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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第84話 触れられぬ領域



 空の盾《蒼璧》が、音もなく切断されたその瞬間……場の空気が、さらに一段階、重く沈んだ。


 ルーセントの瞳が鋭く細められる。


(……あの盾が……あんなにもあっさりと?)


 その盾は、彼女の目利きからしても、ただの防具ではなかった。おそらくダンジョン産のボス勝利戦でしかドロップしない、極めて希少な逸品。そして材質は、おそらくミステリ製……古代の技術で鍛えられた、魔力干渉にも物理衝撃にも強い、伝説級には届かないが希少級を超える英雄級ヒロイックの防具にみえる。


 それが、あっさりと。まるで紙を裂くように、音もなく、上半分だけが消えた。


(そんな魔法……もしくは武技スキル……聞いたこともない)


 ルーセントの喉奥が、かすかに鳴る。理性が警鐘を鳴らすよりも早く、本能が告げていた。


 これは、想定外すぎる。この場にいる誰一人として、あの雪だった者の力を、正確に測測ることなんて出来ない。


(……この場にいる戦力で、御子を止められるのか……)


 そして、できることなら……彼ら、リュカ、カゲトラ、バルドの男三人を表に出したくなかった。


 彼らの存在を、美麗……ゼロに知られること。それが、なぜか、ひどく恐ろしかった。


 ルーセントは、己の胸の奥に芽生えたその感情に、思わず舌打ちしたくなる。


(……なぜ、こんなふうに思うのか……)


 明確な理由は、わからない。ただ、彼らの姿を、あの人に見せたくない……そう思ってしまった。


 自分は、創られた駒。感情も、欲も、すべては機能として与えられたもののはずだった。


 男の存在なんて知らない。白印の方は噂に聞いたにすぎない。だからなのか、あの三人を見ていると、胸の奥がどうしようもなく、ざわめく。


(……あれが、本物の……ゼロが渇望する男という生き物)


 言葉にならない感情が、胸の奥で渦を巻く。それは、美麗の中に眠る本物の男への尽きぬ憧れ……その無意識の渇望が、彼女のクローンであるルーセントの中にも確かに息づいている証だった。


(……くだらない)


