の足元に、黒い影が這い寄る。それはまるで、雪だった者の存在そのものを否定するかのような、深淵の呪縛。


 義那は、ふわりと舞うように宙を滑る。銀白の髪が揺れ、九つの幻の尾が空間に広がる。


「疑……狐幻、開帳」


 空間が歪む。雪の視界に、無数の幻影が現れ、消え、また現れる。どれが本物で、どれが偽物か……その境界が曖昧になっていく。


 そして、和久が最後に霧を広げた。


「惑……霧籠むこう、発動」


 淡い霧が戦場を包み、視界も気配も、すべてが曖昧に溶けていく。霧の中では、音も距離も歪み、敵も味方も見失う。


 四戒仙は知っていた。この一手が、命を賭けた時間稼ぎであることを。


 それで、構わなかった。彼女たちは、(ゼロ)のために創られた存在。その命の価値は、主の一手にこそある。


 そして……その影に紛れ、ルーセントが動いた。


 四戒仙の織りなす驚・懼・疑・惑の渦の中を、音もなく駆ける。目指すはただひとつ……白銀坂 雪の傍。


 雷鳴、影、幻、霧……四つの異能が交錯する戦場の中心で、雪だったものは、ただ静かに立っていた。


 その顔が、ふたたび上を向く。空を仰ぐように、あるいは、何かを見下ろすように。


 その時……その唇が、わずかに、ほんのわずかに、弧を描いた。


 それは、これまで一度も見せたことのなかった表情。怒りでも、悲しみでも、喜びでもない。ただ、そこに浮かんだのは……薄氷のように儚く、そして冷たい、微笑み。


 その瞬間、ルーセントは悟った。


(……ああ、私は……ここで、終わる)


 理解ではなかった。本能が……魂が、そう告げていた。


 踏み出した足は止まらない。そして心の奥底で、確かに終わりを受け入れていた。


 その刹那、彼女の脳裏に、いくつもの記憶が走馬灯のように流れ込んでくる。


 造られた日。無機質な光の中、目を覚ました瞬間の、冷たい感触。


 果てしない戦闘訓練。痛みも、疲労も、感情も、すべてを切り捨てるように叩き込まれた日々。


 初めて、美麗に謁見を許された日。その姿を前に、胸の奥が熱くなった。それが憧れなのか畏敬なのか、当時の彼女にはわからなかった。


 初めてダンジョンに挑んだ日。未知の空間に足を踏み入れた時の、ほんのわずかな高揚。それを感じた自分に、驚きと戸惑いを覚えた。


 初めて魔物を倒した時。血の匂いと、勝利の実感。それでも、どこかでこれが正しいのかと、微かに揺れた心。


 それらすべてが、今、彼女の中に一つの光となって押し寄せてきた。


 そして、それは……四戒仙の四人も同じだった。


 京華は、雷光の中で、初めて走ることの喜びを思い出していた。久遠は、影の奥で、誰かに怯えられずに名を呼ばれた日のことを。義那は、幻の尾を揺らしながら、初めて自分の意志で剣を振るった瞬間を。和久は、霧の中で、誰かに「ありがとう」と微笑まれた記憶を。


 彼女たちは皆、知っていた。この一手が、自分たちの終わりになるかもしれないことを。


 それでも、進んだ。主のために。そして、自分たちが生まれた証を刻むために。


 雪だったものが、初めて浮かべた微笑み。それは、まるで慈しみのようでいて……底知れぬ悪意をはらんでいた。


 その微笑みが自らの瞳に映った瞬間、ルーセントの全身を、冷たいものが貫いた。


(……ああ、これは……)


 理解ではなかった。ただ、確信だけがあった。この一歩の先に、自分の終わりがある。


 それでも、足は止まらなかった。止めてはならないと、魂が叫んでいた。


 次の瞬間……彼女の視界が、ふっと白く染まる。


 目を閉じた。無意識だった。終わりを受け入れるように、まぶたが自然に降りた。


 その闇の中に、浮かんだのは、主である美麗でもかけがえのないチームメートのレインやエコーでもない……たった一度の邂逅。


 そこに見えたのは、カゲトラの姿だった。


 あの、変わった喋り方。どこか時代錯誤で、妙に芝居がかった口調。けれど、その声には不思議な温かさがあった。


 そして、何より……その姿。凛々しく、逞しく、どこまでも真っ直ぐで、戦場に立つ背中は、まるで理想そのもののようだった。


(……どうして、こんなに心に残るの……?)


