第227話 受け取ったものを、今度は返したい
クラウが静かに口にしたその言葉の意味を、室内の全員がそれぞれの胸の内で深く考え始めた。
この世界へ来てから彼らが出会ってきた女性たち、戦律の五星姫をはじめ、インクライン、鏡宮三柱と四戒仙、命を張って救い出した猫娘たち、そして世界迷宮庁から派遣された《ファントム・ヴェール》
さらに、彼らの元の世界では想像もできないが、女性でありながら自らの手で料理を作り、惜しみなく提供してくれる料理を生業とする人たちまで含めれば、その顔ぶれはあまりにも多彩で、誰もがそれぞれに強い力と揺るぎない信念を持っている。
元の世界の基準で考えるなら、ひとかどの人物どころか、冒険者や兵士である男たちが遠くから頭を垂れ、声をかけられるだけでも生涯の誉れとするような尊き御方ばかり。
いや、容姿も実力も知性も立場もすべてを踏まえれば、至高の御方と呼ばれる高位の女性たちにも匹敵する存在とも思えた。
その事実を、六人は今一度の認識をもって理解する。
そんな女性たちが、自分たちを見下すことなく、ひとりの人間として接してくれる。
危険な時には背中を預け、共に食卓を囲み、冗談を交わし、時には親身になって身を案じてくれる。
一部、親身という言葉では説明できないほど過剰に反応する者もいたが、それでも、その距離を不快だと切り捨てられる者は、六人の中にいなかった。
「……戻れば、また男ばかりの暮らしだよな」
リュカが、ぽつりと呟く。
《無冠の灯》は当たり前だが、男だけの冒険者パーティー。
宿屋も、訓練場も、憩いの空間である酒場も迷宮の中も、日常的に顔を合わせる者は全てが男。
女性と直接言葉を交わす機会などまったくなく、まして親しく交流することなど、夢物語に等しい。
この世界での出来事に慣れたわけではない。
今も女性から顔を覗き込まれれば緊張し、近づかれれば心臓が跳ねる。
しかしながら、今さらすべてを忘れ、元の生活へ戻りたいかと問われれば……誰も素直に「そうだ」とは言えなかった。
「もちろん、ミレディアセイン女王国への忠誠を忘れたわけではない」
クラウは、自分自身へ言い聞かせるように告げた。
「女王陛下に剣を捧げた身だ。祖国には俺たち以外の仲間もいる。世話になった者たちもいる。戻れる方法が見つかったとしても、何も考えずに故郷を捨てるつもりはない」
「拙者も同じでござる」
カゲトラが深く頷く。
「かつて何があったとしても、祖国に育てられた恩まで消えるものではない。帰還の道を、最初から閉ざすべきではなかろう」
「そうだな。帰れる可能性があるなら、その方法は探した方がいいと私も思う」
ストレイも同意する。
彼らは、祖国を憎んでいるわけではない。
女王国へ忠誠を誓い、冒険者として役割を果たしてきたことにも誇りがある。
しかし、その一方で。
「戻ったとしても、ボクたちは量産型の一冒険者だ」
フェルマの言葉が、冷静に現実を突きつける。
「替えの利かない存在ではない。ボクの代わりになる錬金術師も、クラウの代わりになる騎士も、いくらでもいる」
それは、自分たちを卑下した言葉ではなかった。
彼らの世界の冒険者は、それほど強い。
《無冠の灯》の六人が弱いわけではない。
とはいえ、彼らと同程度の力を持つ者は、それこそ掃いて捨てるほど存在する。
D級冒険者であっても、こちらの世界ではS級を超える。
ネームドの竜や上位悪魔を単独で討伐できる実力を誇るC級。
その上にはB級、A級、S級、さらに王国直属の英雄たちまでいる。
《無冠の灯》は、元の世界では無数に存在する冒険者パーティーのひとつにすぎない。