 そう吐き捨てるように、ルーセントは視線を切った。なのに、その頬がわずかに熱を帯びていたことに、彼女自身、気づかぬふりをした。


 その時だった。雪が、再び動いた。


 藍坂 空に向けていた深淵の瞳が、ゆっくりと逸れ、再び虚空を見つめる。しかし、その一瞬の視線の重さに、誰もが息を呑んだ。


 レインが、低く呟く。


「……ターゲットの魔力が、また変質していく……」


 その声には、焦燥と警戒がにじんでいた。雪の周囲に漂う魔力は、もはや人のものではない。それは、神域の崩壊とともに現れた、異質な魔の気配。


 その禍々しさに、空と萌黄が顔を強張らせる。


「朱音を……!」


 空が、再び立ち上がる。盾の半分を失った腕を庇いながら、朱音のもとへと駆け寄ろうとする。


 萌黄も、魔力を展開しながら援護に入ろうとした。


「不用意に近づくな!」


 ルーセントの声がいま一度、鋭く響き、空気を裂くように場を制し、二人の足を止めさせた。


 彼女の視線は、雪を見据えたまま、微動だにしない。その瞳に宿るのは、ターゲットを敵として分析する、冷徹な判断だった。ルーセントの瞳はすでに次の一手を見据えていた。


 静かに、しかし確かに、レインへと視線を送る。その合図を受け取ったレインは、わずかに頷いた。


「……了解。じゃあ、私はここまでね」


 そう一言の応えで、レインは両手の指を同時に鳴らした。


 一閃……空気が震え、光が、弾けた。まるで世界そのものが、ひとつ上の階層へと引き上げられたかのように。


《絶対王域 (アブソリュート・ドミニオン)》


 それは、レインが持つ唯一無二の最大の切り札。味方すべてを支配者の領域へと引き上げる、絶対の加護。


 筋力、速度、魔力、耐久……すべてが限界を超え、さらに、あらゆる状態異常を無効化し、致命傷すら一度だけ回避する。


 その代償は、あまりにも大きい。発動者であるレイン自身の機能が、長時間にわたり著しく低下する。


「……後は、貴女に託すわよ」


 レインは、ふっと微笑み、力を抜くようにその場に膝をついた。


 次の瞬間……光が、爆ぜた。


 ライン、ミラー、それぞれ三十名の兵士たち。四戒仙の四人。そして、ルーセント自身。


 その全身に、眩い光が走る。筋肉が軋み、神経が研ぎ澄まされ、魔力の奔流が血管を駆け巡る。視界が冴え、空気の震えすら感じ取れるほどに、五感が研ぎ澄まされていく。


 身体が、応えていた。まるで、今この瞬間だけは限界という言葉が存在しないかのように。


 それはまさに、支配者の領域。選ばれし者だけが踏み入れる、奇蹟の戦場だった。


 光が弾けた直後、ラインとミラーの兵士たち……計六十名の瞳が、同時に見開かれた。


 その瞳には、これまでなかった色が宿っていた。


 彼女らは本来、個を持たない。ただ命令に従い、戦場を駆けるために設計された、量産型の兵士たち。


 しかし今、彼女らの内側に流れ込んだのは、支配者の領域そのもの。


(……これが、美麗様の視界……?)


 誰ともなく、そう思った。筋肉が唸り、魔力が暴れ、視界が異様なまでに鮮明になる。世界が、まるで自分の手のひらにあるかのような、圧倒的な全能感。


 それはまるで、自分が美麗そのものになったかのような錯覚だった。


 その瞬間、ルーセントの声が響く。


「全兵、展開。白銀坂 雪の動きを封じよ。可能であれば、インクラインの朱音の回収を」


 その命令に、六十の影が一斉に動いた。


 ラインの三十名は、雷鳴のような足音を響かせながら、雪の周囲を包囲するように展開。ミラーの三十名は、魔力障壁と支援術式を展開し、突入部隊の後方を固める。


 その動きは、まるで一糸乱れぬ舞踏のように滑らかで、迅速だった。


 彼女らは、今だけは駒でも歯車でもなかった。意志を持ち、力を持ち、使命を持った、戦士だった。


 そして、その全ての矛先が、白銀坂 雪へと、向けられた。


 上空を仰いでいた雪だったものが、ふと、動いた。


 その顔が、ゆっくりと傾く。空を見上げていた首が、ぎこちなく、しかし確実に……迫り来る兵士たちの方へと向けられた。


 その瞳は、やはり空洞だった。光も、焦点も、感情もない。ただ、そこにあるのは無……見る者の存在すら否定する、虚無の視線。


 その瞬間だった。音もなく、空気が震えた。


 風が止まり、光が歪み、世界が一瞬だけ沈黙に包まれた。


 そして……崩れた。


 ライン、ミラー、六十名の兵士たちが、まるで糸の切れた操り人形のように、次々と地に膝をつき、倒れていく。


 その動きには、苦悶も、叫びもなかった。ただ、力が抜け落ちたかのように、静かに、無抵抗に。


 倒れた兵士たちの胸は、かすかに上下していた。意識もない者がほとんどだったが、命の灯だけは、確かに残っていた。


 それは、《絶対王域》の恩恵……致命傷を一度だけ回避するという、奇蹟の加護が働いた証。


 もし、その加護がなければ。今この場に、彼女らの命はなかっただろう。


 しかし、次はない。この奇蹟は、一度きり。再びあの力が振るわれれば、今度こそ、守るものは何もない。


 同時に、バフを受けていなかったインクラインの四名……空、萌黄、花恋、風花もまた、立っていられずに崩れ落ちた。膝をつき、肩で息をしながら、必死に意識を保とうとする。


 何が起きたのか、誰にもわからなかった。ただひとつ確かなのは……雪だったものが、今や完全に異質な存在へと至っているということ。


 その場に立っていられる者は、もはや限られていた。


 六十名の兵士たちが崩れ落ちた光景を前にしても、ルーセントの表情は変わらなかった。いや、変えなかった。


(……やはり、相手にならないか)


《絶対王域》の加護を受けた兵士たちですら、雪だったものの前では無力。それは、ある程度想定していたことだった。


 この力は、長くは保てない。ならば、今やるしかない。



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