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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第四章 ユグドラ・フロンティア編

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第206話 敗北の先に、重力は進化する



 ほんの数秒で訓練場全体が乳白色に染まり、和久の姿だけでなく、観覧区域や壁との距離さえ見えなくなった。


 この霧は、単に視界を奪うものではない。


 魔力反応を拡散させ、音の方向を狂わせ、触れた者の平衡感覚へ干渉する。さらに和久は霧の中ならば気配を分散させ、自分の位置を自在に偽装できた。


「ヒフミちゃん、こっちやで」


 右側から声が聞こえる。


 しかし、その直後には反対方向から気配が現れ、背後では床を蹴る音が響く。


 ヒフミが振り返った時には、霧から突き出された和久の掌が、すでに肩へ迫っている。


「……《重圧領域グラビティ・フィールド》」


 その刹那、ヒフミを中心とした空間が低く震えた。


 見えない力が地面へ向かって降り注ぎ、押し寄せていた霧が一斉に床へ叩きつけられる。実体を持たないはずの白い粒子が、高重力によって濃縮され、巨大な円形の窪みを作るように沈み込む。


「うわっ!?」


 霧の中へ紛れていた和久の身体も、その影響から逃れられない。


 軽やかに踏み込んでいた足が床へ縫い止められ、膝が大きく沈む。


「霧ごと、重くしたんか!?」


「霧も、空気中の水滴。質量はある」


「理屈はそうやけど、普通そこまでまとめて落とす!?」


 霧を操る能力にとって、ヒフミが操る広範囲の重力操作は想像以上に相性が悪かった。


 拡散させた粒子は強制的に沈められ、視界を奪うほどの濃度を保てない。せっかく分散させた魔力反応も一か所へ集中させられ、和久の位置を隠す役割を失っていく。


「いいぞ、ヒフミ! そのまま狸を地面に埋めちまえ!」


「京華ぁ! あとで絶対、覚えときや!」


「おう、勝ってから言え!」


 観覧区域から届く声に気を取られた和久へ、ヒフミは片手を向ける。


 重力の方向を、下から横へ。


「……《重力偏向グラビティ・シフト》」


 床へ押しつけられていた霧が、今度は巨大な手で薙ぎ払われたように横方向へ吹き飛んだ。


 和久も霧と一緒に身体を持ち上げられ、数メートル先まで弾かれる。空中で身をひねって着地したものの、着物の裾と狸の尻尾は大きく乱れ、その顔からは先ほどまでの余裕が消えていた。


「……これ、思ったより厄介やなぁ」


「降参する?」


「まだ始まったばっかりやろ。せやけど、ちょっと本気にならんと危なそうや」


 和久の周囲から、再び霧が湧き上がる。


 ただし今度は、一度に全域へ広げようとはしなかった。複数の細い流れに分け、それぞれを異なる方向からヒフミへ接近させる。


 ヒフミが重力を強めれば、和久はその範囲の外から新たな霧を送り込み、横へ吹き飛ばせば、散らされた流れへ自らの身体を溶け込ませる。先ほどまで力任せに押し寄せていた霧は、ヒフミの重力領域を探るように、絶えず形と密度を変え始めた。


「……対応が速い」


「四戒仙を甘く見たらあかんよ?」


 声と同時に、五人の和久が霧の中から現れる。


 すべて同じ魔力反応を持ち、足音も、呼吸も、床へ落ちる影さえ本物と変わらない。


 ヒフミは重力領域を広げようとしたが、その瞬間、身体の奥から重い疲労が湧き上がった。広範囲の重力操作を立て続けに使ったことで、魔力だけでなく、集中力も急速に消耗している。