 たった一度、わずかな時間、刃を交えただけ……まるで歯が立たなかった。けれど、あの時の衝撃は、今も胸の奥に焼き付いている。


(……次の生が、もしあるのなら)


 その時は、また……あの漢に、会いたい。


 会って名を呼ばれたい。今度こそ、真正面から、並び立ちたい。そんな想いが、静かに、胸の奥で灯った。


 それは、死の間際にして初めて芽生えた、彼女自身の願いだった。


 人として生きた短い時間は終わった。そう思った瞬間、ルーセントは目を閉じた。


 静寂が、すべてを包み込む。意識が、ふわりと浮かぶように遠のいていく。


 なのに、終わりは、来なかった。思っていた痛みも、衝撃も、訪れない。


 代わりに、耳に届いたのは。


「……無理は、禁物でござるよ」


 低く、落ち着いた声。どこか芝居がかった、けれど不思議と胸に響く、あの声。


 ルーセントは、はっとして目を開けた。


 視界に飛び込んできたのは……着物に軽装の鎧、足袋型の戦闘靴を履いた、あまりにも広く、逞しい背中。


 その背は、まるで戦場そのものを背負っているかのように、揺るぎなかった。


 雷も、影も、幻も、霧も、すべてを貫くように、そこにただ立っていた。


 カゲトラ……その名を、心の中で呼んだ瞬間、ルーセントの膝が、ふらりと折れた。


 それは、恐怖ではない。安堵でもない。ただ魂が、彼の存在に触れて、震えた。


(……来てくれた……)


 その背中は、まるで希望の形をしていた。雪だったものの微笑みとともに、空間が軋んだ。


 四戒仙の異能が交錯するその中心で、雪だったものはついに……スキルを解いた。


 何をしたのかは、誰にもわからなかった。ただ、《絶対王域》の加護を受けたルーセントだけが、かろうじて何かが起きたことを感じ取った。


 そして、次の瞬間。世界が、弾けた。


 雷が消え、影が裂け、幻が砕け、霧が吹き飛ぶ。四戒仙の術式が、まるで紙細工のように霧散した。


 しかし、雷光の残滓を裂き、影の奥から、霧の向こうから、鋼の音が響く。


 カゲトラは、ルーセントと義那の前に立ち塞がる。その背は、まるで山のように揺るぎなく、抜き放たれた刀が見えない光を弾いた。


「……ここから先は、拙者たちの領分にて候」


 その声は、静かに、だが確かに戦場を貫いた。


 バルドは、和久と久遠の前に立ち、数珠を構える。その腕は雷に焼かれ、霧に濡れながらも、微動だにしない。


「……お主たちの命、預かった。ここは拙僧に任されたし」


 リュカは、京華の前に滑り込み、彼女を抱きかかえるようにして受け止めた。その瞳には、迷いも恐れもなかった。


「やれやれ、間に合ってよかった……」 


 とはいえ、彼らをもってしても、雪だったものの力は、あまりに異質だった。


 放たれた一撃は、肉体を裂くものではなかった。それは、精神を削り、魔力を奪い、集中力を霧散させる存在そのものを蝕む攻撃。


 カゲトラの呼吸が乱れ、バルドの額に、滝のような汗が流れる。リュカの膝が、わずかに震える。


 それでも、彼らは立っていた。その背を、決して折らずに。


 彼女たちを、守るために。



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