明日の迷宮で命を落としても、国は少しの損失として処理し、新しい男たちが同じ役割へ配置される。
「こちらでは違う」
バルドが低く、穏やかな声で語る。
「我らの力を必要としてくださる方々がいる。強さだけではない。料理も、音楽も、薬も、我ら一人一人が持つものを喜び、価値あるものとして受け取ってくださる」
猫娘たちの笑顔が、六人の胸に浮かぶ。
異形の変貌をとげたコボルトや虫の大群から救い出した時。共にバーベキューを囲んだ時。
リュカの音楽に耳を傾け、バルドの料理を美味しいと頬張り、カゲトラの周りへ少しずつ集まり、何度も感謝を伝えてくれた猫を思わせる容姿を持つ獣人娘たち。
彼女たちが向けてきた好意には、打算も義務もなかった。ただ、助けてくれたことを喜び、一緒に過ごせることを楽しんでいた。
「あの虫の大群も、放っておけないよな」
リュカの声から、明るさが少し消える。
猫娘たちを襲った虫の大群は、討伐できたわけではない。
発生源も不明。
地下森林領域のどこかに、さらに巨大な群れや巣が存在する可能性もある。
今回救出した集落以外にも、脅威へ晒されている者がもしかしたらいるかもしれなかった。
「同じことが、再び起きる可能性は高い」
ストレイが告げる。
「異常な繁殖速度だった。あれが自然発生したとは考えにくい。瘴気か、迷宮の変異か、あるいは誰かが意図的に生み出したものか。原因を調べる必要がある」
「ならば、なおさら今すぐ帰るわけにはいかぬ」
カゲトラの言葉には、武人としての決意が宿っていた。
「一度救った者たちが、再び危機へ晒されるかもしれぬと知りながら背を向けることは、拙者の道に反する」
「拙僧も、同意する」
バルドは数珠を握り、静かに目を伏せる。
「助けを求める声があり、我が拳と料理が役立つというのであれば、できる限り応えたい」
「料理も入るんだな」
「食は、生きる力だ」
リュカの軽口へ、バルドは真剣に答える。
その言葉が妙に彼らしく、円卓へ小さな笑いが広がった。
「それに、ユグドラ・フロンティアのこともある」
フェルマが薬瓶へ視線を落とす。
「世界樹の素材は、多くの病気や怪我を治せる可能性を持っている。でも、扱い方を間違えれば毒にもなる。鏡宮の人たちだけでなく、外の世界も、これからあの場所へ関わろうとしているんだろう?」
「ああ」
クラウは、これまで聞いた説明を思い返す。
ミラーパレスは中立保護領域として、世界へ向けて扉を開こうとしている。
閉ざされていた世界樹の森林。
未知の素材。
各国や企業、冒険者組織の思惑。
どのような未来へ進むのか、まだ誰にも分からない。
「俺も、最後まで見届けたいと思っている」
クラウは率直に告げた。
「この場所が、誰かの欲によって再び戦場へ変わるのか。それとも、異なる者たちが共に生きられる場所になるのか。俺たちは外から来た者だが、すでに無関係とは言えない」
六人は、世界樹の聖域で戦った。
猫娘たちも救った。
鏡宮や五星姫と関わり、新たな未来の始まりを目の当たりにしてきた六人は、ここまで深く関わってきたものを、ただ帰還方法が見つかったという理由だけで投げ出せるほど無責任ではなかった。
そして何より……クラウが静かに口にした言葉が、全員の胸に深く響く。
「この世界で出会った方々へ、何かを返したい」
その一言に、六人は自然と顔を上げた。
クラウはゆっくりと言葉を続ける。
「俺たちは受け入れてもらった。住む場所を与えられ、料理を用意してもらい、贅を尽くしてもらった。素性も分からない異界人である俺たちを、打算なく信じてくださった」
彼らの脳裏には、再びこれまで出会ってきた女性たちの姿が次々と浮かぶ。