「……限界が、早い」


「力は強いけど、まだ使い方が真っ直ぐすぎる。全部まとめて押さえ込もうとしたら、そら疲れるわ」


 五人の和久が、同時に床を蹴った。


 どれが本物か判別できない。


 ヒフミは残る魔力を一気に解放し、自分の周囲へ最大出力の重圧領域を形成する。


「《重圧領域》……最大!」


 空間が軋み、地面に新たな亀裂が走る。


 四人の和久が重力へ押し潰され、霧となって弾け飛ぶ。


 しかし、最後の一人だけが領域へ捕らえられる寸前に身を翻し、重力の流れへ逆らうのではなく、その方向へ自ら飛び込んだ。


「重い方へ行けば、動けへんと思ったやろ?」


 和久は下へ引かれる力を利用して一気に加速すると、床へ激突する寸前に全身を霧へ変え、ヒフミの足元から再び姿を現した。


「残念。霧狸は、形を変えるんが得意なんよ」


「……しまった」


 背後へ回った和久の腕が、ヒフミの身体を優しく捕らえる。


 次の瞬間には、首筋へ指先が添えられていた。


 実戦ならば急所を奪われている。


 判定装置が模擬戦の終了を告げ、訓練場へ澄んだ音が響き渡った。


「勝負あり。勝者、和久」


 ルーセントの宣言と同時に重力領域が消滅し、ヒフミの身体から力が抜ける。


 倒れそうになった彼女を、和久が背後からしっかりと支えた。


「……負けた」


「危なかったぁ……まさか、うちの霧をまとめて吹っ飛ばされるとは思わへんかったわ」


「あと少しだった?」


「せやね。もし重力の範囲を広げるんやなくて、うち一人へ絞れてたら……最後に捕まってたんは、たぶんうちや」


 和久はヒフミの身体を支えたまま、床へ沈められた霧の痕跡を見渡す。


 視界妨害も、気配の分散も、幻影による撹乱も、広範囲の重力によって強引に崩された。今回は経験と能力制御の差で勝利できたものの、ヒフミが自分の力を正確に理解し、対象だけを選んで重力を作用させられるようになれば、同じ方法は二度と通用しないだろう。


「この能力、鍛えたら最強かもしれへんなぁ」


「……最強」


「少なくとも、相手がどれだけ速くても、強制的に重くして動きを止められる。攻撃を逸らすことも、仲間を軽くして助けることもできるやろうし、霧みたいに形のないもんまで操れるとなると、対処できる相手はかなり限られるで」


 和久の声音から、先ほどまでの軽さが少しだけ消える。


 それは四戒仙の一人として、ヒフミの可能性を正しく評価した言葉だった。


「せやけど、今はまだ力を広げすぎやね。重力は強いぶん、使う場所と相手をきっちり選ばな、自分が先に潰れてまう。次からは、もっと小さく、細かく、意地悪に使う練習をした方がええよ」


「……次もあるの?」


「もちろんや!」


 和久の明るい返事に、ヒフミの表情が固まる。


 床へ倒れていたイロハが、わずかに顔を持ち上げ、同じ地獄へ踏み込んだ仲間へ同情の眼差しを向けた。


「ヒフミ……お揃い」


「嬉しくない」


「私も……」


 そんな二人を見て、京華は実に満足そうな笑みを浮かべていた。


「惜しかったな、ヒフミ。だが、よくやった! 和久の慌てた顔が見られただけでも、応援した甲斐があったぜ!」


「京華、ほんまに根に持ちすぎやろ!」


「次はバルド殿が焼いたバーベキューの肉を持って帰ってこいよ!」


「まだ言うとる!」


「あと、リュカ殿たちと何を話したか全部報告しろ!」


「そっちが本命やん!」


 京華と和久の声が訓練場いっぱいに響く中、ヒフミは和久に支えられたまま、もう一度だけ小さく息を吐いた。


 模擬戦には負けた。


 しかし、新たに得た重力の力が、四戒仙にさえ通じることは証明できた。


 問題があるとすれば、その可能性を誰よりも早く鬼教官へ知られてしまったことだった。


「ヒフミ」


 案の定、ルーセントが戦闘記録の表示された端末を手に、こちらへ近づいてくる。


 その顔には、イロハの検証を始める直前とまったく同じ、期待に満ちた笑みが浮かんでいた。


「明日から、重力制御の集中訓練を行う。まずは対象指定と範囲縮小、それから複数方向への同時偏向だ」


「……逃げてもいい?」


「逃げられると思うか?」


「思わない」


 即答したヒフミの目から、静かに光が消える。


 その隣でイロハもまた、明日から始まる二人分の地獄を悟り、床へ顔を伏せた。


 こうして完全変身能力と重力操作能力、二つの未知なる力は、その有用性を十分すぎるほど証明した。


 それと引き換えに、イロハとヒフミの穏やかな訓練予定は、鬼教官の手によって跡形もなく消滅したのだった。



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